第二十五話 嫉妬の矛先
その後は抽選があった。出来の良い心優しい愛しの妹があの長い話を真面目に聞いていたという。よく真面目に聞こうと思えるな。俺なんか表には出さなかったけど、頭の中では色々な妄想を展開させていたわ。
「――で、お前何番?」
所変わってここは本館一階の食堂。ファーストフードかファミレスかのように意味も無くたむろっている。長い机を挟んで正面にいるフェデルが質問してくる。抽選で引いた番号を聞いているのだ。
俺はブレザーのポケットに入れた結晶端末を掴み取り番号を確認する。
「俺は四番だったわ。ってことは二試合目か」
「割とすぐに番が来るじゃねぇか。俺は二十三番だぜ。二人とも運が良ければ……五戦目?で当たるよな」
「つまり決勝戦な。お前、そこまで勝ち抜けるのか?」
「失礼な。俺だってやる時はやる男だ!今がそのやる時なんだよ!」
勢い良く席を立ち上がり片足を今さっきまで座っていた椅子に乗せる。そんなに強く意気込むのは良いけど、そんなことをしてると
「こらー!そこ。椅子に足を乗せるな!」
「え、あ、すいません……」
と食堂のおばさんに注意された。フェデルは怒られたことによってテンションが下がりその場に静かに着席した。なんだか、見ていて飽きないな。
「えー、お兄ちゃんとブロックが違うんだけど」
俺の隣にもまたテンションが下がっている人がいた。それは俺の妹のノアだ。ブロックが違うということは十七番以降か。
「ノアは何番なんだ?」
「見てこれ」
と自分の結晶端末を俺に見せるために目の前に翳してきた。そんなに近くにしなくたって、目が悪いわけじゃないから見えるんだけど。
「ノア、二十六番なの。お兄ちゃんと戦えるのは決勝戦なんだよ?」
「悪いけどルイは俺が倒すから」
と横から口を挟んできたのは、元気がなくなっていたはずのフェデルである。いつの間にか復活し、ノアに対し宣戦布告したのだ。……ちょっと違う気もするけど、たぶん宣戦布告だ。
「お兄ちゃんはノアのだもん」
「新年祭じゃそんなの全然関係ないし」
「むぅ……!」
ノアは俺に抱きつき頬を膨らました。俺は二人のどちらのものでもないんだが。
そういえばさっきからアリスの姿が何処にもないな。一体何処に居るんだろうか。
「なぁ、アリスは?」
「――って、お兄ちゃん浮気?ノアという可愛い妹がありながら」
「違う違う。落ち着けって……」
ノアは拗ねるかと思ったら、今日に限ってはテンションが高い。歯を剥き出しにして軽く威嚇してくる。そんな妹を犬でも大人しくさせるかのように両手で沈静化した。
「いつものメンバーにしては一人欠けてるな〜、って思っただけだから安心しろ」
何が安心しろなのだろうか。自分で言っておいて分からなくなる。だが、それで納得したのか再びフェデルと口論を続ける。そろそろ俺を巡って言い争うのは止めてくれよ。恥ずかしい。大体ノアもフェデルもどうして俺と戦いたいのか。
俺はアリスを探しに、その場から静かに立ち上がると二人に気付かれないように食堂を後にしようとした。
「わっ」
木で作られた食堂の扉をさっと開けると、すぐ目の前に目を大きくさせ驚く少女が一人。探していた対象のアリス本人だ。一瞬驚いていたアリスだがすぐに落ち着きを取り戻す。
「どうかしました?何かお急ぎのようでしたか?」
「いや、何もないけど……」
咄嗟に用事がないことにしてしまった。どうしよう。用事がないのに食堂を後にするのは不自然じゃないか?何か適当な理由でも作るか。
「ちょっとトイレにな」
「あ……なるほど、ごめんなさい。呼び止めてしまって」
「別にいいって。それよりあそこでノアとフェデルが言い争ってるからテキトーに止めておいて」
実に投げ遣りだ。面倒事は全て他人に任せようとする。これじゃあ前世と何も変わらない。世界が変わっても何も進歩しないのか?俺は。
なんだか少し嫌な記憶が蘇ってきて俺は罰が悪そうにその場を後にした。アリスはきょとんとしていたが、俺から何かを察したのか一度頷いて食堂の中へ入っていった。
「お前調子乗ってんじゃねぇよ」
「「乗ってんじゃねぇよ!」」
トイレで用を足した俺は手を洗っていたのだが、あろうことかクラスメイトの三人組に絡まれていた。後ろを振り返らなくとも目の前の大きな鏡で反射して顔がよく見える。俺も見られている。
「別に調子なんて乗ってないんだけど」
呆れた感を醸し出しつつポケットからハンカチを取り出す。こいつらどうしてくれようか。今ここでいざこざを起こすと新年祭に悪い影響を及ぼしかねない。
「そういうのを調子乗ってるって言うんだよ」
「「言うんだよ!」」
後々の事ばかり考えている俺に対してまだ喧嘩を売りに来るクラスメイト。真ん中に立っている男子生徒は別に良いんだが、その左右にいる子分のような男子生徒らは息ぴったりに復唱するだけで自分の意思を持って話そうとしない。エコーなのかインコなのか。
我ながら素晴らしい例えで思わず表情に出してクスクスと笑ってしまった。そんな笑いをこいつらは見逃すわけもない。
「お前一体何が面白いんだ?」
「人が真剣に話してるんだぞ」「面白いんだ?」
おっと、初めて一人のインコに成長が見られた。とは言っても台詞が被さって何を言ったのかまったく聞き取れなかった。ごめん、右側のインコよ。
「お前なんで復唱しないんだよ!」
「エギルさんが話してるのにあいつが笑うから怒ったんだよ!」
二人のインコは互いに向かい合って喧嘩を始めた。それもエギルというリーダーみたいなやつの目の前で。たった一度復唱が成功しなかっただけでこの仲の悪さが見えてくる。きっとエギルがいなくなってしまったら戦争が起こってしまうのかもしれない。
「お前ら。今は黙ってろ」
「「はい!!」」
エギルの一言で言い合いをぴたりと止めた二人。目の前で茶番劇を見せられた俺はどうすることもなくただただじっと立ち尽くしていたが、話題を戻そうとするエギルによって再び巻き込まれてしまった。
「この新年祭では調子乗るなよ?」
「「乗るなよ?」」
「そもそもお前らが何のことかさっぱりなんだが」
「惚けるなよ?重力魔法の件に決まってるだろ」
重力魔法の件?それについて何かあったかと頭をフル回転させて俺の記憶の隅々までを辿る。そして、つい最近起きた一つの記憶と繋がった。それは体力テストの時の重力魔法適正検査だ。俺ともう一人重力魔法を使えた者がいた。それが今目の前にいるエギルだった。ただし、使えたと言ってもこいつのは地面から数センチ浮いた程度。対する俺は完璧に使いこなしていた。
「あ~ぁ、なるほどな。重力魔法を入学時から使えるなんて凄い。たった数センチでも浮いたことは浮いたんだ。だが称賛の声が聞こえなかった。それは俺がほぼ完璧に重力魔法を使いこなしていたから。それに対する腹いせ……というか嫉妬だな」
「心当たりがあるじゃねぇか」
「「あるじゃねぇか!」」
まったくもって迷惑な話だ。勝手に自信過剰になって勝手に人に嫉妬して仲間を呼んで脅しにかかる。まったく不愉快だ。俺は今感じている鬱憤を表情に出し相手を睨む。
「俺から言わせれば……お前こそ調子乗るなよ?あんな低空飛行ごときで重力魔法を使った気になってんじゃねぇよ」
うわぁぁあ……
めちゃくちゃ久しぶりに人に怒った気がする。人に怒りをぶつけるってこんなに難しい物だったのか?気を抜いてしまうと笑ってしまいそうになるから、俺は半ば急ぎ足でトイレを後にしノアたちと合流した。