第二話
「あ、口に出してはいないから不言実行…。いや、初志貫徹の方がいいかな?」
「てめぇ!!いきなり何しやがる!?」
「だめだ。こいつ完全にのびちまってる…」
クズ共はわーわー騒ぎ始めたが、メリッサはぽかんと俺を見ている。
そこで初めてメリッサの姿を見る。
灰色のボブカットに虚ろな蒼い瞳、儚げなな顔立ちで可愛らしい。普通なら男受けがいいんじゃないのかな?
身長は座り込んでいるのではっきりとは分からないけど俺より高い…いや、同じくらいだ!きっと!!
「だ…れですか?」
メリッサがようやく絞り出したのは純粋な疑問だった。
これは名乗らないといけないな。
そして名乗れば、そのどうして?と言いたげな表情への返答にもなるだろうし。
「本日よりこの学園に編入致します、ナギ、と申します。家名はバスカビル。これからよろしくお願いしますね、メリッサ=コーエンさん?」
これだけ言えば伝わるよね?
俺は家名を強調して言いきってからメリッサに微笑む。
いい感じだと思ったけれど、外野は黙っていなかった。
「嘘をいえ!バスカビル家の跡継ぎは中等部のルーシィ様!その上に長男がいるなど聞いたこともないっ!!」
クズその2は貴族らしい。うちのことにも詳しいし、間違ってない。跡を継ぐのは妹だし、俺のことは他の家には知らされてない。学園デビューを機に対外的にも認知してもらうらしいけど。
「僕は養子なんです。近々みなさんにも知れ渡ると思いますよ。」
正直俺としては公表しないほうが良かったけど。
「ハッタリだ!バスカビルを騙ったこと、後悔させてやる!!」
クズその2とその3はどうやらやる気らしい。それぞれ剣と斧を呼び出した。
魔力が使えるようになって分かったことだけど、どうやら自分の武器は持ち運ばなくても虚空にしまっておけて、名前を呼ぶことで装着できるらしい。
「武器も出さずに戦意喪失か?謝っても遅いぞ!」
クズその3が斧を上段に構えて駆けてくる。俺は手ぶらのままだが、戦意がないわけじゃない。
魔法戦では勝機は薄いが、近接戦では負ける気がしない。森ではこの身一つで生きてきたんだ!
(遅いね!)
魔力を体内で練って身体能力を上げる。戦闘において基礎中の基礎となる魔法だが、元の身体能力や魔法の錬度で効果も違いが出る。
俺はこの術に関してだけは他の生徒に負ける気がしない。
「っ!な!ん!で!!当たんねぇんだよ!!!」
俺は体格差、速度差を活かして攻撃を避け続ける。
相手も魔法で身体能力を上げているはずだけど、はっきり言って遅すぎる。
斧は延々、空を切り続ける。
大振りのせいで近づけないのかその2の方は離れて眺めているだけだ。
(そろそろ仕留めよう?)
太刀筋も見切ったし、シロも退屈してきたようだから攻めるか。
俺は斧を振り上げるタイミングで、さらに下から蹴り上げて斧を弾き飛ばす。
武器を手放して無防備となった胴体に軸足を入れ替えてひねりを加えた蹴りをお見舞いする。
その3は吹っ飛んで校舎の壁にぶつかり、動かなくなった。死んではない、はず。
そこで離れて見ていたメリッサと目が合う。とりあえず、にっこりしとく。
けれど、メリッサはそれどころじゃないようで後ろを指している。
後ろ?
「死ね!!贋物が!!!」
あ、やばい。油断した。
すでに背後には剣を振り下ろすその2が立っているのがわかる。
今から回避行動をとっても間に合わない。
…はぁ。こうなってしまったら使わざるをえない。エルねぇから授かった術を。
「Calm Storm(穏やかな嵐)」
唱えると剣は風を切り、俺はその2の背後に立っていた。
「狗狼」
俺は続けて鉤爪を呼び出して首元に突きつける。何が起きたのか分からないようだったが続けて告げる。
「勝負あり、ですね。これ以上やると、次はあなたの首が消えてしまうかもしれませんね?」
笑いかけてやるとその2は真っ青になって他のクズを引きずって逃げ去っていった。
うん、仲間を見捨てないのは好感が持てる。今度会ったら名前を聞いてあげよう。
それにしても、この術は人前では使わないと思っていたのに入学式前にもう使ってしまうとは。
先が思いやられる。
「あのっ!…今のは転移魔法…ですか…?」
いや、むしろ入学前ならセーフなのか?などと考え始めたところでメリッサが声をかけてくれた。
彼女からは俺が突然消えて、クズの後ろに突然現れたように見えたろうし、彼女の疑問はもっともだ。
それに、転移魔法にしては発動までのタイムラグがなさすぎるし、あんな単距離を正確に転移するなんて賢者でも無理だ。
「うん、今のは、バスカビルの固有魔法なんです。ですが、門外不出の魔法でして。今日見たものは秘密にしてもらえると助かります。」
苦笑しながら人差し指を口の前に立ててうそぶく。あの術が見られてしまったときはこう言う設定を父さんと打ち合わせてある。
固有魔法とはある一族やその流派のみが扱える魔法だ。固有魔法には血筋で発動するものと、内々に語り継がれていくものの2種類があり、養子の俺が使えても、後者だと思われて違和感も少ないだろうと父さんは言っていた。
「なるほど…。でしたらやはりあなたはバスカビル家の……。この度は、助けていただいて本当にありがとうございます!」
バスカビルなら強力なオリジナル魔法があっても納得してもらえる。父さんの威光の影響は大きい。
それにしても、深々と頭を下げて感謝された。父さんの頼みを聞いただけなのに、律儀な人だな。…照れくさい。
「いえいえ。父さんがコーエン家のことを気にかけててね?大変なときに守ってやれなかったって。」
おっと、口調が乱れてしまった。顔も赤くなってないだろうか、恥ずかしい。
「そんなっ!あの件はバスカビルとは無関係の仕事でっ!!ルドルフ様が気に病むようなことでは…」
「コホンッ。詳しいことは聞かされていませんが、父上は縁のある方が苦しまれているのを見過ごせるような人ではありません。僕はそんな父上の力になりたい。
どれだけの力になれるか分かりませんが、学園でのことは僕ができる限りメリッサさんを助けたいと思います。」
向こうも取り乱してるようだし、どさくさで口調を戻す。一安心。
「バスカビルの方に何かしていただくなんて…そんなの恐れ多いです…」
「そうですか…迷惑になるのでしたら仕方ないです――」
「迷惑!じゃ!!ないです!!!」
…食い気味に否定された。急にアグレッシブだからびっくりしてしまった。
「あっ、すみません。でしたら――」
驚かせたことを謝ったうえで彼女の提案は―
「私をナギ様の従者にしてください!!」
身も心も俺に捧げることだった??