第三十四話 竜と鳥の奮戦
第一体育館のフィールドの両端。二人の対戦者が顔を見合わせていた。
フェデルは何のつもりか腕を組んで威圧感を出している。その一方でもう一人の対戦者であるエレミーという少女は準備運動なのかぴょんぴょんとジャンプをしていた。
そんな真逆の態度を示す二人の真ん中に毎度お馴染み審判役の先生がやってきて、名前を告げる。
「抽選番号十三番、フェデル=ヘンデューク対抽選番号十四番、エレミー――両者、戦闘始め!!」
号令が掛けられても両者戦闘体勢に入ろうとしない。数十秒経って漸くエレミーの方が動いた。といっても戦闘体勢に入ったわけではなく、自己紹介をしだしたのだ。
「私はエレミーって言うの。よろぴく~っ!」
流石のこのテンションの高さに腕組みをしていたフェデルはたじろぎ、一歩後退りをした。
「お、おう。俺はフェデル=ヘンデュークだ。これからクラスメイトとしてよろしくな。ところでエレミーちゃんって姓は無いのか?」
「無いよん。だって友達作りには必要ないもん」
「どういう神経だよ。姓くらい大切にした方が良いぜ?」
「いらな~い。だって、困らないし。姓が無い子なんて他にもいくらでもいるでしょ。私はその人たちとも仲良くなりたいの!」
「そっか」
「まぁー、そんなの嘘だけどね。そんな理由じゃないってだけ。私のことは深く気にしないで。それともフェデルって私の好きになっちゃった?」
「バカじゃねぇの?」
教室や廊下で擦れ違って話すような内容をずっと話続ける二人に痺れを切らしたのか審判役の先生がやってきた。
「おいおいお前たち、今は試合中なんだからもっと緊張感をもって挑まんか」
「ただフェデルくんとお話ししてるだけなのに?」
「お前たちな、一応他の生徒が見ていることを忘れるなよ」
「はいは~い、先生」
話の途中からフェデルも参加しエレミーとの話を中断させる。
「……んじゃまぁー、いっちょやりますか!」
「水魔法、アクアドラゴン!」
魔法名を唱えるとエレミーは両手を天に掲げるように仰ぎ目を閉じた。それはまるで天にお祈りをしているかのように見えた。
暫くすると水滴がいくつか現れ、彼女の目の前の地面に大きな魔法陣が展開された。
「ちょ、流石にデカくね……」
フェデルが驚き声を失うのも無理はない。魔法陣から天に昇るように出てきた水で作られた竜の全長は体育館の天井を優に越す程だ。
それが天を昇る姿に圧倒され観客生徒全員が思わず見上げた。これだけ大きなものとなればその分大量の魔力を消費する。この魔法一度しか使っていないのにエレミーは激戦を繰り広げた後かのような疲れ具合だ。完全に後先考えないタイプだ。
「くっくっく……私の友達を前にして恐れ入ったかー」
「友達?」
「いや、冗談だよ。真面目に受け止めないでよ」
なんとも緊張感の無い二人だ。未だにそうやって無駄な会話をしているのだから。
「はっ!そんなこと俺だって同じことできるし。炎魔法、フレアフェニックス!」
フェデルもエレミー同様に手の平を上に向け天を仰ぐようにして魔力を貯めた。
巨大な赤い魔法陣を手の前に展開するだけでもかなりの魔力を消費するのだ。そんなのまだ一年生には早過ぎる。
なのだが、ギリギリまで魔力を削って漸く発動できた。魔力が底を尽きると最悪の場合死に至ることもあるそうだ。と、七歳の時に買った魔術書の豆知識のところに書いてあった。当時は、本当そんな大切なことを本の見開きの端の方に書くなと思ったが、魔力の使い過ぎで死ぬなんて魔術師からしたら一番考えたくないのだろうな。
「はぁはぁはぁ……。初めて使ったが想像だけでなんとかいけるものだな」
「フェデルって……」
「何だぁ?」
「私以上のバカなんじゃないの?」
「何だと?」
「別に私は負けても良いから相手を勝たせようとチャンスを作ってあげたのに、それを自分から同じ状況になるってさー、きっとバカだよ。うんうんバカだね。バーカ」
と歯を剥き出して威嚇する。
「エレミー、お前人のことを馬鹿馬鹿言いやがって!フレアフェニックス、お前の力を見せてやれ!」
と空を悠然と舞うフェニックスに指示を出した。それに反応するかのように甲高い声で鳴きアクアドラゴンとやらに向かって垂直に急降下していった。
「アクアドラコン、ブレスで対抗して!」
エレミーも迎え撃つ準備を始めた。指示に反応すると同時に頭からぶつかるつもりで昇っていった。
そして、水の竜と炎の鳥が空中で激しくぶつかり、白煙が立ち込めた。言葉にするとたったそれだけなのだが実際は凄まじい爆風が発生している筈だ。
「おい、どうなったんだ?」「知らねぇよ」「煙が立ち込めて何も見えん」
と言う声が観客席では相次いでいた。どうして俺らがこんなにも冷静に物を語っていられるかというとそれは単に結界があるからだ。
暫くして漸く煙が晴れた。しかし、その時には既に決着はついていた。勝者は抽選番号十四番、エレミーの勝利だった。
最初と途中で無駄な会話を挟んでなければ最速で勝負がついていたであろう。それもこれも全てエレミーが最速で負けないようにしてくれたのだ。お陰で最速で負けるということはなかったフェデルの名誉は守られたのだった。