第十七話 天才の新入生
ちょっと風邪気味です。……いや、これは風邪ですね。
やっと世界を楽しめる。
ガイストと戦う。ただそれだけの事を彼はどれだけ待ち望んだことか。
ルイの生まれたあの街はガイストの発生率が少ない。その上、一級魔術師と一級剣闘士がいつも守っているお陰でルイが手を出すまでも無かったのだ。この際強い弱いに関係なく、この世界に自分を送り込んだ神様が言っていた“魔族”とはこいつらのことだ。
ルイはワクワクし過ぎで思わず笑みを面に出して出してしまった。当然周りの反応は悪い印象しか与えない。
「え、なんでルイくん笑ってるの?」
「どうしたの、お兄ちゃん」
その場にいる先生さえも引き気味である。楽しみで仕方が無いルイにとって今優先するものは不敵な笑みの弁解よりガイストの駆除だった。ルイはノアに親指を上げgoodサインを出した。それはノアにも誰にも通じなかった。それを感じ取ったのか逃げるようにして重力魔法を発動する。
「重力魔法、跳躍」
すると、ルイの足元に紫色の魔法陣が表れた。
「あっ、一人で行ったら危ないですから!先生も行きますよ!」
「先生、お兄ちゃんなら大丈夫。お兄ちゃん強いから」
「そ、そうですか……いいえ!そういうことではありません!」
ルイは跳躍を使って五階建ての寮の屋上に軽々と到達した。右足から着地すると両手をポケットに入れているせいで、少しバランスを崩しかけた。
「危うく転けてすべてを台無しにするとこだった〜。……で?ガイストは何処だ?」
辺りを見回してもこれと言った敵っぽいものは見当たらない。ただ、一匹のカラスが柵の上に留まっているだけであった。
「おいおい、もしかしてアレか?アレなのか?」
そこにいたのは一羽のカラスだった。よく見ると体から黒いオーラのような物が出ている。この世界のカラスはこんなものなのかと疑問に思う。肝心のガイストを見たことがないルイにはすべて警戒しないといけなかった。
試しに石か何かをカラスの近くに投げてみることにした。しかし、生憎投げれるような物を持ち合わせてはいなかったため、生成することにした。
「土魔法、石の弾丸」
ルイが右手を前に出しそう唱えると、茶色の魔法陣が表れて小石を創り出した。
「おりゃー!!」
そして手の平で創り出された石は目の前のカラスの方へ一直線で飛んでいった。すると、普通なら逃げるはずのカラスがルイの方目掛けて猛スピードで飛んできた。
「あっぶねー!こんなの普通のカラスが飛ぶ速さじゃねぇーぞ、おい」
間一髪で身を翻し避けたルイは次の攻撃に備えて防御の姿勢をとる。
「無属性魔法、シールド」
カラスはシールドがあるとは露知らず、今度はルイ目掛けて急降下で飛んでくる。カラスは直前になってもまったく気付かずに勢いは更に加速した状態でシールドに激突した。
「クァァァアア!!」
「これで仕留めるぜ。炎魔法、炎球」
ルイはシールドを張っている手とは逆の左手で火の魔法を発動すると、赤い魔法陣が現れ1mくらいはありそうな大きな火の玉を出し、ガイストに向けて放った。その瞬間シールドは解除したが、その穴を塞ぐようにすぐに炎球が飛んでいったため、結果はカラスの丸焼きの完成。
「しゃっあぁ!!」
初めてボスを倒したかのようでルイは大きくガッツポーズをする。発動していた炎魔法を解除した。丸焦げになってしまったカラスに目を向けるとずっと体から出ていたオーラのようなものがすべて濃い煙の如く空へ登っていく。
完全に目で見えなくなった時、屋上の出入り口の扉が開いた。その中から現れたのは七十歳前後のおばあさんだった。
「上が騒がしいと思って来てみれば、こりゃー何事かい?」
「……ただの暇潰し兼害虫駆除です」
「害虫?そのカラスがかい」
「まぁー今はこんな丸焼きですけどね。さっきまでは体の表面から黒いオーラが出ていたんですよ」
と不自然に笑ってみせる。もしかしたらさっきのはガイストじゃなかったのかもしれないという、雑念が浮かぶ。
おばあさんの目はそんなルイの考えを見抜くかのような眼差しを向け、口を開く。
「そりゃーガイストやね、ご苦労様。……ところであんたは何年生かの?初めて見る顔だね。私も記憶力が落ちてきたのかしら」
「いやいや。俺は今日入学したばかりですし、知らないのも無理ないですけど」
(むしろ知ってたら怖い)
今日入学した新入生だと聞いて管理人のおばあさんは目を丸くする。徐々にルイへと近付くと両手でしっかりと肩を掴んだ。
「本当なのかい!?あんた一人で殺ったというのかい」
「自信を持って断言します」
「いくらカラスのガイストが弱いと言っても新入生が倒せるものではないわよ。……あんた創立以来の天才かもしれないわよ!」
「へぇー、そうですか。こんなことで創立以来の天才が名乗れるなんて、この世界は案外大したことじゃないんですね」
「またまた〜。謙遜しなくても……え?」
おばさんはルイから返ってきた言葉に耳を疑っている。謙遜すると思ったのだろう。しかし、ルイから見れば先程のガイストなんてほんのわずかな暇潰しでしかない。まだ授業も受けていないピカピカの新一年生がガイストを倒すのはそうあることではないのだ。
ルイは少しずつ後退りをする。そして、屋上の手すりまでやっく来ると、
「それではまた後でお会いしましょう。……あっ、忘れるところだった。この寮の正面玄関の鍵を開けてくれるとありがたいですね。では今度こそ」
ルイは背中から飛び降りた。わざわざそんな危険なことなんてしなくてもいいのに格好付けるためだけに飛んだ。とはいってもすぐに重力魔法を発動して衝撃をうんと抑え今度は綺麗に着地した。