第二十三話 太古のおまじない
これが新年初になります。なので、
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
第一体育館の前、一人で練習している人影が一つあった。アリスだ。まだ朝早いというのに、ずっと特訓していたようだ。
その実力は四日前の体力テストで落ち込んでいた時よりも格段に上がっている。実際に手合わせをした訳では無いが魔法の威力からそのことが伝わってくる。
「おはよう、アリス」
「さっきぶり〜!」
「あっ、おはようございます。きゃ!」
俺とノアが声をかけるその直前まで気づかなかったようで結果的に驚かせてしまい、発動しかけていた氷魔法がパンッと内から弾けてしまった。
「大丈夫か?悪いな」
「いえ、集中し過ぎて周りに気を配ってなかったのは私ですから」
「そういえば気待ちは和らいだのか?」
「それがまだで。ずっと胸の高鳴りが激しくて」
手を胸に当てて自分の心臓音を感じるアリス。その表情はとてもしおらしかった。
どうしたものか。期待と緊張でどうにかしたいのは俺も同じなんだがな。口にも表情にも出していないだろうがノアやフェデル、他のみんなも思っているんだろう。
「アリスちょっと手の平を出して」
「こう、ですか?」
その行動を不思議がるようにノアとフェデルも覗き寄る。
俺は差し出されたアリスの小さな手の平に漢字の『人』という文字を書き始める。
「ひぃ〜と、ひぃ〜と、ひぃ〜とっ」
「きゃっ、擽ったいですっ、ルイくん」
必死に笑いを堪えているアリスの表情を見て少し危ない感情が湧き上がってくる。ただ、それは本来の目的とは異なる。
「そのまま、手に平にある文字を飲み込んで」
「えっ、え?」
言葉の意味が理解できないようで、おろおろと“人”と書かれた方の手首を掴んで困惑している。ここが前世だったら通じるのにと思いつつも、飲み込むのはイメージだと伝えた。
「こう、ですね。あのこの行為にはどんな意味があるんですか?」
「えーっと、遠い過去のそのまた昔のかなり古い本に書いてあった古代のおまじない、かな」
「またどれだけ古い本だよ。前にも同じような事を言ってた気がするけど」
「お兄ちゃんは勉強熱心だから、古い本もいっぱい読むの!」
ノアのアシストもあってフェデルは大人しく黙った。あんまり“遠い過去のそのまた昔のかなり古い本”という言い訳ばっかりしていると、そのうち見破られてしまいそうだな。最悪『実物の本を持ってこい』とか言われそうだし。近いうちに別の言い訳を考えなければいけないな。
「――ちゃん!お兄ちゃん!ねぇ聞いてる?」
何度も俺を呼んでいたようで、ノアは下から顔を覗き込むという最終手段を使ってきた。
「ごめん 色々考えてた。で、何?」
「ノアにもやって?」
と自分の手の平を上にして上目遣いで差し出してきた。十五年もべったりと一緒にいればこれが何を表しているのか分かる。さっきアリスにおまじないをかけたことが羨ましくて嫉妬しているんだろう。
「ひぃ〜と、ひぃ〜と、ひぃ〜とっ。はい飲んで」
「えへへ、擽った〜い」
俺は自分の手の平にやる時は別に擽ったくはないのだが、それが他人にやってもらうということもあるのだろう。アリスもノアもすごく擽ったいと笑っている。
ノアは“人”という字を飲んだ後の手を大切そうに抱いている。正直ここまでブラコン過ぎるのもどうかとは思うぞ、俺も。
「なぁ、手の平になんて書いてるんだ?」
そこへ空気を壊すように一つの声が間に入った。紛れも無くフェデルだ。しかしその質問内容は実に正しい。何故なら漢字の“人”という文字を知らないのだから。ここで正直に『漢字だ』というのはまずいだろう。ならば、
「遠い過去のそのまた昔のかなり古い文明が使っていた文字の一つだよ」
「俺にも書いてくれ」
とフェデルも手の平を俺に差し出してきた。参ったな。俺にBL系には興味無いんだけどな〜。というかこの場にいる誰にもそんな感情はないか。
「分かったが今回だけだからな」
「アリスちゃんやノアっちにはそんなこと言ってないのにか?」
この質問、下手に答えれば俺が女子好きだと思われてしまう。なかなか上手いトラップを仕掛けてくるじゃねぇかよ、フェデル。ただの馬鹿だと思っていたが、どうやら違うのかもしれんな……!
「言っておくが、このおまじないって男には1mmも効果はないから、期待するなよ」
「あ〜、なるほどな」
前言撤回。やっぱり馬鹿だった。