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母を求めて3000年  作者: 三木叶
1章
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7話

 目が覚めた時はすでに戦闘は終了していた。敵船団は結局全滅するまで投降することなく最後まで抗い続けたのか、船は残骸しか残っていない。


《状況は?》

《戦闘は無事集結しました。被害状況は全体としては軽微、ただ此方は後部スラスターと主砲がダメージを受けています。現在それぞれの船で破片を調査しているようですが、余り情報は得られなかったようですね》


 被害状況はまあ想定内だ。しかし情報が得られなかったのは痛いか。

 大穴が空けば当然内容物は外に吹き飛ぶため、エーテル爆発した船の残骸からでも日誌などの資料が見つかる可能性はある。しかし砲の直撃を受けているのだからまともな物的資料は残らなくてもおかしくないだろう。


《統括AIの復元は不可能そうか?》

《どうやら集積メモリを焼却処理しているらしく。いくつかそれらしきものは見つかりましたが情報を抜き取るのは無理ではないかと》

《……厳重過ぎないか?それともそういうものなのか?》


 宙賊であればわざわざそこまでする必要もない気がするのだが。これはあれだろうか、よその商社の陰謀とかそういうものに巻き込まれた感じだろうか。


《1番艦から秘匿通信です》

《ヤマトさんから?》


 此処まで一度も通信をしてこなかったのは恐らく居場所を知られたくなかったからだろうが、なぜここで?


『こんにちは。助けてくれてありがとう、今回は借りておくわ』

「え、……いや、え?」


 白々しくない程度に演技をする。実際唐突にばらしてきたことへの驚きはあるので、その困惑を表情に乗せる。ヴェルヌ、採点は?


《70点ですかね》


 まあ悪くない点数だな。


『意外だったかしら?乗っていたのは私よ……腕には自信があったのだけれど、少し調子に乗っていたわ』

「……あー、うん、危ないところでしたね。えっと、理由をお聞きしても?」

『私が一番腕がいいもの、鈍足な輸送船に乗ったところで何にもならないわ。こちらの戦力を少しでも底上げしたほうが生存率が高いと判断しただけ。……それは後悔していないわ』


 つまり、あれか?護衛が全滅したらどうせ負けなんだから、少しでも戦力を底上げしたかった、と。つまり、輸送船に乗っていても護衛が全滅したら命の危険があったと。

 ……あれおかしいな、どんどん不穏な気配。


「……仮想敵は宙賊ではない?」

『ええ、そうよ。この際すべて話すわ、聞いてちょうだい。そろそろあなたも部外者では済まないでしょうしね』

「はあ」


 あれか?系列間を結ぶ黒点の発見がばれてどこぞの商会に命を狙われているとか。でもP.A.Lユニオンにはご長兄が牽制に行ってらっしゃるのでしょう?


『恐らく敵はP.A.Lユニオンよ、目的は私が発見した黒点の所有権の申請の妨害。宙賊団『猩々』に偽装して襲ってきたようね』

「はあ?しかしP.A.Lユニオンといえば系列間輸送の大手ですよね、言っちゃ悪いですが精々星域内どまりのブラックキャット商会を敵視しますか?格が違いすぎるような気がするんですが」

『ええ、普通はそうね。……でも、経由すればヴァルキリアスとクインリッジを10日で結ぶものなら、話は別よ』

「……」


 驚いたことに、身元も知れない少年風情に本当にすべて話す気のようだ。


『余り驚いていないようね』

「いえ、かなり驚いていますよ。ただ、いくつか怪しいとは思っていましたが……」

『そうね、参考までに、あなたがどこまで想像していたか聞いていいかしら?』


 この質問にはどこまで答えるべきか。恐らくこちらの能力を推し量っているのだろう、ヴェルヌの情報収集能力を隠すか否か……いや、さすがにクラッキング能力が高すぎる、隠しに行くべきだろう。最低限の前提に合わせていくつかそれらしい推測をでっち上げる。


「疑問だったのは此方をドッグまで受け入れ、破格の条件で雇い入れてきたことです」

『才能ある若手の青田買い、では不足だと?』

「ええ。妙にこちらの身元を気にしていたようですし、何か明確な仮想敵が居そうだなと。そしてそうなると宙賊ではないでしょう。で、新進気鋭の商会の重役の仮想的ともなれば後はライバルの商会か、身内。そしてあなたの功績といえば黒点です、輸送系の業種にとって保有する黒点の数は力に直結しますからね」

『……当たっているわ。大した推測能力ね』

「どうもありがとうございます。で、少数での移動であるのを見て7割がた身内と想像していました。一番聞きたいのですが、身内に裏切り者はいますか?」


 そうだ。もし身内に裏切り者がいるのであれば動きは下手をすると筒抜け、跳躍直後に集中砲火を浴びて宇宙の藻屑と化す可能性すらあるのだ。黒点跳躍を控えた今、何としても聞いておかねばなるまい。


『……恐らく、上の兄よ。彼はP.A.Lユニオンに牽制に向かっていたはず、なにも掴んでいないわけがないわ。念のためかなり航路を伏せてここまで来たけれど、目的地と予想される到着の時期だけは間違いなく伝わっているわね』

「……最悪ですね」

『本当よ。こんなバカをする人じゃないと思っていたんだけれど……』


 あちらの力の入れ具合次第ではクインリッジ周辺宙域がP.A.Lユニオンに占拠されていてもおかしくない。少しでも目端が利くならば決して黒点の所有者登録をさせないだろう、それこそ強硬手段を使っても。


「2つ、お聞きしたいことが。黒点の座標はどこまで伝わっているか、そしてこちらが手間取っている間に発見されて先に申請される恐れはないのか。返答によっては次の跳躍を本気で覚悟しないといけませんからね」

『……座標を知っているのは私だけよ。そしてまず見つからないと判断してもらっていいわ、最寄りの惑星はクローヴィッツということになっているから。伝えたのはあなただけね』


 なるほど。……ちょっと衝撃的な内容も聞こえたが、聞かなかったことにしておこう。


「……聞かなかったことにしておきます。それで、ここまで話して、何を?」

『命の借りを作っておいて隠し事っていうのはね、気に喰わないのよ。それに、どうもあなたは誠実に対応したほうがよさそうだしね……。改めて、クインリッジまで付き合って欲しい。報酬も増額に応じるわ』

「引き摺りこんでおいて、誠実ですか?」

『あの時点では青田買い以外の何物でもなかったわ。兄が裏切っているとも思わなかったし……まあ、言い訳ね。抜けたいのなら抜けてもいいわ、ただ此方の申請が通るまで口外はしないで欲しい』


 さて、どうするか。あちらの手札はほぼすべて見せられただろう、ヴェルヌの情報とも齟齬はない。後は、ここからどうするか。


《どう思う?》

《お好きなように。大体私が何かを言って気を変えるんですか?もう決めているんでしょう、あなたのやりたいことは。私を理由に責任逃れですか?自分のことは自分で決めなさい》

《いや、付き合わせちゃうしな……》

《その程度込みであなたに付き合っていると言っているんですよ、察しなさい!》


 励まされてしまったな。そうだ、少なくともそれなりに真っ当な戸籍と身元保証にコネまで手に入る好条件、此方も選べる立場ではないんだから。


『どう、かしら?』

「ええ、そうですね」


 初めて見せる、ちょっと弱気な表情。兄が裏切ったというのはやはり堪えるものなのか。

 元気づけるわけではないが、自分では力強いつもりの笑みを形作る。


「お手伝いしますよ、ヤマトさん。エースの守護を得たと思って、安心してください」


 エースの守護、つまりは必ず守り通す盾。


『レオナでいいわ、……よろしくね?私のエース』


 まあ、一瞬見とれてしまったこちらが照れ臭くなるような素敵な微笑みは、臭いことを言った対価としては十分だろう。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




「……うぐぁぁ……」


 くさい、くさい、照れ臭い!何が『エースの守護』だ!半人前のクソガキが偉そうに!


《しかも偉そうなことを言った直後に思いっきりぼろを指摘されてますからね》


 あの後、レオナさんにちょっとした忠告を告げられたのだ。


『ハチの巣とか、猫舌とか。引いては青田買い、ちょっと語彙のレベルが高すぎよ。未登録の惑星に住んでいたで通すのならそのまま自然に流しちゃだめじゃない』


 その通りだ。前世で培った語彙はほぼそのまま残っているが、しかしこの時代いわゆる自然は移植が高くつくためごく一部の観光都市くらいでしか見られないのだ。こうした例えが通じるのは上流階級だけだろう。

 戸籍もなく、未登録の惑星に住んでいて、しかしなぜか上流階級の例えを自然に使う。

 我ながら怪しさの塊である。


《まあエースとしての自覚が出てきたのは良いことでしょう、それはそれとしてばっちり録音させていただきましたが》

「……ゃめて……もう勘弁して……」


 このままでは恥ずか死ぬ、話題を変えよう!


「あー、ヴェルヌ、ここからP.A.Lユニオンに探りを入れることってできる?」

《無理ですね、安定した回線がないですし、長距離通信はラグの問題でクラッキングには向きません。せめて『駅』くらいの高性能な通信設備がないと。一応時間はかかりますが一般的なネットから探れる程度で良ければやりますよ?》

「頼む。現状のあちらの動きが知りたい。ヴァルキリアスとクローヴィッツでの黒点探索の動きと、それからクインリッジ周辺への武力派遣について」

《まあ探れるだけ探ってみますかね》


 実際にどこまで情報が洩れているのかが不明な今、それを知れる手掛かりが欲しい。そしてクインリッジにてどのくらいの敵戦力が待ち受けているのか、これも重要だ。


『跳躍の準備はいいかしら?』


 公開の通信帯域で船団全体に通知が来る。もはや隠す気もなくなったのか、レオナさんが指揮を執っている。未だに1番艦に乗っているが、何か思うところがあったのか先ほど護衛船団全体に謝罪をし、以降は無茶をしないと約束していた。


『此方0番、問題ない』

『2番、問題なしです』

『3番、問題ないっす』

『4番、問題ありません』

『5番、問題ないぞ』

「6番、問題ないです」


 ちなみに俺たちは6番を申し付けられている。


『では跳躍に入るわ、最初に突入するのは2番……』

「すみません」


 割と一蓮托生となったこの仕事、出し惜しみは無しだ。裏切りを想起させるかもしれないが、しかし最善は間違いなく。


「私とヴェルヌなら、100k位出しても跳躍できます。それだけの速度があれば振り切れる可能性はあるでしょう、そして粗方は引きつけられるかと。先行しての偵察を行えます」


 此処は整備と拡張に、励起状態の維持までされた黒点だ。高速突入において一番のネックとなるタイミング管理も、励起状態を維持してくれる管理された黒点ともなれば猶予は10秒以上あるし、放出の方も遠距離から重力波を送っても周辺設備が増幅してくれる。問題となるのは跳躍時のヒッグス場干渉、それも拡張・安定化された黒点なら半径1km程度は特異点化する、通過時間は100km毎秒でもせいぜいコンマ02秒。思考加速と合わせれば体感コンマ1秒に匹敵するわけだ、この程度のタイミング管理はエースでなくともやってのけられる、はず。


『……可能なのね?』

「はい」


 もちろん試したことがあるわけではない、しかしかつてのエースと呼ばれた人々の非常識ぶりはしっかりと記憶に残っている、その中には亜光速巡航中から直接黒点に飛び込んだ例すら存在するのだ。どう考えても人間業じゃない。

 ならば、仮にもエースを名乗った身としてはこの程度こなして見せるのは当然のこと、そうでなければヴェルヌに笑われてしまうだろう。なに、突入の瞬間に黒点が荒れる確率はこの手の管理黒点ならば10%にも満たない、ということは適当に突っ込んでも成功率9割の博打なのだ。ロシアンルーレットよりも気が楽である。


『なら任せるわ。けど失敗したら許さないわよ?』


 一瞬の間。


『この私の前でエースを名乗ったのだから』


 強い眼差しがこちらを射貫く、目が合うはずがないのは分かっているが、気圧されそうになった。しかしその奥に気遣いの色を見つけ、一気に気が楽になる。


「ええ、なんてことありませんよ。では、お先に」


 強がる余裕も戻ってきた。つまり、コンディションはばっちりだ。


《ヴェルヌ、準備》

《はいはい、自信が出てきたのはいいですけどもうちょっと行けますよね?》

《これで十分だよ、黒点励起もぎりぎりまで止めるから》


 そう、今回は黒点の励起から突入までをコンマ01秒程度に収めるつもりだ。もちろん出力的に増幅されてもそう離れた位置から励起させることが出来ないわけだが、今回僅か1kmの地点から励起を試みるのは待ち伏せを危惧してだ。

 黒点の出口付近に相手が待ち伏せていて、黒点が励起した瞬間に砲撃をすることを試みているならば、極限まで跳躍の前兆を伏せるべきだろう。なにせ黒点の励起は向こうにも分かるのだし、黒点近辺では慣性緩和が使えない、つまりは此方の強みである機動力による回避もまず不可能だとみていいのだから。


《分かりました、何秒前で?》

《コンマ01秒》

《……無茶しますね。訂正します、これ以上は私の処理も厳しいです》

《そいつはまあ》


 ヴェルヌの限界もその辺りか、これはちょっと不安になってきた。しかし、決めたことだ。そもそも連続処理の開始時間も猶予がコンマ02秒あるのだから、ヴェルヌの処理が追いつくならば何とでもなるはず。


 黒点から千キロ離れた位置まで下がり、黒点の周辺観測施設から送られてくるデータを見て直感でタイミングを計る。本当に感でしかないが、まあエースの記憶7人分を詰め込んだ脳の直感だ、そこそこ信頼できるのではなかろうか。


《ふう、……行くよ、加速度10k》

《了解》


 行けると確信したタイミングで、加速。耐えられるぎりぎりの加速でもって最高速度に到達するまで10秒、そしてそこから跳躍まで5秒、合計15秒。この先読みは、当たるか否か。


《速度100km毎秒到達、跳躍まで5秒……3、2》


 此処で脳内マイクロチップの演算補助を最大に、周囲の時間が7倍に引き延ばされる。通信により流れ込む黒点の情報は、やはり跳べるという直感を未だに弾き出させ続けている。


《1》

《……今!》

《跳躍処理完了、ドンピシャです。周囲には敵影無し》

《OK、加速度5kで減速して、後通信を》


 最悪の予想はありがたいことに外れていた。しかし商会の重役であろう人物が裏切ったとするなら、現状は手緩い。間違いなくもう一波乱あるはずだ。


「此方6番、敵影はありませんでした、周辺宙域に異常なし」

『了解、順に送るわ』


 始めに跳躍してきたのはコウノトリ級、そしてそこから一呼吸おいて番号逆順にハヤテ級5隻が跳躍しその姿をこの宙域に表す。実に手堅い跳躍だ、やはり身内ではないこちらの報告を無条件に信じるわけにはいかないのだろう。


『クインリッジへと向かいます。各船、最大警戒で。あとひと踏ん張りよ』


 再び編隊を組み、住惑星クインリッジへと向かう。とはいえこの黒点からクインリッジまでの距離はわずか600航秒、すなわち180万キロメートル。慣性緩和をフルにかけて常時1km毎秒毎秒の加速度で移動するとして、かかる時間は70分弱となる。この近さこそがクインリッジをE星域において最も経済力のある都市へと押し上げたものである。なんとこのクインリッジ、周辺1000航秒以内に12もの黒点が存在し、それぞれがE星域における主要な住惑星につながっている『標準航路』なのだ。

 そしてこの近さは此方の味方ともなる。ブラックキャット商会の地元たるクインリッジまでこれだけの距離しかないということは、当然ながらクインリッジ駐留の治安維持組織の力を借りるのも容易であるということだ。逃げ切りさえすればクインリッジの宙兵に匿ってもらえる、クインリッジの防衛衛星の射程圏内に入ればいい。地の利は此方にある。


《仕掛けてこなかったな……》

《今調査に集中しているので、あまり話しかけないでください》

《……はい》


 しかし、それは裏を返せば。ここを逃せば相手には後がないということだ。

 周辺の宙域が保つ、変らぬ沈黙。それが、酷く恐ろしい。

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