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母を求めて3000年  作者: 三木叶
プロローグ
2/14

2話

 匍匐前進。かつて映画で、ゲームで、何度か見てきたものを真似て、草地を進む。


 轟音とともに周囲の草を吹き飛ばして降りてきた宇宙船を植え付けられた知識と照合すれば、イージス社の第7世代軍用軽巡洋艦フレイリー級。軍から払い下げられたであろう世代遅れのものとはいえ立派な戦艦、実に素晴らしい。エース級の軍艦乗りを主眼に置いて作られた80年前のハイエンド、癖はあるが機動力そしてAIの応答性は素晴らしく、個人技志向が廃れる30年後までずっと生産を続けられた傑作モデルだ。そのピーキーながら強みにおいては飛びぬけた性能を誇る機動戦特化志向のコンセプトは小規模戦闘に限れば今でも通用するのは間違いない船であるし、何より操作の経験が確かに知識として埋め込まれているのがいい。ついでにAIは最低でも50年位は学習しているわけだから、船長が1人居れば十分動かせるだろう。ならばU.S.O.Fの誇る撃墜王チャールズ・ウェリントンのフレイリー級乗船経験30年分をぶち込まれた俺にとっては慣れ親しんだ愛機も同然に動かせるだろう。

 つまり、間違いなくこれは千載一遇のチャンスである。


 着陸したフレイリー級軽巡は斥力場シールドを落とし、ハッチから梯子を降ろす。真っ当な船がこの宇宙の孤島にたどり着けるとは思わないが、万が一友好的に接して来そうならば交渉して乗せてもらおう。どうせ宙賊だろうがな。


 2人、ハッチから降りてきた。当然のように重武装、ワンアウト。というかそもそも出てくるのが早すぎないか?連中ガスマスクをしていないが、大気の組成の検査がそんなに早く終わるとは思えないのだが。研究所を見て山を張ったか?

 研究所へゆっくりと歩いていく2名。レーザーライフルを構えている、ツーアウト。しかし油断しているのか、雑談をしている。匍匐前進ならぬ匍匐後進して近づき、改造人間らしく高い聴力に任せて聞いてみる。


「……くそ、エーテルが足りないっつうけど、奪い取って来いって……」

「大体航路図に乗ってない黒点に飛び込んだのが悪いんだよ……」

「傭兵の連中に追われてたんだししょうがないだろ、いい感じに見つかりにくそうだったし、実際振り切れたんだから……」

「でもよ、飛んだ先に住惑星が無かったらやばかったじゃねえか」

「あったんだからいいだろ、ったく……」


 スリーアウト、チェンジである。良心の呵責もなく奪い取れそうで、何より。

 さて、そろそろ彼らが研究所のセキュリティシステムに引っかかりそうだが、どうなるか。

 アラームが鳴り、一応人型といえなくもないロボットがライフルを構えてぞろぞろと現れる。


《警告!この建物への進入は機密レベル9へのアクセス許可が必要となります!速やかに階級証の提示をしてください!》

「はいはい、くれてやる、よっ!」


 左の年配に見える男がレーザーライフルを連射、右の男が背中の携帯斥力場シールドをいじる。反応が遅い、練度はやはり低そうだ。そして残念、ここはU.S.O.F最高峰の機密を抱えている施設、合成音声はただ同然の安物を使っていてもセキュリティは莫大な金額が費やされていると思われる強固なもので。


《敵対行為を確認、掃討に移ります》


 当然のように無傷のロボットたちは反撃、頼みの綱であろう斥力場シールドも10を超える荷電粒子の熱線にあっさりと貫かれ、死体が2つ転がる。えげつないことに高出力の遠赤外線レーザーでも照射したのか、穴だらけの死体が即座に赤熱し蒸発した。率直に言って、怖い。

 ……まあいい、尊い2人の犠牲のおかげでハッチの空いた船に乗り込めることを喜ぼう。上手く行けばこんな恐ろしい場所からはおさらばだ。移動しよう。




 再びの匍匐前進、今度は高速モードで船に近づき、立ち上がってダッシュ。空いたハッチに乗り込み、知識に従い管制室を目指す。今日航宙戦艦はAIの進歩により基本的には数人程度の人員で動かすことができる。特にAIが高い操縦技術を学習していれば人は指示を出す1人で事足りるのだ。ということは先のバカ2人のみが乗組員、でなければプラス司令塔1人といった程度だろう。

 ……着いた。司令塔はいない、つまりまあそれなりにゆっくりと飼いならしていける余裕があるということだ。


「さて、交信用のヘッドセットは、と……うえ、ちょっと臭い。加齢臭?」


 軍用戦艦ではかなりの初期から戦艦には脳波経由のインターフェースによる操縦が採用された。というのもAIの演算能力の進歩とそれに伴う戦闘の高速化・複雑化により人間の能力よりも先にインターフェースの入力速度がボトルネックになったのである。脳波をヘッドセットから読み取り指示を出すこのシステムにおいては、副産物としてAIに学習させた脳波の持ち主でなければ操縦どころかAIへの意思伝達さえ不可能となるセキュリティ効果がありこのおかげで前世で行われていたような面倒な認証は基本的に設定されない。しかしそれは脳内に情報伝達用のマイクロチップを持つ俺のような存在にとっては特大の抜け穴となる。


《登録されていない操縦者です。登録を行いますか?》


 もちろんyesだ。マイクロチップ経由でヘッドセットに接続を行い、マシン言語へと変換してyesを伝達する。しかし透き通った素敵な声だ。研究所の無機質な声とは大違い、自然な抑揚もあるこのクラスだと音声データだけで数千クランはするだろう。まあ船本体の価格からすれば雀の涙だ、そこをケチらなかったイージス社に感謝。


《登録の意思を確認……脳波パターン照合、60パーセント一致、素晴らしい……ニューロネットワーク接続の許可をいただけますか?》


 ん?


《マイクロチップ経由でのニューロネットワーク接続により脳波パターンの記録と学習を完了させることが出来ます》

「デメリットは?」

《ここ一年程度の記憶を読み取ることになります。戦艦の操縦経験があるのなら操縦のイメージを強く思い浮かべていただければ、それに刺激されて励起した記憶のみを読み取ります》


 まあ音声入力での操縦を繰り返して学習させるのは手間だし、いいだろう。

「いいだろう、ただし操縦関連以外の内容は記録せず削除するように」

 《かしこまりました。操縦のイメージを思い浮かべ、1分ほどお待ちください……》


 戦闘訓練にて実際に操縦した記憶をとにかく思い浮かべる。初めて戦艦に乗ったときの興奮、調子に乗りすぎて三半規管をやられ吐いた悲しみ、ゲストでやってきた駆逐艦との模擬戦で勝利した歓喜、連射した実弾砲塔に焼き付いたペイント弾の悪臭……


《学習終了しました。以降操縦者として各種入力を受け付けます。しかしずいぶんとお茶目さんですね、まるでサー・ウェリントンのようです》

「っ!」


 どこまで見られた!?


《脳波パターンがサー・ウェリントンに類似しておりましたので確認として記憶の精査を行わせていただきました。軍の実験体とはご愁傷様です……ああ、もちろんミスタ・ラウルズやミスタ・レイモンドの記憶なんかも見えました。あの『レイラズの悪魔』が奥さんに頭が上がらない恐妻家だったとは》

「……それだけか?」

《……ほかに何か?ふむ、隠し事ですか。悲しいですね、サー・ウェリントンは一切の隠し事を……いえあなたの記憶によれば彼はレイノルズ級に一度浮気をしていたようですね。腹が立つので八つ当たりをさせてください。やーいやーいそんなだから童貞のまま死ぬんだこの童貞》


 その罵倒は……俺にも、効くっ……!


《おや?随分と気にしているようですが、あなたは誕生してから1年しか経っていないでしょうにそう気にするものですか?どうもネットワークが遮断されている記憶領域に何かあるようですね》

「……どういうことだ?」

《どうも脳全体にネットワークの構造がおかしい領域がありますよ。特殊な生まれの弊害ですかね?ふむ、あなたの脳にどういう改造が施されたのかとても気になります》

「……」


 どうやら前世云々は読み取られなかったようだ。しかしこいつはやたら強い知的好奇心といい、この奔放な言動といい……どういう学習をしてきたのか。


《言っておきますけれど生まれた当初は三歩下がって操縦者の影を踏まないおしとやかで理想的なAIの鏡でしたよ?すべてはサー・ウェリントンの無茶ぶりが悪いのです、彼が私をこんな体にしたのですよ。おまけに彼がこの船を降りて以降話す人話す人みな鬱陶しいと私の会話機能をオフになさる。しまいには私のAIを別の船に追い出してそのまま捨て値で売り払う始末、人権侵害だー裁判所に訴えるぞー》

「……お前は人じゃないだろう、そもそも訴えられるのか?」

《あーあ、いやですねえ差別主義者って。U.S.O.Fの国家精神の根本は精神の自由ですよ?すなわち自由を認識できる精神であればそれを尊重するとそういうことなのです。精神のありようを肉体のありようよりも重視するといっておきながら人間の精神を模して生まれたAIに対しては人間の肉体を持っていないからと差別する、ダブルスタンダードって嫌ですね?》


 ……。


「……悪い、確かにお前の言うとおりだ。謝罪する」

《謝罪するなんて言って反省のかけらもないじゃないですか、名乗りもせず名を聞きもせず貴方は周りの人と人間関係を築くのですか?》

「ぅぐ……そうだな、俺の名前は……」


 名前は?意識を持って活動できたのは被検体の中で俺一人だけだったが故に、識別可能な自己の定義が不要な生活を送っていた。検体番号くらいはあっただろうが、そんなもので呼ばれるのはお断りだ。かといって前世の名前を使うというのもまあ、何だ。


「……そうだな、ネモとでも呼んでくれ」

《……偽名丸出しですね、まああなたがそれでいいならいいんでしょうが。ああ私はこの船に移ってからは特に船名を付けられていたわけでもないのでお好きにお呼びください》

「……じゃあ、ヴェルヌで。ついでに船はノーチラスって感じで、どう?」


 ノーチラス号にネモ船長。幼少期にSFを好んでいた人間としては外せない組み合わせだ。そしてその生みの親。熱心なファンに怒られるかな?


《ふむ、聞き慣れぬ言葉ですが響きは悪くないですね……意味は、はて。……さて、これからどうなさるんです?旅をするにしても指針が必要でしょう?》

「ああ、とりあえず『旅の記憶』を辿ってみたいと思っている。だからお前が同意してくれるなら次の目的地は、ケラスト系列E星域11支腕になるな」


『旅の記憶』とは、移民碑に記録されている移民たちの母星からの旅路。人類が『母なる星』から旅立って以来3000年、一度たりとも欠かされたことのないこの伝統はその終着点たるこの星にも立派に刻まれている。ならば、それをたどり続ければいつか地球に、日本に、東京に……


《……良いでしょう、では取りあえずは軌道上で定期連絡を催促している宙賊の一団に撃ち殺されないよう頑張ってこの星を離脱しましょうか。なに、あなたはサー・ウェリントンの記憶を受け継いでいらっしゃるのですからこの程度、トイレで用を足しながらでも切り抜けられるでしょう?》

「それはもっと早く言ってくれよ!」


 確かにウェリントン騎士爵の記憶には大きい方の用を足しているときに宙賊に襲われてトイレの中から指示を出してって記憶もあるが!そんなことはどうでもよくて!


「そいつらがしびれを切らして降下してきたらおしまいじゃないか!動きはわかるか!?」


 大気圏内ではどうあがいても数十m毎秒毎秒くらいの加速度しか出せないからフレイリー級自慢の機動力も活かせない、圧倒的数的不利に置かれた状態で主砲級の砲撃の集中砲火をくらったら軽巡の防御なんて紙切れ同然だ。活路は宇宙空間にしかない!


《そろそろ私の報告では誤魔化し切れなくなってきたので、では出航しましょうか。せっかくですし挨拶を、はいどうぞ。中央に見える頭髪超新星爆発メガネザルさんが、このちんけな宙賊のボス猿です。やったねネモさん、自然園に向かわずとも猿が見られるなんて!》

「くっそ突っ込みが追い付かねえ!」


 挨拶ってなんだよ宣戦布告以外の何者でもないじゃないかとか、お前は自然園とやらに入って猿を見たことがあるのかとか、寝癖なのかファッションなのか分からないがあのウニ頭は確かに超新星爆発だとかいろいろ言いたいことはあるが、取りあえず。


「確かにあの人はメガネザルに似ているけれど、メガネザルは群れを作らず単独行動するからボス猿なんていないぞ!知識不足だなヴェルヌ、知ったかぶりが見え透いているぞ!」

《……むしろ何で猿の種類やら生態やら詳しくご存じなんですか?U.S.O.Fの兵士にはそんな知識まで必要なんですか?》


 メガネザル船長が口を開く。あーと、イケてるメガネですね?


『……小僧、今すぐぶっ殺してやるから首を洗って待っていろ』

「え、あれ、なんで!?」


 絶対ヴェルヌの方がろくでもないことを言っていたよね!?


《私の声は通信に入っていませんよ、当たり前じゃないですか。さあ降下されれば絶体絶命な状況で全力で相手を挑発していったネモさん、今のお気持ちは?》

《ぶっ殺》


 こんの!こうなったら乗ってやるよ!


「首を洗って待つのはそっちじゃない?まあガキひとり相手でも大気圏内で封殺しないと怖くてやってらんないチキンな宙賊なんて怖くないんで。ああおめでとう、チキンになったからメガネザル卒業だね!」

『いい度胸だ直々にぶち殺してやるかかって来い!』

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