第三話
「私をナギ様の従者にしてください!!」
俺が予想外の展開にフリーズしていると、メリッサは先ほどと同じセリフを繰り返した。
心なしか彼女の顔が赤い。だけど俺の顔は今、もっと赤くなっている気がする。
いや、何と言ったのかは聞こえている。だけど俺はメリッサの助けになりたいと言ったのにこれはどういうこと?
…たしかにこんな可愛い娘を自分のモノにできたらうれしいけど!
「私をナギ様の従者として、お側に仕えさせてください。教養やお世話の仕方の教育は受けておりますから…!」
「…じゅうしゃ?」
なるほど。
貴族の中には従者を自分の所有物かのように扱う人もいるらしい。そういう言い回しになったのはまあ理解できた。
けど…
「僕はメリッサさんに何かしてもらいたいわけじゃなくて。メリッサさんの助けになりたいのだけど?」
メリッサさんが俺の従者になるのでは俺の目的とは真逆なのは変わらなくない?
「コーエン家は代々、バスカビル家に仕えさせていただいていることを誇りにしてきました。」
俺の疑問に対して、メリッサさんは一段と表情を真面目にして語り始めた。
「しかし今、コーエンという家はなくなり、誇りも失いました。家も誇りも、実力もない私にはもう何もありません。…ありませんでした。
けれど!!
今一度!ナギ様に仕えさせていただけるならっ!私は誇りを取り戻せるような気がするのです!!」
そうか、メリッサさんのあの虚ろな目や儚い表情は、全てを失ってあきらめていたからだったのかもしれない。
そして俺に訴えかける彼女の眼には少し光が戻ったようだった。
「俺は正統なバスカビルの人間じゃないし、従者を持てるような大層な人間でもないよ?」
「そんなことは関係ありません!!ナギ様だからいいのです!絶望の中で私に手を差し伸べてくれたナギ様だから!!!」
儚い印象からは一転、熱っぽい視線で見つめられる。
うん、ちょっと特殊なバイアスかかってそうだけど、俺の従者になることがメリッサさんの助けになることは間違いなさそうだ。
だったら答えは決まっている。
「メリッサさん、僕はやはりあなたを従者にすることはできない。」
目に見えてメリッサさんは落胆している。瞳もまた虚ろなものとなって、もはや光すら吸い込んでしまいそうだ。ちょっと怖いかも。
「僕は従者を持てるほど立派な人間じゃない、けれど…」
ここからはメリッサさんの手をとって目を合わせて言い切る。瞳の闇に引き込まれそうで怖いけど。
「僕は学園生活は初めてで、右も左もわからない。だから、近くで助けてくれる人がいるとうれしい。」
メリッサさんはまだ理解できないようで呆然とこちらを見つめている。
「その…、メリッサさん、僕の友達になってくれませんか?」
言ったあとに顔が赤くなる。やっぱりちょっと恥ずかしい。
そういえば森を出てから屋敷の人以外と会うことはなかったし、俺には友達というものはいなかったかもしれない。
シロがいるから寂しいと思ったことはないけど。
メリッサさんはみるみるうちに目に光を取り戻し、握る手にも痛いほど力が出てきた。ていうかホントに痛い。
「わたし、なんかで、よろしいのですか!!?」
ただでさえ近くなっていた顔をメリッサさんがさらに接近させてくる。
眼光と相まって、俺はかなり気圧される。
「メリッサさんだからいいんです。」
メリッサさんの迫力はすごいけど、俺は言い返してやる。ここはちょっとかっこつけておきたい。
言ってしまえば笑いかける余裕もできた。
メリッサさんは下を向いてしまった。これで眼光からも解放されて、一安心。
彼女はときどき怖いとも感じるけど、それだけ俺を思ってくれているということだし信頼もできる。
父さんの頼みもきけることになるし、友達になることに、俺は不満はない。
…それに可愛い女の子だし。
「え?」
そこまで考えたところでメリッサさんが勢いよく顔を上げる。
顔が真っ赤だ。
「…あれ?もしかして、声に出てた?」
メリッサさんはもうリンゴみたいな顔で、でも視線は俺から外さずにうなずく。
もう俺の顔もリンゴになるしかなかった。
「そういうことだから!メリッサさん、これからよろしく!!」
もうこうなったら強引にでも話を締めるしかない!手を離して距離をとってから言い放つ。
「ふふっ。メリー、とお呼び下さい、ナギ様。これからよろしくお願い致します。…それと」
ここにきて俺から視線をそらすメリーに違和感を覚える。何を言う気だ?
「無理に敬語で話さなくて結構ですよ?話しやすいように話してくださいっ!」
はにかむメリーに、口調の無理がばれていたことがわかった俺は、もう、しばらく顔を上げることはできなかった。
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「今の術、見たか、ナツメ?」
「ん。間違いない、と思う。」
「思うかよ。確証にはならないのか?」
「あれだけじゃ。でも」
「でも?」
「私は確信した。」
「なるほどな。まあ当面は様子見で、ナツメが見とけ。あたしは別件で忙しい。」
「りょかい。」
校舎の上から俺たちの様子をうかがっている影があったことを、俺は知る由もなかった。
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