第三話 新たな生命に挨拶を
瑠偉は再び目を覚ますと、既に世界は変わっていた。
見覚えのないが、ありふれた部屋の白い天井と、赤ちゃんが喜びそうな天井から吊るされたおもちゃが目の前にあった。四方には木で作られた柵があり、今では一人で出ることが出来ないくらい、それが高く感じる。
「あーうー!」
声を出してみて自分でも驚いた。当然だが、うまく言葉が話せなかった。そして自分の力で、立とうと試みても頭すら上がらなかった。
それもそのはず、もう彼はヒキニートの高校生ではない。今は黒髪に少し蒼みがかった銀眼という容姿の赤ん坊へとなったのだ。
転生が上手くいったと同時に前世はどうしているのか、と突然気になった。俺がいなくなったことで、誰かが悲しんでいるのかな。受験勉強を放り投げたあんなヒキニートなんて、どうでもいいと思っているのかな。クラスにそれほど仲の良かった友達はいないけど、誰か泣いてくれるのかな。ーーそう考えると、何だか前世の自分が本当に“クズ”だったのだな、と思い知らされるようだった。瑠偉は、せめてこの世界ではちゃんと生きようと思った。
それよりもルイは今、神様が与えてくれた“ギフト”とかいう能力はどんなものかわくわくしていた。しかし、どんなに踏ん張ったり、何かをしても確認出来なかった。
(え、えーっと……。まさかのステータス確認出来ない系?)
その後も何度かチャレンジしてみるものの、何も起きなかった。
その過程の中で瑠偉のすぐ左隣にはもう一人の赤ん坊が横になっていたことに気付いた。その赤ん坊は急に目が覚めたかのように大声で泣き出した。耳を塞ぎたくても、自分の手ではないかのようで上手く動かせれない。
この子の母親は何をしているのか。瑠偉は何も出来ず、ただ手足をジタバタするしか出来なかった。
すると、先程のその泣き声に反応して、こちら側へ二人の足音が急ぎ足で駆け寄ってくる。
母親と父親が柵の上からこちらを覗き込むようにして見る。
母親は泣く方の赤ん坊をそっと抱き上げてあやし始めた。父親はルイの柔らかな頬を軽くツンツンと触って、言葉を掛けた。
「目が覚めたのか。俺はユーリだ。お前はこのエルフォード家の長男になったんだよ。妹のノア思いの優しい子になれよ」
「あなた、まだルイは赤ちゃんなのよ?私はアリアよ、よろしくね」
「お前も言ってるではないか」
そう言うと二人は顔を合わせて笑い出した。なんて幸せそうな家庭なんだとルイは思った。
ルイとノアは兄妹で生まれてきた双子である。
母親は妹をあやして、やっと泣き終えると元々寝ていた所に戻し、今度はルイを抱き抱える。抱かれたルイは子供っぽく笑う。
「ルイはお利口さんねぇ〜」
と上下に揺らされあやされる。ルイはそれがとても気持ち良く感じた。それと同時にだんだんと睡魔がやってくる。抱きかかえられて温もりを感じ、リズムよくゆらゆらと揺らされているからだろう。とても瞼が重く感じた。
「とても眠そうだな」
「あう……」
「そうね、寝かせてあげましょうか」
そう言うと、母親のアリアはそっとベッドにルイを戻した。
ルイが生まれたこの家は、この国――ゼクスタリアの中では普通の家庭である。彼はそのエルフォード家の長男として生まれてきた。
抱き抱えられた時に家の中を一通り見てみたものの、大して貧乏ではないようだ。どちらかと言えば少しお金持ちな感じがする。
薄らとした記憶の中で、先程の両親たちの自己紹介的な会話を整理すると、
父親の名前はユーリ=エルフォード。
年齢は三十代半ばほどであり、顔は渋めだがとても優しそうに見える。
母親の名前はアリア=エルフォード。
年齢は二十代後半ほどであり、美しい顔立ちをしている。
妹の名前はノア=エルフォード。
ルイの双子の妹だ。黒髪に綺麗な碧眼という容姿をしている。
今までの会話から分かることだが、この世界でも彼の名前はルイ=エルフォードだ。現世と同じ慣れ親しんだ名前でとても安心していた。
ルイはここまで頑張って意識を保ってきたが、赤ん坊の身体という事もあってか、その睡魔に耐え切れず、ルイは完全に眠りについた。