3.兄妹の絆
「何してんだガキィッ!!」
街一番の大通りで、野太い罵声が響く。
ミリアとロックがその騒ぎの元へと足を向けた時には、その声の周囲はすでに人集りが出来ており、何が起こっているのかは見えなかった。
「ごめんなしゃいっ……ひっくっ……ごめんなひゃいっ!」
泣きながら叫んでいるのか、呂律の回らない口調で必死に詫びる少女の声から、トラブルの原因は幼き少女のようだった。
「世の中謝りゃ済むほど簡単じゃねぇんだよ! どうしてくれんだ?! あぁん?!」
人集りを掻き分けて最前列まで2人が辿り着くと、そこには真っ昼間から酔っ払っているのか、顔を赤くし、粗野な服装で如何にも荒くれているという風貌の大柄な男と、幼女と言うに相応しい幼女がいた。
幼女は男の威圧的な言動に完全に萎縮してしまっているのか、小さくなって震えている。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
それを見てミリアが歩を進めようとすると、ロックがミリアを止めた。
「なにをっ――」
「いいから見てろ」
ロックの制止に苛立ちを覚えながら再び騒動の中心に目をやると、1人の少年が人集りから転げ出てきた。
「すみませんっ! 妹が何か失礼なことを?!」
「に……にぃちゃ」
「あぁ? 何だてめぇ。コイツの兄貴か?」
「そうです」
丁寧かつ毅然な対応をしているが、その少年も背丈からして大した年齢ではないことは一目瞭然だった。
「てめぇの妹が俺の一張羅に鼻汁つけやがったのさっ!」
その言葉に人集りから『自分からあの子にぶつかったのに…』と呟く声がヒソヒソと聞こえる。
「あぁん?! 何か言ったか?!」
人集りを見回して威嚇するように男が周囲を睨み付けると、周囲の騒めきはぴたりと止まる。
「すみませんでした。何をすれば許してもらえますか? できることなら、何でもします」
少年は妹を背に庇いながら男に許しを乞うと、男はにたりと笑った。
「そうだなぁ……金は?」
「こ、これしかないです」
貨幣袋から銀貨5枚をつかみ出すと、男に差し出す。
男はそれをつまみ取ると、声を荒げた。
「銀貨5枚だぁ?! 舐めてんのかっ!!」
「すみませんっ!!」
男の声にビクッと肩を揺らしながら、少年は貨幣袋を腰に隠す。しかし、それは男の目に留まってしまった。
「てめぇ……今、隠したろ? 出せ」
「すみませんっ! これ以上は出せません!」
「じゃあ妹がどうなってもいいんだな?!」
その言葉に少年はなす術がなかった。貨幣袋をゆっくりと、男に再び差し出す。そして懸命に、男の良心に縋った。
「母の……薬代なんです」
「金貨1枚か……ガキにしちゃ上出来じゃねぇか」
「母の薬代なんです! それだけは見逃してもらえませんかっ?!」
「ダメだ。てめぇ、さっき隠したよな? 俺をやり過ごせると、騙せると思ったんだよなぁ?! 俺をバカにしてたってことだよなぁっ?! あぁん?!」
「違います! 違います! お願いします! 何でもしますからそれだけはっ!!」
少年は男の足元に、まさに言葉通り縋り付いた。
その光景に、周囲の視線は一層厳しくなる。しかし、誰も口を挟めない。
「……よし、じゃあ一発、思い切り殴らせろ。それで立っていられたら、チャラにしてやる」
周囲を取り囲む大人達も、男のその提案を流石に止めようと再びざわつき始めるが、男が腰に携える剣に手を掛けて周囲を睨むと、再びだんまりとなる。
「……わかりました」
「にいちゃ!!」
「大丈夫だよ」
妹に振り返り、優しく笑う少年。しかし、その足は震えている。当たり前だ。自分の身体を優に超える大人だ。しかも大人の中でも更に巨躯の部類に入る男に殴られて、大丈夫なわけがない。
男は少年を殴って鬱憤を晴らして金貨も手に入れようという算段だ。立っていられるわけがないのだから。
しかし、母親の薬代と妹を守るために、少年にはその選択しか残されていなかった。やるしかなかったのだ。
いい加減そのやり取りにミリアも限界を迎え始めて足を踏み出すが、それでも更にロックが引き止める。
「ロック!!」
「黙って見てろ」
そのロックの言葉に軽薄さはない。いつにない真剣な気配に、ミリアも言葉を繋げなかった。
ミリアがロックに視線を移していたその間に、男が少年の顔面目掛けて拳を振りかぶる。
少年はその拳をじっと見据えて動かない。その目には、自分の背にいる妹と病床に伏している母を守るという揺らぐことない決意が燃えていた。そんな兄の覚悟を決めた背中を見続けることに耐えられず、妹は目を背ける。
「らぁっ!!」
「ひっ――!」
男の力を込めた声と、幼女の怯えた声が上がると同時、ミリアの頰を風が撫で、そして、鈍い音がその場に響いた。
「いってぇなぁ」
その場の誰もが、どこからその男が現れたのか理解できなかった。何故、男と少年の間に急に男が現れたのか、理解できなかった。
しかし、ただこれだけは漫然と理解する――あの兄妹は救われたのだと。
その男。ロックは少年の前に立ち、男の拳をその腹で受け止めていた。
「な、何だてめぇ?!」
「おうおう、どうしてくれんだよ。ただ歩いていただけなのに、どうして俺は腹を殴られないといけないんだよ? あぁん?」
「な……てめぇが勝手に――」
「あぁー痛ぇー! 骨が折れてるかもなー! どーしてくれんのかなーこれー!」
棒読みで痛みを叫び訴えるロックだったが、全く痛みなど感じていないのは見るに明らかだった。しかし、男はロックのその様子を指摘するわけでもなく、突如現れたロックに動転しているのか、自分に非はないと叫び始める。
「勝手なこと言ってんじゃねぇ! てめぇが目の前に来たのも殴られたのもてめぇの勝手じゃねぇかっ! 俺のせいじゃ――んぐっ?!」
ロックが掌で男の顔を覆うと、男は苦痛の呻き声をあげ始め、そしてその巨躯が宙に浮いた。ロックが片手で持ち上げたのだ。
「あがっ! あががががっ! たひゅ! たひゅけ――」
「てめぇのやってることは、そういうことなんだよ。わかったかボケがっ!」
「わひゃった! わひゃった!!」
足をジタバタさせてドサリと男の身体がロックの手から解放されると、そのまま地べたに這いつくばって頭を抱える。
そんな無様で惨めな男を傍目に、地面に散らばった貨幣を拾い上げるとロックは少年に向き直り、頭を撫でてその手に貨幣を握らせる。
「頑張ったな」
ロックの言葉に安心したのか、少年は膝から崩れ落ち、涙が溢れ出す。膝をついて嗚咽を漏らし項垂れる少年に、妹が泣きながら抱きついた。
兄妹それぞれの頭を撫で、別人のように微笑むロックの背中はガラ空きだった。
その背に向けて、憤怒の激情に駆られた男の剣が、憎しみと共に振り下ろされる。
「はっ! 死んじまえバカがっ!」
――キィィィンッ!
怒声が響いた刹那、宙を舞ったのは男の剣だった。
「油断しすぎだ、ロック」
「さっすがだねぇ〜ミリア姉さんっ」
顔だけを自身の背にいるミリアに向けて、ウィンクをするロック。
「ちっ。わざとか」
「ミリアが動くと信じてただけだよ」
「信じると言うと聞こえはいいがな。私が動かされたというのが真実だろう」
「まぁまぁ、いいじゃん?」
男はミリアの一撃で尻餅をつき、鼻先に突き出されている剣の切っ先にただ震えている。
尋常でない動きをする男女に、人集りはいつしか歓声に包まれていた。
そして漸く騒ぎを聞きつけた複数の憲兵が、人集りを掻き分けて顔を見せた。
「街中での決闘は固く禁じられている。双方、詰所まで来い」
まずは心の折れた男が、憲兵にされるがままに捕らわれる。次にロックとミリアに、憲兵の目が向けられた。
「さぁ来い」
詰め寄る憲兵。
ロックは右手を挙げて、そんな憲兵に笑顔を向ける。
「じゃ! そゆことでっ! 走れミリア!」
「ったく、しょうがないっ――」
「なっ?! 待てっ!」
「おめぇら! その兄妹のこと、頼んだぜ!」
ロックは人集りに突っ込みながら、声高に叫ぶ。
その声に、ロックとミリアのための道が開けた。人集りは完全に、2人の味方となっていた。
その姿を見て呆然とした男は、疾走する2人の背に、無念の叫びを叩きつけた。
「おとなしく捕まった俺がバカみてぇじゃねぇかっ! ちきしょう! 何なんだよてめぇらぁぁぁぁぁ――!!」
日中に起きたこの騒動は、あっという間に街中に広まる。
年端も行かぬ兄妹を救った、心優しき戦士達が街に来たと。
◇◇◇
「正直、あの瞬間まで、貴様を殺してやろうかと思っていた。何故何度も私を引き止めた?」
騒ぎを起こした街にそのまま宿泊するのも面倒なことになりそうだったため、2人は街の外で野営をしていた。
寝転がって夜空を見上げるロックに、ミリアは日中の疑問をぶつける。
「人集りの中を必死に進むあのガキが見えたからな。俺もよくわかんねーけど、あいつの兄としての覚悟と兄妹の絆を見たかったのかもな」
「柄にもなく絆とか……」
「だから俺にもわかんねぇって。俺の魂が俺にそうさせたのかもしれねぇし」
ロックの言葉はミリアが考えていたことと同じだった。記憶を失っている自分達は、自分達に湧き立つ感情から、以前の自分を推測するしかない。
寝転がるロックを見つめ、ミリアは目の前のこの男がもしかしたらまともな男なのではないかと思い直していた。
昼間のロックは、間違いなく心優しき紳士だった。口調は決して上品とは言えないが、弱きを助ける言動は紳士と言って遜色ない。軽薄な男だと決めつけるのは、まだ早いのかもしれない。
ミリアがそう思っていると、ロックがミリアの視線に気づき、またあのわざとらしいウィンクを飛ばしてくる。
「どうしたのミリアたん。ついに俺に惚れちゃった? こっち来て一緒に寝る? 朝まで寝かせないけどね?」
やはり、軽薄な男であることは変わりなかった。
ミリアは自分の考えを打ち消そうと溜め息を吐きながらロックへ吐き捨てる。
「クズはやはりクズだったな」
「え~……たまには優しくした方がいいと思うぜ?」
ミリアの視線が普段の侮蔑の眼差しへと戻り、ロックはがっくりと肩を落としてミリアの慈愛の心に訴えかける。しかし、その様子には全く真実味がない。肩を落とすその仕草も、ロックの大げさなアピールにしか見えないのだ。だからミリアも、ロックを適当にあしらうのだ。
「私はいつも優しいぞ?」
「俺以外にね?」
「よくわかってるじゃないか」
「そりゃあリアたんの相棒ですから」
「お前のその呼び方の統一性のなさはどうにかならんのか」
「呼びたい時に呼びたい名前で呼ぶのが俺流さ。これくらいは許せって」
「ふん。しょうがない。まぁそれくらいは昼間の凛々しかったお前に免じて許してやろう」
「へーへー。悪うございやし――え!? リアたん、今なんて?」
常日頃からミリアに褒められることなどないロックは、また貶し言葉が飛んでくるものだと思っていた。しかし微かに耳に残る響きは、賛辞以外には聞こえない。
「さぁ? お前との会話など覚えておらん。何て言ったかなど忘れたわ」
「うわー! やっちまったー! ミリアがやっと俺のこと好きって言ったのに聞き逃したー!」
「好きとは言っとらん! 凛々しかったと言ったのだ!」
「はい、2度目ごち!」
「――っ! クソがっ!」
褒めなければよかったとミリアは歯噛みをする。
ロックの掌で転がされているのが納得いかず、ミリアは焚火越しにニシシと歯を見せて笑うロックを恨めし気に睨むのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
「クソ」なんて言っちゃいけませんよ、ミリアさん(笑)
このお話は冒険のワンシーンを切り取って書いていければと思っています。
更新頻度は不定期ですが設定は作っておりますので、いつか本編に入るかもしれません。
【よろしければこちらもm(__)m(メイン作品)】
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