第八話 恒例行事なのか?
ルイとノアは少し遅れた分走ってみんなに追いついた。早速友達を作ったのかそれとも元々仲が良かったのか分からないが、目の前を歩く女子二人はワイワイと喋っている。
第一体育館を抜けて北館の階段を四階段上がると二つの教室が見えてくる。エクシード魔術学園は二つの学科で分かれていて【魔術学科】と【剣術学科】がある。魔術学科のクラスは手前側の一年α組。その奥にあるのが剣術学科のクラス一年β組である。毎年階段から見てどっちが手前にあるかとかで喧嘩が起きるらしい。
教室の決めた方はその年の新入生代表が魔術学科と剣術学科どちらに在籍しているかで決まるのだが、入学したばかりのルイたちは知らないのだ。もう気付いているだろうが念のため言っておくと、先程入学式の新入生代表の挨拶を立派になってのけたあのオーギュストという少年は魔術学科である。
ルイとノアは魔術学科のα組の教室に入っていき、黒板に書いてあった『先生が来るまで問題なくテキトーに座って♡』という指示に従って真ん中の席の前から三列目に座った。
「なんか廊下が騒がしいね」
「さっき影響力のありそうな可愛い金髪の生徒会長が言ってたのにな」
「なーに?」
「何でもない」
ノアはルイの“可愛い”という言葉に反応して静かに怒っている。ヤンデレ……まではいかないがこれはこれでなかなか恐ろしく感じる。ルイ的にはデレデレのままでいてほしいと思っているからノアを怒らせないようにしている。
そんなことよりも廊下の騒ぎが問題だ。ルイにはだいたい理由は検討は付いているが、剣術学科の生徒がいちゃもんつけたのだろう。少し耳を廊下に向けて澄ましてみれば口論が聞こえてくる。
「なんでお前らが手前側の教室なんだよ!」
「そんなこと俺らじゃなくて学園側に言ったら?八つ当たりにも程があるだろ」
「何だと!?もう一回言ってみろ!」
とてもしょうもないことで喧嘩している。というか剣術学科側の生徒が一方的に怒鳴っているようで、魔術学科側の人は意外と冷静に対応している。廊下で騒ぎを起こしているからかぞろぞろと野次馬が増えている。
「なぁ、今日の昼ご飯どうする?本館の一階に食堂があるらしいけど」
「もうご飯の話?まだ十時半だよ。さすがに早すぎるよ。というか騒動止めなくていいのかな?」
「そりゃー止めた方かもしれないけど、別に俺らのすることじゃないだろ」
ルイはどちらかというと面倒事に巻き込まれるのが嫌いである。だからそういう人とは関わらないようにしてきた。まさに対岸の火事的な考えで知らないふりをしていた。
「お兄ちゃん、止めてきたら?」
「あれーっ!?さっき言ったこと聞いてた?」
「口論になってる間に収拾をつけた方がいいんじゃない?ほら、火は小さいうちに消せっていうじゃん?騒動が広がる前にさ」
「――それよりも先生はいつ来るんだろうな〜」
「お兄ちゃん。」
ルイたちが教室に入ってから既に十数分は経っているのに、まだ先生が来ない。こんな騒動が起きているというのに駆け付けてくる先生は誰一人としていなかった。誰も呼びに行ってないのだから仕方の無いことだが。
ルイが話を逸らそうとするとノアが顔を近づけて強い言い方で言い寄ってくる。
最早ルイにこれ以上話を逸らす気力がなかった。
「了解しました」とあまり乗り気じゃないように一言 言って席を立つと、教室の扉を塞いでいた野次馬を分け入っていった。
廊下で言い合いをしていたのは魔術学科の生徒一人と、剣術学科の生徒二人の計三人だった。
魔術学科の生徒は涼しげな青い髪をしているのに対して、剣術学科の生徒は燃えるような赤い髪をしている。もう一人の生徒は濃い紫色の髪をしていて、今の行動から見ると、とても喧嘩には向いてなさそうなくらいオドオドしていた。
それぞれの学科を見分けるのは右肩に付いている長方形のバッチの色を見ればいい。青なら魔術学科、緑なら剣術学科という分け方になっている。
「そこまでにしておいた方がいいぞ?」
ルイはしぶしぶ声をかけた。がしかし、かえってそれが剣術学科の赤髪の人をもっと怒らせる結果になってしまった。
「てめぇも魔術学科か!どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」
(別にそんなつもりで言ったんじゃないんだけどな……あっ!)
心の中で呆れかけふと魔術学科の生徒の方へと顔を向けると目線があった。ルイの立ち位置からだと今まで後ろ姿しか見えていなかった魔術学科の生徒がルイの方向に振り返っていた。見覚えのある顔にルイは一瞬驚いた。
それは先程の入学式で立派に新入生代表の挨拶を決めていたオーギュスト=アルフェンだったのだ。
「君は……誰だい?」
「俺の名前はルイ=エルフォード。俺も魔術学科の生徒だよ。あまりにも廊下が騒がしいもんでちょっと割り込ませてもらっただけだ」
「馬鹿にするだけでは気が済まず、今度は無視までするか!」
「お前はうるせぇ」
そうルイの発した一言が怒りん坊生徒を爆発まで追い込んでしまったようだ。実際周りのみんなも「うるさい奴だな」と思っていたほどだ。一人でガウガウと喚いて、まるで猛犬のようだった。
「ガルフ君もう そこら辺で止めといた方がいいと思いますけど……。ほら、先生たちが来たら大変だから」
剣術学科のもう一人の生徒がやっと口を開いた。周りをキョロキョロと見てヤバイ状況だと察したのだろう。
気付けばルイが割り込んだ時よりも野次馬が倍になっていた。というより一年生のほぼ全員が見物していた。
今度はさっきまでとは逆になって、二対一の状況で静かにお互いを睨みあっていた。