第十三話 厨房ディスカッション
「アリスちゃんって意外と結構食べるんだな」
「これでも普通な量にしたつもりなのですが?」
「いやいやアリスちゃん。あれは普通を遥かに超えてるから」
「そうなのですか?ノアちゃん」
アリスとフェデルとの会話で突然話の矛先がノアに向いたことによって、ノアはワンテンポ遅れてしまった。というよりもまだ昼ご飯を食べている。クラスで残るはノアの分の四分の一だけである。
「んん、おーとおもー」
ノアは口にカレーを含みながら喋るものだから、ほとんど何と言っているか分からなかった。それを見ていたルイは軽く注意をした。
「食べながら喋るのは行儀が悪いぞ、ノア」
「――ごめんなさい。でも、多いと思うよ」
「そうなのですか。まだ足りない気もするけれど」
「マジでかよ……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やっとノアが食べ終わった頃、丁度のタイミングを見計らったかのように放送がかかった。
『一年α組三十二名の皆さ〜ん!今すぐ自分たちの教室に戻ってきてくださ〜い。い・ま・す・ぐ・ですよ?』
何とも緊張感が一切感じられないアナウンスだ。今すぐを強調しているのならもう少しそのアナウンスに緊張感を込めてもいいのだがさっきのが事実だ。その声の主はルイたちα組の担任のセルティア先生だった。
「タイミング良過ぎな気もするが――」
「お兄ちゃん、行こ!」
「良いけど、口を拭いておけよ?じゃないと、“みーたん”が汚れるぞ?」
「いやー!」
クマのぬいぐるみ“みーたん”を七歳の誕生日に買ってもらってかれこれ八年は経とうとしているが、未だ新品同様汚れの一つもない。部屋は汚いのにぬいぐるみは汚れないとは不思議なことだ。
そんなぬいぐるみをいつでも何処でも抱いているから、今回もそのまま抱いてしまうと汚れてしまうという話だ。
「ちょっとすまない」
席から立ち上がったルイを制したのはここの食堂の料理長だった。その手には先程厨房でルイが書いたカレーのレシピのメモ用紙が握られている。
「このレシピをもっと詳しく教えてほしいんだが、良いかな?」
「あの、今からクラスの集まりがあるんですが」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私がお兄ちゃんの分まで覚えてくるよ」
「そう?じゃあよろしく頼むよ」
そういうと昼食の救世主一人を残してα組のみんなはアナウンスの指示に従って食堂を後にした。
カレーのレシピを書いたメモの字は急いで書いたせいもあって汚く書かれているため、とても読めたものではない。ルイはそのことについて言いに来たのだと思った。
しかし実際はそうではなく、
「トゥンカツ?という物の作り方を教えてくれないか?」
「トゥンカツじゃなくてトンカツな。ト、ン、カ、ツ」
「と、ん、か、つ。なるほど とんかつだな。その作り方を是非!」
益々料理長の目が輝いてきた。終いにはルイの手を取って頭まで下げてくる次第だ。そんなことをされなくともルイは教えるつもりだったのだが、この逆に状況を上手く利用してやろうとまで考えていた。
「そうだな〜。この学園では次元通貨が一番重要なんだよな?」
「まぁ、何かと必要になってくるな」
「じゃあ――」
「それはダメだぞ、少年!」
その言葉に思わず笑みが溢れてしまうルイ。その理由はまんまと策略にはまった料理長にある。
「まだ何も言ってないのですか?そもそも俺はポイントはみんなで分けようと言おうとしたんですけど、それはダメだと言われたら俺は一人で貰うことになりますな、ありがとうございます」
「それは……そういうことじゃない!」
「頭ごなしに決めつけるから、こういうことになるんですよ?」
「だから……!」
料理長は今完全に逆らえない立場にいる。もし、この報酬にあたるポイントのことを指摘したら美味しいトンカツのレシピを教えて貰えなくなる。少しの行程を見ていたからと言ってコピーで作るのはこの料理長のプライドを傷付ける。かと言ってあれほど美味しい料理をテーブルに出さないのもどうかと思う。
むしろ今日初めて見たカレーにはトンカツが必ずあるものだと思っているのだ。
生徒から料理の作り方を聞く、そんな料理長なんて見たことがないし、彼自身事を穏便に済ませたいと思っている。
「分かった。その事は誰にも言わないから、頼むよ」
「勿論いいですよ。もともとそのつもりでしたし」
「え?」
その言葉を聞いて鳩が豆鉄砲を食ったかのような表情をする料理長。ルイが本当に独り占めするとでも思っていたのだ。
「ついでに言うなら、貰ったポイントも働いてくれたやつにはあげるし。ただ、クラスのみんなって訳では無いけどな」
「なるほど」
そもそも独り占めする気すらない。前世だったらしていたかもしれないが、この世界ではルイには友達がいる。それに世界を楽しんでほしいと神様がくれた一度きりのチャンスなのだ。そこで独り占めしたことがバレたりでもしたら、楽しむどころではなくなってしまう。
「でも君たちは結晶端末をまだ貰っていないのだろ?」
「貰った時にポイントをくれると助かる」
「あぁ」
「そう言えば、カレーのレシピを書いたあのメモは読めたのか?」
「あの字が汚いやつか。なんとか読んだけど、分からないところはいくつかある。例えばスパイスパウダーについてだが、量は適当ってつまりどのくらいなんだ?」
「あー、そうだったな。それもこれも全部詳しく説明するわ」
料理長は「感謝する」というとポケットから黒い手帳を出すと真剣な眼差しをルイに向けペンを取った。まさに料理人の鏡のような人である。そんな人をからかったことについてルイは少し気が滅入った。
この主人公は敬語というものを知らないようですね
でも、神様に対してはしていたかな?