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いろいろ

相沢と菜々子

作者: 檸檬 絵郎

 絵に描いたもち

 その色彩、

 その筆致ひっち

 団子のない花見。

 その光、

 その味わい。


 そして、何となくおもう。



 日曜の昼下がり、

 喫茶店とアパートの部屋。

 喫茶店では、

 相沢あいざわの友人が、相沢と、

 アパートの部屋では、

 菜々子ななこの友人が、菜々子と、

 それぞれ、会話をしている。

 相沢の恋人、菜々子について。

 菜々子の恋人、相沢について。

 外では、そよ風が舞っている。



「……というわけで、俺の菜々子との日々は、もう三年になるわけだ。あ、あいつと初めて見た桜の話をしたっけ? いや、してないよな。これは、他人(ひと)には話さないって決めてることだから」

 相沢は言う。

 そして、いかにも自慢げな、というより、もはや自慢げな自分をさえ誇っているのだ、という眼をこちらへ向けてくる。彼は、こういった人間だ。

 そんな彼に対して、こちらは、極々(ごくごく)真面目な疑問を極々茶化(ちゃか)した調子でぶつけてみる。

「菜々子ちゃんは、お前のどこに惚れたんだろうな」


「あの人のいいところ? 性格面で?」

 菜々子はポテトに手を伸ばす。

 考えているのか、考えているふりをしているのか ―― あるいは、考えているふりをしながら、私の表情を観察しているのか ――、とにかく彼女は、答える前に間を空ける。

 そして、さも当然のことのように答える。

「思いつかないんだけど」

 彼女の屈託ない苦笑い ―― という逆接 ―― には、できるだけ似たような表情で(こた)えるしかない。



 それぞれの友人は、自覚している以上に興味津々。

 食えない男女は、それをすぐに見破る。



「知りたいか?」

 こちらには、否定する理由などあるはずもないので、素直に(うなず)く。

「お生憎(あいにく)様だな」

 そう言う彼の手口はわかっている。ひけらかしたいという感情を隠すこともせずに、例の勿体ぶった態度でこちらを見るのだ。

「話してやってもいいけどな、お前が期待してたのより、真面目くさった話になるぜ」

 たして、彼は語り始める。


「あ、不思議に思ってるの? 私が彼と付き合ってること」

 菜々子は無邪気にも、得意そうな微笑み ―― 言い換えれば、愚鈍な友人を(もてあそ)ぶような微笑み ―― を浮かべた。

「まあ……」

 曖昧に頷く私を、菜々子の二つの瞳が見つめる。(わず)かにすぼめた半開きの唇は、作為的なものとも、自然にできあがったものとも思える。

 唇が乾いたのか、その間に舌を挟む。そして、菜々子は肩をすくめて見せた。

「わかってもらえるかなあ……」

 すぐにも語り出すかと思いきや、菜々子はおもむろにポテトへと手を伸ばし、口に運ぶかと思いきや、光にかざし、目を細めて言った。

「黄色い……」


「あいつはさ、顔しか見てないんだよ」

 相沢は、ティーカップに口をつけ、少量のハーブティーを口のなかへと転がす。

「……え?」

「わからないかい?」

 彼は、眼の脇に微かな皺を作り、勿体(もったい)ぶった様子でこちらを見つめてくる。彼自身、自分のその表情をわかっていて、わざとこちらへ向けてくるのだから、こちらは面倒くさくても、そう言えない。

「面食いなんだよ、菜々子は。だから、顔だけ良けりゃ、性格なんて問題ないわけさ。よっぽどでなきゃな」

「よっぽど……」


「性格で選べって言う人が多いけど、それってなんか嫌じゃない?」

「何で……?」

「性格で切り捨てちゃうなんて、心が狭いっていうか……、よっぽどじゃなきゃね」

「でも、いいところが思いつかないって」

「いいところなんて、必要?」

 時々、菜々子の瞳には、人をぎょっとさせるような色が浮かぶ。そして、後には必ず、屈託ない苦笑いやら肩をすくめる仕草やら ―― 磨き抜かれた瑪瑙(めのう)のような滑らかさ ―― が、緊張した空気を緩める。

「アフロディーテーとアレースってさ、いつもイチャイチャしてるでしょ。でもあれは、アレースが司る武力を、アフロディーテーの愛の力で骨抜きにできるっていう寓意とも取れるんだって。まあ、アレースっていうのは乱暴者の神様だから、いいとこなんてないんだよ、大してね。でも、そういう寓意っていうのはさ、そう考えることもできるよね、って感じのもので……」

 菜々子は、思い出したように、ポテトを一つ手に取った。

「アレースっていうのは、相当な美男子だったらしいよ」


「要するに、陳腐な言葉を使ってしまえばな、あいつは寛容な女なんだよ」

「寛容……」

「ネットのコラムとかで、よくあるだろう。『こんな男とは付き合えない』とか、『男が無理と思ってしまう女の言動』とか。確かに、そういう傾向があるってのはわかるんだけどな、それを助長してどうするんだよ、って」

「ああ……」

 食えない男だ。熱弁の最中でさえ、こちらの顔色を窺う冷静さを忘れていない。

「菜々子の場合はな、拒絶するでもなく、矯正するでもなく……」

 相沢の微笑み。なぜだろう、(かん)に障るはずの計算ずくの表情に、春、透き通る(うぐいす)の声を聴いたような清々しさを感じてしまうのは……。



 喫茶店の一隅(いちぐう)に、心地のよい沈黙が流れる。

 アパートの外では、豆腐売りの笛が、素朴な()を鳴らす。



◆◇

「こういう俺をわかったうえで、放っといてくれるんだ」

 と、相沢。

「彼も、私のそういうとこをわかってくれてるしね」

 と、菜々子。

「俺たちは、お互い……」

「相手の性格なんて気にしない」





「でも、それってさ……」

「ん?」

「お互いに……」

 外では、そよ風が舞っている。

「そういうところに惚れてるってことじゃない?」





 相沢の友人と、

 菜々子の友人は、

 ぽかんとする相手の前に、

 穏やかな、

 そして、勝ち誇ったような笑みを突きつけた。








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― 新着の感想 ―
[一言] 読みながら、ぽかーんとしていました。 私自身は、性格絶対重視、でもメンクイというどこの高ビー女だよ、という恋愛観ですが、でもあそこまで「ルックス」を重視した恋愛論を臆面もなく友人に話せる人は…
[良い点] 恋は良いですね。 読後感がとても良かったです。 上手く行っているカップルの小説って、けっこう貴重かもしれませんね。
[一言]  第三者の理解を得る必要はないと思います。
2017/06/27 21:57 退会済み
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