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母を求めて3000年  作者: 三木叶
プロローグ
3/14

3話

 さて、ついつい乗せられて挑発してしまったが。

 実際逃げ切れるかどうかは相手の戦力次第である。


「取りあえずあちらさんがこっちに来るまでどのくらいかかるか、それから連中が持っている船を知りたい」

《そうですね、静止軌道ちょい上から様子見してたんで大気圏突入するなら途中で亜光速挟むでしょうし直ぐですね。雲に隠されていたおかげで乗っ取りが直接見つからなかったのは本当に幸運でしたね?》

「おいおいマジですか?」


 確かに3万キロも離れていれば途中で亜光速に載せても止まれるだろうけれども、もっと寄せて待機しているものだとばかり……


 《まあ確かに惑星降下作戦に従事されたことはなかった気もしますが、軍事衛星とかの戦力の確認を兼ねて静止軌道から5千キロは離れて待機するのはセオリーですよ?あと、相手戦力は随伴のクラマ級4隻にボス猿さんがレイノルズ級に搭乗といった感じです。レイノルズ級に指揮されるのはちょっと許せませんでしたね》


 お前のそのレイノルズ級に対する敵意は何なんだ。いやまあ比べるならレイノルズ級重巡洋艦はフレイリー級軽巡洋艦より高く評価されているが、ぶっちゃけしょうがないだろう。なにせフレイリー級が一部エキスパートのみ乗りこなせるエース向けのじゃじゃ馬なのに対し、レイノルズ級はよく調教されたサラブレッド、癖がなく全体的に高い水準でまとまっているため、一般兵でも操作がしやすいのだ。フレイリー級は優秀であれど防御と操作性に難があり、受注数でみればレイノルズ級の圧倒的勝利である。

 いわゆる『エース』なんてのは各国十人程度しか抱えていないのだから、フレイリー級を各エースに売り込むより数人の一般兵を載せるレイノルズ級を数千と売り込んだほうが良いのは自明であった。実際高級志向のイージス社よりもレイノルズ級を皮切りに汎用志向にシフトしたバニシング社の方がその後シェアを大きく伸ばしており、軍用戦艦の市場は個人戦の終焉を予見したバニシング社の勝利となっている。その先駆けとしてもレイノルズ級は高く評価されているのだ。

 ちなみにクラマ級は数十年ほど前に主に民間向けの戦艦を作るフジ工業が発売した小型駆逐艦で、主に民間の船団護衛を意識した構成、機動力で引っ掻き回して船団離脱の時間を稼ぐというコンセプト。何より小型な分とてもお財布に優しいのが特徴だ。


「……ちなみにメガネザル船長はお前を乗りこなせるのか?」

《まさか、そんなはずはないでしょう。この私を扱い切ったのは後にも先にもサー・ウェリントンだけに決まってるじゃないですか》

「じゃあお前に責める権利なくね?」


 結局レイノルズ級の方が評価が高い理由の通りで採用されなかったんじゃん。


《そういう問題ではなく、使いこなせる実力がないだけなのにレイノルズ級のほうが良いなんて文句をつけられるのが気に入らないんですよ》

「あーはいはい。……取りあえず離陸するか。あんまり地面が近いと回避機動が窮屈すぎるし、せめて少しでも上空で戦いたい」


 空気が薄いほど機体を振り回す動きができるからな。前世で培った(ゲームの)操縦テクにU.S.O.Fの伝説的エース7人の経験が合わさった俺の超絶美技を見せてやる、なんて。


《そのことですがね、おそらく彼らは大気圏に突入してこないと思いますよ》


 はあ?


「そりゃまた、どうして」

《ちょっとは考えてみてくださいよ、宙賊なんてやってる連中が大気圏内で戦闘なんざすると思いますか?彼らにとっては軍やらに大気圏戦闘に持ち込まれたら物量で負けなんですよ、そもそも今時離着陸なんてみんな自動操縦です。さっきもAIを扱いきれてないって言ったでしょう?》

「お前あっちは降りてこないって知っててあれだけ俺を煽ったのか」


 あの時の絶望感は何だったのか。

 ……とにかく希望が見えてきたことを喜ぼう。


「んじゃ、離陸しましょうか。ゆっくり、落ち着いてね。あと一応、斥力場シールド展開しておこうか」


 上手いこと待ち構えてるところから離れて大気圏離脱したいところだが。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




 当然ながら捕捉された。地表から750km、いわゆるクレイトン・ラインを越え亜光速航行が可能になる領域まで大気密度が低下した直後に、こちらのレーダーに反応があった。


《宙賊御一行様ご案内、って言うところですかね?さあお手並み拝見です、憎きレイノルズ級をスペースデブリのミンチにして差し上げましょう》

「ほんと毎度毎度のレイノルズ級へのその敵意なんなの……」


 これといって何の変哲もない密集陣形、旗艦であろうレイノルズ級を中央に据えたわずか5隻の敵戦艦を見て、しかし震えが走る。かつて受けた戦闘訓練はあくまでも訓練、初めて感じた実戦におけるこの威圧、殺意を向けられる戦慄は借り物の経験の中にしか存在していないのだ。

 俺はこの空気の中まともに動けるのだろうか。ヴェルヌに見捨てられてしまえば先の死んだ宙賊2人のようにあっさりと捨てられるだろう、そしてこの壮大で残酷な宇宙という世界においてちっぽけに過ぎる人間は彼女ら船に見捨てられれば命をつなげない。


《さあ軽口で強がっている暇はありませんよ、夢に向かっての第一歩なのでしょう?快調に踏み出してくださいな、まさかサー・ウェリントンの記憶を引き継いでおいてこの程度の賊にやられるなんて許しませんよ?》

「ああ、くっそ、やってやるよ此畜生……!」


 そうだ、俺はやっと解放されたんだ。こんなところで躓いていられるはずがない、『母なる星』を目指すんだ。なら、たかが小規模な宙賊が如きにてこずっていられるか!


《超過演算、小脳直結》


 脳内のマイクロチップによる演算補助を意識する。人体のエネルギー通貨ATPがどんどんと吸い上げられるのがわかる。頭がクリアに、そして毎度ながら慣れない時間が引き延ばされる感覚。脳内をすさまじい情報の奔流が駆け巡る、自身が世界を統べる方程式と一体になったかのような万能感。脳の処理速度がこの演算補助によって放熱限界の4倍まで引き上げられ、すなわち単純計算で体感時間を4倍にまで引き延ばした。


「脳波直結、アクセスレベル3!」


 脳波直結によって瞬間的な意思疎通を可能に。言葉に縛られずイメージを送り、思考そのままでの情報のやり取りを。

 レベル3ともなればニューロネットワーク最深部への擬似アクセス、マイクロチップの補助も含め情報直接の流入すら可能とする。


「回避軌道の指示をマニュアルに、クラマ級の光線系主砲とレイノルズ級主砲副砲に赤外線カメラ割り振って弾道予測線出して!あとは目視回避する!」


 かつてエースと呼ばれる戦艦乗りは戦場の華であった。宙戦において敵なし、敵2隻や3隻に囲まれてはむしろ食い破りすらするエース機の、その条件を彼らに聞けば。

 マニュアル回避、誰もがこの条件は外さない。


《接続成功、ノイズ無し、ディレイコンマ1ms。……ええ、それでこそですよネモさん》

《どーも、ヴェルヌ。……加速、10kまで》


 経験を積んだAIでも、いやだからこそその膨大な情報にアクセスして最適解を拾い出す演算はかなりの負荷がかかる。通常戦闘時の機体の速度は秒速3k、3千メートル程度だ。イージス社産のAIは戦闘時の演算に最適化したアルゴリズムが組まれているが、それでもやはりこの手の瞬時の行動は才ある人間のひらめきには敵わない。管制AIでも秒速1万メートルという速度域においてはもはや戦術行動まで演算できる計算能力は持ち得ないのだ。

 ……それを補うために、人間が乗るのだから。


《初っ端から飛ばしますね……距離1000k、クラマ級主砲1》

《8秒後仰角+1mrad、……今、2、1、回避、方位角-0.5mrad》

《850kクラマ級主砲2レイノルズ級主砲1》


 脳裏に明確に思い描いた軌道に沿うように上に10m進路変更、威嚇射撃であろうクラマ級の実体弾を回避。脳裏に刻まれる船体の軌跡からは素晴らしい追従性で船体角度が即座に収束しているのがよく分かる。左に回り込むと見せるため相手の照準にタイミングを合わせブースターで一瞬のフェイント。なるほど相手はAI任せのオート操縦のようだ、素直にこちらの左手に照準を合わせてチャージしている。クラマ級の光線系主砲のガンマ線パルスレーザーは偏光場セットにコンマ5sはかかるから、2発回避はもらったろう。厄介なのはレイノルズ級のアルファ線超高収束砲、脳裏に浮き上がる予測線はこちらの回避先を一気に削ってくれる。あれは照射を1s続けられるのだ。


《仰角-2mrad、2k加速》


 刹那の思考、僅かに下へ沈み込むように経路変更。一瞬の交差で決着をつけるすれ違いざまの交錯戦闘は単騎での敵陣切込みのようなもので、相対速度を落としたら負けだ。故に意識して速度を保ち直線軌道からわずかに船体をずらすことで敵弾を避ける。角度・速度まで指示するのはいちいち面倒だがそこはまだ一度も宙戦を組んでいないパートナーだ、念のためこれくらい細かく指示を出すのも仕方ないといえば仕方ない。脳裏で生成した経路にどう追従させるかまで手の内に収めなければマニュアル回避などできたものではなく、従ってAIの癖に慣れるまでは角度・速度のオペレートまで此方で指示したほうが無難なのだ。


《速度乗りました》

《了解、維持して》


 まだ撃たない、次の相手の射撃に合わせ一気にレイノルズ級にぶち当てる。レイノルズ級の実体砲は今躱したし、おそらく光線系の副砲を撃つだろう。レイノルズ級のレーザーは偏光場セットにコンマ1sもかからない、見てからの回避は不可能だが光線系の砲撃と対光線砲の電磁拡散シールドは共存し得ない、その砲撃の瞬間だけは無防備になる。

 即ち此方が躱し切れずに砲撃を受けるか、あちらがしびれを切らして電磁拡散シールドを切るかの勝負だ。


《700kクラマ級主砲2副砲3》

《方位角-2mrad、コンマ5s後方位角+1mrad》


 右手の収束砲の残滓に合わせ追い込むように上下に副砲が来るのを、蛇行軌道で回避。敵陣突入までの経路は見えた、もう相手に撃てる砲撃は後一度。さあ、ここまで回避すれば焦るだろう。彼方は此方のシールドに一切負荷を掛けられていない、ここまで躱し切られたらどうだ?至近距離で主砲が直撃したら此方はフレイリー級だ、一発大破だぞ?


《450k全艦砲撃態勢》

《まだ展開するな、……仰角1方位角1、方位角-3.2方向に偏光場展開》


 それは、撃ちたくなるだろう。こっちは此処まで一発も砲撃を撃っていない、射撃まで余裕がないのかもしれない、躱すので精一杯なのかもしれない、いやきっとそうだ、そうでないならあいつは……ってね。

 一見直線軌道からずれた明後日の方向に展開された此方の偏光場もその判断を後押しする。何を思ったのかここまで温存してきた主砲の角度はずれている、たとえ撃たれても当たりはしない、ならば……。

 敵レイノルズ級が、偏光場展開を開始する。此方の偏光場は展開されているから即座に射撃できるが、角度がずれていて当たらない。そのままなら主砲を外した俺はそのままコンマ1秒もせずに相手のガンマ線パルスに焼かれてお陀仏だろう。


《主砲発射用意……発射!》


 さて、この星の大気のガンマ線透過率は非常に低い。それも、吸収率が高いだけでなく屈折率が密度によって大幅に変化する特性によって透過を妨げられている。

 また、斥力場シールドはシールド圏内と圏外の間に斥力源を生み出す。簡単にするなら仮想的な壁を作ると言い換えてもよい。ならば、そのシールドによって大量にたくわえられた空気はガンマ線レーザーを大幅に屈折させることが出来るのではないか?

 そんなちょっとした小細工は、しかし見事に砲撃を電磁拡散シールドの解かれた敵レイノルズ級中枢に直撃させてのけた。


《敵レイノルズ級撃破を確認、ざまぁ見さらせといったところですかね。初撃墜おめでとうございます》

「……ふう」


 まさかの砲撃に動力中枢を撃ち抜かれ、燃料のエーテルが連鎖反応、ド派手に爆発したレイノルズ級重巡洋艦。幸運にもその爆発は比較的装甲の薄いクラマ級のうち2隻を巻き込み、残りの1隻もシールドにかなりの負荷を受けたのだろうことが見て取れる。


「流石重巡、エーテル暴走の規模も派手だな」

《汚い花火ですね》


 ……お前実は転生者仲間だったりしない?

 まあとにかく間違いない、こちらの勝利だ。斥力場シールドの維持にだいぶエーテルを食ったけれど、無駄遣いしなければ次の星まで持つだろう。

 慌てて撤退していく残ったクラマ級に背後からもう一射、そして生存し勝利した充足感に一息。


「じゃ、行くか」

《ええ、お供しましょう》


 次の目的地はケラスト系列E星域11支腕、恒星系番号2番第2惑星クインリッジ。U.S.O.F最後の移民船団を出した、辺境星域の中では最も規模の大きい住惑星。主星ニューセントラルへの憧れと劣等感とを抱えひたすら主星を追いかけ続ける辺境のハブ惑星である。

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