第五話 先天性能力があるから
馬車にゆっくりと揺られること数十分。店や住居などの建物を抜けると、目的地の教会が見えてきた。入り口にはすでに同じ七歳児の男女とその両親などが、たくさん集まっているようだ。その中には数十名の使用人や騎士を引き連れてくる、貴族出身のお嬢様の姿もあった。
ルイはそんな人ごみの中に入っていくと思うと、何だか前世を思い出して寒気を感じた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
お兄ちゃんのことをよく見ているノアが少しの異変に気づいて声を掛けた。ずっと観察でもしているかのように、よく見過ぎな妹。今までのやりとりでも何となく分かるかもしれないが、かなり重度のブラコンである。
この七年間の間も自分でハイハイが出来るようになってからというもの、いつの間にかお兄ちゃんのルイにくっついている。
「ううん、大丈夫だよ。ありがとうノア」
と首を左右に小さく振って返事をし、綺麗に整えられた髪が崩れない程度に軽く妹の頭を撫でてやる。すると、ノアは「えへへ」と少し照れながらも嬉しがる。
「着いたぞー」
とユーリが声をあげると客車の三人はゆっくりと降りる。アリアもノアも周りの人の量を見て驚いた。
アリアでさえ、毎年このくらいの人は来ると知っていてもやはり驚くようだ。
早速エルフォード家全員で、うねうねとした長蛇の列の最後尾へと並ぶ。だいたい一時間待ちのようで、今年は割と早いと周りの家族は噂を広めるかのように喋っている。
漸くルイたちの番が来た。本当に一時間くらいかかったせいで、ノアは既に疲れ気味になっていた。
教会の中央、奥の祭壇の前に透明で傷一つない水晶の置かれた台座が置かれていた。先天性能力があるかないかを確かめるのには、教会が管理する特別な水晶しか術がない。
「お兄ちゃん、ノアが先にやってもいい?」
「うん、いいよ」
「ありがとー♪」
ノアは一歩ずつ水晶に近づいて、五人いるうちの中央に立つ教会の神官に何かを言われてからそれに手を翳した。十数秒経っても何も変化が起きなかった。ルイにはその間ノアがなんだかずっと必死に、翳した右手に力を込めているように見えた。
そして神官から判定が出されて、とぼとぼと戻ってきた。結果はその表情からも容易に読み取れた。その残念そうな顔をすれば誰でも『ギフトが無かったのか』と予想できる。
「無かった……。お兄ちゃんも頑張ってね」
その言葉を聞いて、魔力を込めていたのだと察した。そもそも水晶に魔力を流すことは危険行為である。何故なら、水晶に魔力を流すと爆発するからだ。そのことをノアはまだ知らない。知るよしもなかった。ルイはノアがまだ魔力を扱えなくて良かったと思った。
ルイは一歩ずつ水晶の置いてある台座に近づくと、中央に立つ神官の男の人が口を開いた。
「この水晶に手を軽く翳して、十数秒待つんだよ」
ルイはそう言われると、右手を水晶に翳した。ルイ本人は神様との契約も記憶にあるのだから、先天性能力があるのはだいたい知っていた。しかし、それが何というギフトなのかが分からなかった。
結果はすぐに現れた。水晶が透明から青色に変化した。その水晶の反応を見て神官達は五人ともそれに見入った。
「君には神様からの祝福があるようだよ」
「そうですか。どんなギフトですか?」
「それは自分で見つけるんだよ」
それを聞いたルイはがっかりした。そしてそのままのテンションで家族の元に戻ったため、『無かったのか』と思われたようだ。
「お兄ちゃんはどうだった?」
「あったよ、ギフト。けどそれがどんなギフトなのかは教えてくれなかったけどね」
「凄いじゃないか!」「やったわね!今日はお祝いをしないとね」
とみんな喜んでくれてルイも嬉しくなった。
その教会の帰り道に街の商店街へと寄ることになった。アリアは今日の夕食を買うために、ユーリはルイとノアにプレゼントを買うために。そもそも今日は二人の誕生日でもあった。
商店街の入り口付近で馬車を降り、アリアは少しのあいだ別行動をすることになった。
「ルイ、ノア、何か欲しい物はあるか?今日はいい日だからな。欲しい物は“一つだけ”何でも買ってやるぞ」
「いいの!?ノアね、ずっと欲しい物があったの〜!」「僕も」
たまに妹のノアはアリアと一緒に、この商店街まで買い物にしに来ているから、この商店街のことは三人の中では一番よく知っていた。
ノアはルイとユーリの手を引くと「こっち!」と言わんばかりに奥へと走っていく。
ノアに引かれて二人が連れてこられた場所は雑貨屋のような店だった。その店の中に売られている十五センチくらいのクマのぬいぐるみとハリネズミのぬいぐるみが欲しいのだとユーリに言った。しかし、ユーリはその欲しいというぬいぐるみを見て「特別な日だからと言っても、買うのは一つだけな」と軽く頭を撫でながら言った。
「ねぇ、お兄ちゃん。どっちがいいかな?」
「そういうのは自分で決めるものじゃないの?」
「ううん、お兄ちゃんが決めて?」
突然の質問に一瞬困ったルイだったが、その二つのぬいぐるみを見比べて真剣に考え始めた。無論どちらが可愛いか。
二分くらい悩んだ結果、薄茶色のクマのぬいぐるみのつぶらな瞳が可愛いかったのでそれを指さすと、ルイに何も言わず笑顔で応えて見せた。
ユーリは買ったそれをノアに渡すと、ノアはとても喜びその場で二回、三回と飛び跳ねる。ぬいぐるみと見つめ合うように前に突き出すと、早速ぬいぐるみの名前を考えた。
「あなたの名前は“みーたん”!」
と命名した。女の子らしい可愛らしいネーミングセンスだが、何処からみーたんという言葉を持ってきたのか、ルイにはわからなかった。みーたんってとても猫に似合いそうな名前だな、とルイは思った。
ノアはそのクマのぬいぐるみは大好きなお兄ちゃんが選んでくれたということもあって、より一層大事にしようと思って、ギュッと抱き締めた。
「そんなに喜んでもらえて、パパとしても嬉しいぞ。さぁ、ルイは何が欲しい?」
「えーっとね、僕は魔術の本が欲しい!」
その言葉を聞いくと、近くの本屋へとノアの案内の元で立ち寄った。
本屋に入ると早速ルイは数ある魔術書の中からどれを選ぼうかと迷い始めた。
そして、目の前にあった魔術書を手に取るとユーリに「これがいい」と頼んだ。
その言葉を聞いたユーリは一瞬戸惑った。
「本当にこれでいいのか?ほら、入門編とか簡単な魔術とかあるぞ?」
「ううん、これでいい。これがいい!」
ユーリが戸惑ったのも無理はない。何故ならルイが手に取っている魔術書は普通の本ではないからだ。
その魔術書は一般的な魔術学園で実際に使用される教科書のような本である。内容はとても難しく、とても七歳児が理解出来るものではない。しかし、ユーリは『何でも買ってやる』と言った以上、ルイが欲しいと手に取った魔術書を購入した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後アリアと合流し、のんびりと家に帰った。夕食の時にアリアは何を買ってもらったのか二人に聞いた。その質問に対するルイの回答にやはりアリアも驚いたようだった。
「あなた、ルイを“エクシード魔術学園”に通わせたいわね」
「そうだな、あそこなら将来も安泰だ」
とユーリとアリアは二人で相談し始めて、その翌日からルイは魔術と武術の特訓が始まった。それについてルイは、家族絡みでサポートしてくれることに感謝していた。ちなみにノアもたまに参加して特訓をやり始めた。