11話
「3、2、1、行きます!」
予告とともに飛び出す。ありがたいことに援護なのか両手にブラスターを持って援護してくれる5人、負傷で倒れていた1人もこの極限状態にビビり倒していた2人もこの時ばかりは実に頼もしく思えた。なに、市街地戦シミュレーション8番と比べれば何ということもない、敵はたった2個分隊なのだ。あの時は小さな町に1個小隊が突入、しらみつぶしに狩り出されて最後は同士討ちもいとわない弾幕のゲリラ豪雨でハチの巣にされたっけ。
1対多の集団戦でまず念頭に置くべきことは敵の射線を制限すること、それは同士討ちを恐れる心理を利用してもいいし障害物を利用して隠れることでもいい。確実にそこにはレーザーが照射されないという逃げ道を作ること。敵を倒すのは2の次だ。
「っらあ!」
倒れている商会の護衛部隊の一員を蹴り上げる。俺の体重100キログラムオーバーの体を軽やかに動かす脚力は肉付きのいい男でも容易に天井近くまで蹴り上げる。そして後ろ手でもう一人の襟首をつかみ立ち上がらせ、ブラスターを2射したあと蹴り上げた男に合わせて飛び上がる。流石に総督府は天井が高く最小限の予備動作で飛び上がっても天井には届きそうになく、一瞬の間。しかし練度が災いしたであろう敵兵は上空へと舞った死体を目で追うことはなく即座に視点を戻し、そのわずかの間俺は敵の視界から外れた。
空中で前方に半回転したところでブラスターをオーバーヒートに構わず一気に連射、グリップまで熱が伝わってきたのを確かめて投擲。型破りな俺の動きにようやく意識が追い付いたのは指揮官らしき2名のみ、彼らが即座に指示を出す。
「アルファ、上飛びつけ!」
ブラックキャット商会護衛部隊の正式装備らしいこのアスターテ社製多機能ブラスター4α13Sのグリップは温度伝導率がかなり高い。とにかく万能性を重視したこの傑作小型ブラスターは小型ゆえの排熱の難を解決するためにグリップも排熱板としての機能を持たせているのだが、通常欠点となるはずのこの無茶な設計は実用の際あまり問題視されず、副産物としてオーバーヒートの危険を容易に察知できる強みを得た。そして星暦3013年に発売されたこのモデルはさらに思いきり、オーバーヒート寸前まで行けば銃を持っていられないからとの理由で安全装置すら取り払う。よって、痛覚と反射を制御出来る人間である俺が本当に限界まで連射すれば、こうなる。
――ズドン。
「ッガァアア!!」
「っクソ対処が早い!」
熱によって臨界を超えた活性エーテルの爆発によって飛びついたアルファと呼ばれた一人の体が吹き飛ぶ。本来周囲に大量に飛散するガンマ線は同時に投げられた高帯電チャフスモークグレネードによってグレード2程度には抑えられたようだ。
「弾切れだ!撤退するぞ!」
「……っクソ!」
撤退するということは戦場の興奮に撃ち尽くしてしまったんだろう。商会護衛部隊組は俺の指示も聞いていなかっただろうし、仕方ないといえば仕方ないのか。しかし1・2発でも残っていれば牽制に使えたことを考えるとかなり厳しい。
現状敵に与えられた被害はわずか4人、特に指揮官クラスの2人が俺を見失った瞬間ステップで体を射線からずらし銃撃を交わしているのが厳しい。あの2人は地上戦においては恐らくエース級だ。
此方の被害は飛び散ったブラスターの破片による切り傷多数に右手の火傷による機能低下、爆風にあおられた不安定な姿勢。ヒラだろう隊員が一斉にこちらに銃を向ける。
「……まだ!」
だがたかが4丁、その程度の腕で俺に危機感を抱かせたいならその10倍は銃を持ってこい。何よりチャフグレネードによって光線系の銃がかなり威力を減衰させているためか構えているのは実弾銃、引き金が引かれてから着弾までコンマ1秒の余裕がある。これは有機リニアラバーを最大出力で稼働させれば3・40センチ程度はどこかしらを動かすのに十分な時間であり、つまりは究極まで神経伝達を加速し判断にコンマ01秒もかからない俺ならば発砲直後に動いて弾丸を躱せるということだ。
全員の指先を意識に上らせる。脳内マイクロチップが思考を加速、血流増加によって何とかATPと酸素の供給を絶やさないように。そして指が動くのが見えた瞬間左手に構えた銃を上方に向けて発砲、3連射。左手の反動により得たモーメントと下方加速度を活用、さらに射線に入る右手・首上・胸の位置を動かすために思いっきり足を振り動かす。角運動量は保存され反動で一気に回転した俺の上半身、伸ばした左手の先がフロアについたのを確認して力を籠め、敵めがけて4射。チャフグレネードにより斥力場フィールドはかき消されている、継戦能力は奪えた。反動を利用し床に向けて身体をぐっと引き寄せる。
「っし!」
「甘いな」
「!?」
その瞬間右手を付けようとした場所で小規模な爆発が起こる。右手が跳ね上がり、何より予想外の衝撃に体が硬直しかける。体に走る悪寒、本能に従って縮こまったとき。
「っち」
「落ち着け」
頭の下擦れ擦れを通った大口径ブラスターの一撃が髪を焦がした。追撃に備えて急いで着地、即座に立ち上がる。
「大した腕だ、部下が皆やられるとは」
「全くだ、正直部下に欲しいくらいだ……どうだ、取りあえず命は保障するが?今の顔と名前は捨ててもらうことになるが、金はかなりもらえるぞ?」
「……信用できるか!」
この手のお誘いはたいてい碌なものでないと相場が決まっている。正直もう日向に出られないとかそんな展開は勘弁だし、何より今はレオナさんとの約束がある。エースを名乗って裏切ったりしたら二度とヴェルヌには載せてもらえないだろうし、大体俺がやりたくない。
「さっきのは?」
「敵に手の内を明かすとでも?」
「それはそうか」
時間を稼ぐ意味があるかどうか。後ろからの援護射撃は沈黙している。上手く撤退できているといいが、しかし後ろを振り向く余裕はもらえないだろう。チャフグレネードも戦闘の熱からか地面近くはすっかりと晴れ渡り下半身の斥力場フィールドは復活したことだろう。唯一の良い知らせは大口径でなくともブラスターが届くように戻ったことか。しかし手元にもう替えの銃はないのだが。
「さて、返答を聞こうか」
「……地獄に落ちろ!」
即座に横っ飛びに動く、わずかに遅れて左を光線が焼く。左と跳躍のフェイント、正直今のは計算ずくで乗っていた気しかしない。光線系の銃の強みは距離によって引き金を引いてから着弾までの時間がほぼ変動なく0であること、従って事実上銃口の延長線上に重なれば即死だ。しかし距離が開けば開くほど、いや格闘戦の間合いでさえ銃口を逃れる移動より銃口の微調整の方がはるかに容易だ。フェイントなくば逃げることすら不可能、そして左の男がフェイントを誘導し、右の男は着実に俺の位置を銃口で追い続ける。堅実な役割分担にさっきの右への跳躍で距離を離された俺は打つ手がない。フェイントの引き出しだけがどんどん削られていく。
左脚の重心移動、右手の小さな動き、僅かな摺り足、首の角度、目の位置。フェイントの癖がどんどん読み切られていく恐怖。傍から見ればさぞ滑稽だろう、1秒おきにカクカクと男2人の周りを廻る俺の動きは。しかし、俺にとっては1秒1秒が絶望への道だった。
遂に右手にレーザーが掠る。足元にブラスターが落ちる場所へ近寄る方向は銃口が牽制し続け、体力を消耗しながらも反撃の手段を得られない。痛覚こそカットしたがもはや右手でブラスターを持つのは不可能だろう。もはや此処までか、とあきらめかけた時。
「!?」
唐突に部屋の四隅から銃口が覗き、左の敵の腕を焼く。動揺なく右の男の指先が動くが牽制なく動きうるこのチャンスを逃すまいと左手のブラスターに突っ込む。最短の直線距離移動から20センチずらした位置に着地、ズボンの左がチリチリと悲鳴を上げるが無視、クールタイムに拾い上げる。なぜかは分からないが唐突にセキュリティシステムが立ち上がり今更ながらも侵入者を狙っているこの時が好機。右はセキュリティシステムに任せ負傷した左の侵入者を銃口に収める。あちらもこちらを銃口に収めて居はするが、指が離れている。負傷故だろうか、腕もやや下がっており力が入っていない。
――悪寒。
「っ、はあ、はあ……」
射撃を中止してとっさに右に跳び、それだけでなく限界まで体を捻る。それでも胸を焼き抉られたことを理解し、怯む間もなくもう一度跳躍。今度こその射撃を2回のフェイントの後足に直撃させ、機動力を奪う。追い打ちにセキュリティシステムが両腕を焼き切り、これで右の男と1対1だ。
「……脳波直結のトリガーとか、せこい真似を」
「セキュリティ的にもやらない手はないだろう?まあ、今回はお前の勝ちだろうよ、俺の首級、くれてやる」
「ああ、俺の勝ちだ」
あちらが銃口を合わせる一瞬前に、その腕を俺のブラスターが焼き切った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
全ての決着がついた後。ブラックキャット商会より商会所有の病院施設で4日の入院。どこの馬の骨とも知れない筈の俺が下にも置かない丁重な扱いを受けられたのはレオナさんの手配であろうことは想像に難くなく、つまり彼女が健在であることは容易に知れたのでそれはそれでよかったが。ヴェルヌのネタばらしを聞いて大層驚いた。
《つまり、あれか。ゴウキ氏は別にブラックキャット商会を裏切ったわけでないと》
《まあ多少考えは足りなかったかもしれませんがね。P.A.Lユニオンの主流派とうまく話を付けて旧レスター社系の重役を蹴落とす代わりに合同で運輸会社を設立した辺りは凄腕ですよ》
《つまり。あの襲撃は弱みを作り出すためだったと……流石に気に喰わないな》
《ご本人はあそこまでやるつもりはなかったようですがね。そこに中央政府が絡んできてややこしくしたんですよ。まあ引き摺り落としの際に出した系列間黒点というもののやばさの認識が甘かったんでしょうね、途中から彼も気付いて中央軍の掣肘に動いてましたが》
あの襲撃をたくらんだ旧レスター社系の重役たちは完全にゴウキ氏と中央政府に乗せられたらしく、今頃クインリッジターミナル襲撃の咎をすべて被って裁判中だ。与えた経済損失は大きく、彼らの私財数十億クラン全額を投じても無罪を勝ち取るのは容易ではない。というか中央政府からすればとっとと処刑してやりたいだろう。
《でも戦犯の一人だよな……》
《まあその通りですが》
P.A.Lユニオンは軍需産業よりの旧レスター社系を今回の一件で切り捨て、運輸業に注力するらしい。ゆくゆくはブラックキャット商会と婚姻なりなんなりで合併を考えているのだとか。あれほどの黒点所有権はまず一族相続になるだろうから、妥当といえば妥当か。ブラックキャット商会は発見された黒点と黒点発見のノウハウ、系列E星域内の星域密着型の輸送インフラを。P.A.Lユニオンは他系列における高速大範囲輸送インフラと中央星系へのコネクションを。それぞれ出し合い、新たに輸送宅配サービスを始めるらしい。
「これぞクロネコヤマトの宅急便、なんてな」
「……いい響きね、採用させてもらおうかしら」
「ヤマトさん!?」
いかん、この世界が公権力に消されてしまう。
じゃなくて。入ってきたのに気付かなかったのは、鈍ってるんだろうか……。
《記憶から読み込んでシミュレータを構築しましょうか?》
《うげぇ……でも、頼むわ》
《ええ、お任せください。グレイアッシュ師団のデータも入れて元の10倍マシに鬼畜にして差し上げましょう、ネモさんが死に散らかすのが実に楽しみです》
《性根ひん曲がってるなお前?知ってたけどさあ……》
最後にぎりぎりで勝つことが出来たあいつらはクーデター騒動の決着がついたころにはもう毒を飲んで自害していたらしい。ただヴェルヌが相当やばいところまで踏み込んで調べてくれた話によると中央軍憲兵隊直下の陸戦部隊の最精鋭の1つだったとか。実際あそこでヴェルヌが総督府のセキュリティシステムを掌握してくれなかったら死んでいたのは俺だろう。
そして、その件に関しては礼を言わねばならない相手がもう一人。
「改めて、この危険思想持ちのAIを総督府の内部ネットワークにつなぐなんて暴挙、本当にありがとうございました。おかげでこうして命をつなぐことが出来ました」
「礼はいいわ、あなたが死んでいたら次は私、その次は総督よ。むしろそこまでボロボロになってまで私の身を守ってくれたことにこちらこそ感謝しなければならないわ」
「それは仕事のうちでしょう。強いて言うなら礼は言葉ではなく疑われることのない確固とした戸籍がほしいです」
「ええ、その件の報告もかねて。はい、個人証明カードよ、なくさないでね」
「え、もうですか!?」
ヴェルヌに聞いた話ではまだ市内の混乱は収まりきっておらず総督府は復興に大わらわ、ブラックキャット商会も復興資材の買い付けなり輸送なりでかなり忙しいと聞いていたのだが。
《もちろん、サプライズですよ》
嫌な気の使い方してくるなこいつ!
「ええ、あなたはきちんと約束を果たしてくれた、なら私も約束を果たすのは当然よ。商会、特に輸送業は信頼によって立つべき業種なのだからその跡取りたる私が約束を軽んじる姿を見せる方が問題よ。気にしないでちょうだい」
「……ありがとうございます」
なんていうか、頭が上がらない。こういう人がこの大航宙時代における一大企業を築き上げる存在なんだな、と感嘆すら感じる。
受け取った個人証明カードの左上には金色の小型読み込み専用情報チップが埋め込まれ、何時入手したのか俺の手書きサインが裏面に。表面には堂々たるフォントで、この世界での俺の歩みを共にする名前が書き込まれている。
『ネモ・ヤマト』。
根無し草だった自分がこの世界にはっきりと足をおろした瞬間であり、この名前を背負って生きていく覚悟を決め……。
……ヤマト?
「ヤマトォォ!?」
「あら良いリアクションね」
《黙っていた甲斐がありましたね》
「え、いや、ちょ、ええぇ!?どういうこと!?あとサインした覚えないよ俺!!」
あとヴェルヌお前!
「どういうことも何も……あなたの希望通り確固とした後ろ盾のある戸籍よ。ブラックキャット商会次期商会長の夫なんて理想的でしょう?」
「むしろふわっふわだわ!誰が見ても疑うでしょうが!来歴真っ白だし!」
「それは適当にうちの下積みをしていたと付けておいたわ。あとあれよ、ネモって偽名でしょう?一応今日中ならぎりぎり訂正が出来るから響きが気に入らなかったら変えていいわよ」
「問題なのは響きじゃねーよ!!」
《こんな美人な奥さんの何が不明なのですか。船乗りですから将来あなたが禿げてもきっと理解してくれると思いますよ?》
「お前が妻に求めるのそこなの!?あと禿げないから!!」
「あら、エースの悲劇大歓迎よ?それだけ船を乗りこなした証拠じゃない。どうせ植毛だって簡単にできるんだし」
「勘弁してください、もう……」
突っ込み過ぎてもう疲れた。胸の傷もズキズキ痛むが、むしろ気付け代わりになってありがたいかもしれないくらいだ。
ベッドに倒れこんで現実逃避。あ、天井のサイディングボードに染み発見……なんだろ、ソフトクリームの上半分みたいな形……うんこじゃねーか。
「と、まあ冗談はこのくらいにして。ヤマト家の養子という扱いよ、商会の株の割り当てはないから商会の継承権は用意できなかったけれど、悪くない立場じゃないかしら?」
「……え?え?あ……」
「それとも本当に私の夫が良かった?」
「……勘弁してください」
《そこで本気で断るなんてなってませんね、今時草食系なんて流行りませんよ?そこは是非お願いします、一緒に星の海に眠ってくれないかとかそんな感じの歯の浮くようなセリフを口にしてくださいよ》
「はいはい、ヴェルヌの男の趣味は分かったから、ちょっと黙って」
《んな……!?》
「いいセリフよね、さすがサー・ウェリントンの一世一代のプロポーズ」
失敗してるけどね!!夢見る生涯童貞系エース、チャールズ・ウェリントンをどうぞよろしく!!
「ふう……。あなたは中央政府から目を付けられた可能性があるわ。ヴェルヌの異様なハッキング能力も含め」
《クラッキングです》
「……クラッキング能力も含め、あなたたちはU.S.O.Fに危険視されうる存在よ。でもこれがあれば少なくともケラスト系列では十分に後ろ盾を保証できる」
「……」
「巻き込んだ身である私が言うのはおこがましいかもしれないけれど、これが私の出来る精いっぱいの誠意。……受け取ってくれるかしら?」
……。
巻き込まれた、確かにそうかもしれないけれど。どうせ出生的に危ない要素の塊なのだ、そこは大差ないだろう。それよりもあの状態からこのちょっと腹黒で一見冷たそうで破天荒な、でも誠実で懐の深いこの人を守り切った満足感の方がはるかに大きい。だから。
「ありがたく、受け取ります。そして、これからもよろしくお願いします、次期商会長」
「……ええ、よろしく。期待しているわ」
この言葉と同時に彼女が浮かべたほんのちょっぴりの笑顔。
今までみた笑顔の中で一番、素敵だと思った。