第八話
「なんか用ですか?にゃんこさん。」
とりあえずうるさいのでドアを開ける。
こいつさっきドアが開いて俺の顔を見て初めて俺の部屋だと分かったようだった。
適当な部屋にいっていたずらでもするつもりなのか、この猫。
「わんこ、おなかすいた。」
「は?腹減ったならなんでも自分の部屋にあるもの食べてください。」
やっぱり、いたずらか。そう思ってドアを閉めようとしたけどなかなか閉まらない。
「わんこ、わたし、おなか、すいた。」
「わかったって!勝手に食ってくれ!!俺は眠いの!!!」
もうこのやり取りでさっきの睡魔はほとんどどっか行っちゃったけど!!
やけに必死でドアにすがるから全力で閉めようとしてるのになかなか閉まらない。
ってちょっと待て。もしかしてこいつ…
俺はドアを閉めるのをやめて話しかける。
「お前、もしかして、自分の部屋に食べ物ないの?」
うなずく猫。バカかこいつは。食い物なしでどうやって暮らすつもりだったんだ。
時計を見る。この時間じゃ学園の食堂も閉まってる。さっき俺たちが買い物をしてきた商店街の店も閉まっている。
街の中を探せばまだ空いてる飲食店もあるかもしれないけど、この時間に空いてるのは飲み屋ぐらいだろう。女の子を一人で行かせられない。
そして俺の部屋には今日買ってきた食材が。
(ナギ、あきらめよう?)
くそ、詰んだか。逃げ道がないっ!!
「わかった、俺がなんか作って部屋に持ってく。部屋はどこ?」
隣の部屋を指さすバカ猫。なるほど、とりあえず隣人に助けを求めて来たと。だから誰の部屋か分からずにノックしていたと。
こいつの危機感の無さに俺の方がおそろしくなってしまった。
「そんじゃできたら持ってくから部屋で待ってて。」
諦めてしまえば早い。俺もどうせまだ食べてなかったし、二人分作ることになっただけだ。手間もそんなに変わんない。
親切ついでに部屋までデリバリーしてやってもいいか。ずっとドアの前で待たれても邪魔だし。
「いい。」
しかしこの気まぐれ猫さんは俺の親切がお気に召さないらしい。
「は?じゃあ、どうするの?」
「この中で待ってこの中で食べるからいい。」
なるほど、俺はこのにゃんこを部屋に上げないといけないらしい。
この猫、マジで俺の部屋に上がり込んで俺のベッドでくつろいでやがる。よく知らない男の部屋でよくリラックスできるね。
しかしこうして見ると、にゃんこの格好に目が行く。
さっきは気にならなかったけど、制服から楽なルームウェアに着替えていて、スカートとは別の無防備さがある。
袖丈の短い水色のウェアから、白い手足と真っ白のしっぽが伸びている。ミミとしっぽは白い毛で覆われていて、肌の白さも一度も日に焼けたことが無いんじゃないかと疑うレベルだ。
猫のくせに散歩とかしないのかな?てかしっぽ、どっから出てんだろ。
人の部屋で勝手にくつろぐ猫を横目に、部屋の主である俺はせっせと夜ご飯をつくる。
もう簡単なもので何でもいいし、親子丼とかでいいか。
料理が進むにつれて、匂いと音で、もうにゃんこは我慢ならなくなっているようだった。
なんかしっぽとミミがすごい動いていた。こういうのは見ててちょっと癒されるかも。
出来上がった親子丼を持っていくとものすごいスピードで食べ始めた。相当腹を空かせていたらしい。
ちょっとからかってやろうと思って食べるのを邪魔しようとしたらめちゃくちゃ威嚇された。
箸を持つ手は不器用で、器に口をつけて掻き込むように親子丼をむさぼっている。野性的だな。
けど自分が作ったものを一生懸命食べてもらえるのは悪くないとも思った。
食べてる間に食堂の利用や店で買ってくることなど、懇々と説明したが、食べるのに忙しくてずっと生返事だった。
にゃんこは食べ終わると
「わんこはいいわんこ」
などと宣った。どうやらこいつの中で俺の評価は上がったらしい。
けど…
「ねえ、なんで俺がわんこなの?」
気になるのはこのことだ。
にゃんこは不思議そうに首をかしげて言う。
「だって、わんこはわんこで、わたしはにゃんこだから。」
どういうことだ?
俺とこいつは同じってこと?
だけどこいつは獣人で俺は人。
(悪い感じじゃないんだけど、なんだか見透かされてるような感じがする…)
やっぱり俺の中のシロの存在に気付いているのだろうか?
だとしたらこいつは何者で、何が目的なんだろう。
もしかして今俺の部屋に来たのも何か目的が…
「わんこ。夕飯ごちそうさまでした。またあしたね。」
「うん、また明日。朝なら食堂開いているはずだから朝食はそこで摂ってね?」
まあでも、シロも言うように悪い感じはしないし、とりあえず頭の弱い隣人って感じでしばらく付き合っていけるかな。
――翌朝
"コンコンコンコンコンコンコンコン"
「わんこー、おなかー、すいたー。」
「食堂使えって言ったじゃん!!!」
…やっぱただの迷惑なばかにゃんこだな。