最深部
『始まりの洞窟RE、最深部へようこそ。』
優しげな女性の声が、真っ白な空間に響く。
その声が言うところによれば、
ここが、始まりの洞窟REの最深部らしい。
中央に置かれた石碑以外、何もない空間。
ここが洞窟であるかも、あやしいくらいだ。
しかし、不思議と恐怖心はない。
それが攻略を終えたという安心感か、この空間が生みだす雰囲気かはわからないが。
『始まりの洞窟REの、踏破者として、ヤマダタケシ、クリスティーナ・M・ブルーオーシャンを登録します。』
再度、女性の声が響いたと思ったら、
「きゃああああっ!」
クリスティーナの叫び声もあがった。
「どうしたっ?」
慌てて、クリスティーナのいる方へ振り返る。
すると、どうだ。
いるはずの、スケルトンが見えない。
代わりにいたのは、白銀の艶やかな髪を揺らした、まるで女神のように美しい少女だった。
それも、一糸纏わぬ姿で。
正直いって、わけがわからない。
もしかして、洞窟のご褒美だったりするのだろうか。
そんな、嬉しい。
紅潮した頬、潤んだ瞳、まるで桃の果肉のように瑞々しい唇。
真近で見ると、その神々しい造詣に息を飲む。
少女の瑞々しい唇が開く。
「みっ、見ないでください、ご主人様っ」
「ご、ごめんっ」
反射的に、背を向ける。
声は間違いなく、クリスティーナだ。
「クリスティーナか?」
咄嗟に、名前を呼んでしまったけど。
さっきの声も言ってたし、大丈夫だよな。
「はい、クリスティーナです。何故か、わかりませんが呪いが解けたようで……」
なるほど、これで合点がいく。
どういう理屈で呪いが解けたか、わからないが。
クリスティーナ本来の姿をとり戻したようだ。
さっきまではスケルトン。当然、服なんて着ていない。
それが突然、本来の姿になれば……結果は、見ての通りというわけだ。
しかし、なぜ呪いが解けたのか。
考えられる理由といえば、この空間くらいだ。
もしかしたら、ここはバフ・デバフを打ち消してしまうような、セーフゾーンなのかもしれないな。
「ぜ、絶対に見ちゃダメですからねっ……」
「わかった、わかった」
これ以上、見ていたらコッチも色々とやばい。
違う意味で、破壊力が桁違いだ。
『始まりの洞窟RE、攻略おめでとうございます。』
お、おう。
クリスティーナの姿に衝撃を受けて、完全に忘れてしまっていた。
『チュートリアルを終了します。報酬を受け取りください。』
目の前に、柔らかい光を放つ球体があらわれる。
チラリと横目でクリスティーナを伺えば、同じように球体があった。
球体に触れると、その形を変え始める。
それは徐々に変形し、やがてバットの姿になった。
『始まりの剣を取得しました。』
バットなのに剣なのかと、思ったが。
まずは、ステータスを表示させてみることに。
【始まりの剣】
持ち主と共に、成長する武器。
その姿は、持ち主の望む姿へと変える。
ステータスに5%アップの補正。
なるほど、攻略報酬に相応しい武器だ。
武器を育てていく系は、嫌いじゃない。
ネトゲではハマり過ぎて、サーバーでも数本しかない伝説の一本を作り上げたほどだ。
あのときは、やばかった。おもに、睡眠時間が。
俺の報酬は武器だったけど、クリスティーナ一体なにを貰ったんだろうな。
報酬は武器以外にも、経験値が360ポイントついた。
まだレベルアップすることはなかったが、これだけ貰えれば十分だろう。
『スタート地点に戻りますか? はい/いいえ』
今度は、あの女性の声ではなく、ログに映しだされる。
「クリスティーナ一。俺は洞窟から出ようと思うけど、どうする?」
背を向けたまま、声をかける。
ついてくると言うなら、もう乗りかかった船だ。
クリスティーナ、一人くらい面倒をみるものわるくない。
「もちろん、ご主人様についていきますっ!」
「はい」を選択した後、一瞬の浮遊感に包まれ景色は一転する。
場所は、スタート地点。
洞窟入って、すぐの所まで戻っていた。
振り返れば、クリスティーナの姿はスケルトンに。
やはり、呪いが解けたのは一時的なものだったらしい。
「……スケルトンに戻ってしまいました」
と、落ち込んだ姿をみせるクリスティーナ。
「一時的にも、呪いが解けたんだ。ダンジョンを攻略していくうちにきっと、解く方法も見つかるさ」
「そ、そうですねっ」
さて、一度、家に帰って次のダンジョンを見つけるとするか。
きっと、ダンジョンの入り口はまだあるはずだ。
家に戻るにあたり、一つ問題があった。
スケルトンであるクリスティーナを、そのまま歩かせるわけにはいかない。
それこそ歩く骸骨などがいれば、大騒ぎになって警察のお世話になってしまう。
そこで俺は登山用リュックに、クリスティーナを収納することにした。
何かと、役に立つリュックだ。
すんなりと、リュックに収納されたクリスティーナを担いでダンジョンの外へ。
太陽の陽が、頬をなでる。
丸一日くらい、ダンジョンに潜っていたはずなのに、
太陽の位置は、入った当初と変っていない気がする。
どういうことだ?
スマホで確認すると、ダンジョンに潜ってから10分と経っていない。
もしかすると、ダンジョンの中と外では時間の流れが違うのだろうか。
「あれ、先輩。こんなところで、何しているんですか?」