第三十八話 驚異的な脅威
「けど、呼び出しをかけたのは先生じゃない。エギルだったよ」
――エギル。
前期階級戦の初日にて俺に対し、お供にインコを引き連れて俺に嫉妬をぶつけて来た相手。
まだクラス全員の名前を覚えてはいないが、嫌な記憶は忘れることはなく、その名は印象深く脳裏に刻み込まれた。
昨日のアリスの対戦相手も試合中に「エギルめ」と言う発言をしていたということから、何かを企てているのかもしれない。
そこに来てオーギュストを呼び出している。
そんな手段で仲間を増やしているのか?
「悪巧みの勧誘か?」
「やっぱり知っていたんだ。俺は何も知らなかったよ。クラスの中に対立が起きてるなんて。これじゃあ学科代表として失格だな」
カレーを口に運ぶ手を止め、溜め息をこぼす。暗いオーラが彼の周りから溢れ出て、食堂全体にまで包み込みそうな重い溜め息。
学科代表というのは所謂クラスの代表。委員長という役割だ。
……と言うよりも、いつこいつが学科代表になったんだと疑問に思う。
「思い悩むことなんてないだろ。学科代表だろうが、一人の人間なんだから。自分のことだけ考えてろよ」
「いや、そうはいかないよ」
ま、たしかに。
代表が自分勝手だったら、まとめ役がいなくなりクラスが崩壊する。
ただでさえクラス内にいざこざが起こっている状態なのだから、今崩壊したら大変なことになるだろう。
「自分のことだけってのは言い過ぎだったけど。でもそのくらいの気持ちで過ごせよ。何もクラスの問題で、お前が責任を感じることなんてないんだよ」
「ルイ……」
オーギュストはスプーンを手から離し、ガシッとパンを握る俺の手を、その上から包む。
カランと皿にぶつかる金属音が、静かになっていた食堂の空気をぶち壊した。
「ありがとう。少しは気が楽になったよ」
こいつには言えないな。クラスが分裂状態にある原因の一つに、俺がいることを。
取り敢えず、両手で握るオーギュストの手を払う。
「話は戻すが、エギルから何を言われたんだ?」
今必要なのはこの情報だった。相手がどんな手段で仲間を集めて、どんな手段で俺たちを妨害してくるのか。その理由は見当がつくが、本当にそれだけなのか。
俺を見返す。たかがそんなことのためにクラス全体を巻き込んでいるのか。
「俺たちの側に付け。そしたら前期階級戦でのお前の順位も上げてやるって」
「うん、で?」
「いや、それだけだけど」
「んな訳ないだろ〜」
「本当にこれしか言われてないんだが」
そんな筈がないと断定して言える。
何故ならそのセリフの中には対立している相手の名前が上がっていないし、どんな対立なのか理由も動機も何もかも示されていないからだ。
真面目な学科代表を仲間に勧誘するんだったら、そこら辺の訳を正しく示さなければ取り込めるものも取り込めないのは、考えなくとも分かることだ。
「あ、ただ――」
頭を悩ませていると、オーギュストがカレーを食べる手を再び止めて口を開いた。
「――ただ、エギルの目は普段と違って、目の色が違うような気がしたかな」
「目の色が違う?どういう意味だ」
目の色が変わった、というならば分からなくもない。
人を蹴落とすことに本気になったとでも言いたいのだろうか。そのやる気をもっと別のところに向けてほしいものだ。
正々堂々と戦って、正面から俺に勝つために頭を使って欲しい。敵ではあるがその前にクラスメイトなんだから。
敵とも思っていないのが事実だが……。
「そのままの意味さ。ほら彼の普段の瞳って深い青色じゃないか」
「じゃないかって言われても、そんな細かくは見てねぇよ」
俺がエギルと会話したのは、トイレでの一件が最初で最後だった。その時でさえ俺は鏡越しであいつらと話しただけである。髪型や髪の色くらいなら目に入ったが、瞳の色なんてはっきり見えなかった。
オーギュストは僅かに首を傾げて、自分の記憶を確かめている。
「そうか。……濃い青色の瞳が特徴的だと思ったんだけどな」
「そこまで特徴的ならきっとそうなんだろうな。で、それがどうしたんだ?」
「あぁ。それが昨日俺を悪事に誘い込む時には赤く光っていたんだ」
「赤く……光る?」
瞳が赤くなる現象なら心当たりがある。
悪魔堕ち。
つまり今回の件には“ガイスト”が絡んでいるということである。
ガイストについての勉強はまだ授業では習っていない。というより授業らしいことをまだやっていないのだが。
しかし街に現れては様々な被害を与えてくるため、基礎的な知識はみんなだいたい持っている。
ガイストとは、それ自体には形がなく黒いモヤとして存在する。触ることが出来ないが目に見える霊体。
当然その状態では何も悪影響はない。むしろ一部の地域では精霊として祭り上げているところさえあるという。
だが一つ常識として知っておかないといけない。それはガイストが本当の脅威となるのは、物体、または他の生命体に取り憑いた時であるということ。
触ることも触られることもない黒いモヤの状態では、相手も悪さのしようがない。だがそれが触れる触られる状態に変われば、想像に難くない。
――つまり、脅威がすぐそばにいるだけでなく、俺を憎んでいる。
「これは……」
と口ではそこで止めておいたが、あとに続くセリフは『楽しくなりそうだ』の一言。普通ではないことを平然と思っている俺の顔は、たぶん相当に歪んでいるのかもしれない。
セリフを中断し、続けない俺に目の前で疑問に思うオーギュスト。しかしカレーを食べる手が休んでいるわけではなかった。
ピロリン
突然鳴った俺の結晶端末。届いたのは一件のメールであった。
噂をすれば影がさすと言われるが、それは姿を表さなくても、メールでも同じことが言えるのだろうか。
何しろ電源を付けなければ内容どころか送り主すら分からない。