【読み切り版】傭兵サーカス
凄まじい音を伴った縦揺れが起きた。よろけてフロントドアガラスにビンタされる。ふらつきながら、ハンドルにしがみついた。うっかりクラクションを鳴らすわ、緊急地震速報は鳴り響くわで、とてもうるさい。
轟音と揺れ方からして、直下型地震だろうか。それにしても顔が痛い。
涙でにじんだ視界でも、外灯やショッピングモールが歪んでいるとわかる。人の姿は見えない。こんなときに立ってられる人なんていないよな。
まだ買い出し中の同僚たちは、無事だろうか。わずかな希望にかけて、スマートフォンを取り出す。だが、振動のせいで指がうまく動かない。文明の利器のくせに、役立たずだな。
震える手で、鉄の塊と化したそれをカバンにねじこむ。そして車内に充満する異臭の発生源⋯⋯つまり、助手席を見た。最悪だ。買ったばかりの卵が、助手席から落ちている。上にかぼちゃも乗ってるし、これは全滅してるな。もったいない。買い物袋の中にあるのは、不幸中の幸いだが⋯⋯。
カーラジオから緊急報道特別番組が聞こえてくる。
やや舌足らずのロリ声アナウンサーが、声を震わせながら俺に伝えてくれた情報によると、人類史上最大の災害らしい。
確かに、嫌になるくらい揺れ続けている。
水曜の朝十時だというのが、せめてもの救いか。少なくとも、寝ているときより亡くなる方は減るはずだ。内陸部だから、津波の心配はないだろう。
卵のせいか、地震酔いか定かではないが、胃のあたりがムカムカしてきたな。換気のためにフロントリアウィンドウを開けても、悲鳴や怒号が聞こえるばかりだ。半分も開けてれば大丈夫だろう。
エチケット袋が欲しくなってきたころ、一際大きな振動がキャンピングカーを翻弄する。なにが、どうなっている。これも地震の影響なのだろうか。
なんで車が沈み始めるんだ。液状化にしては深すぎる。ドアが開かない。おかしい。リアウィンドウも動かない。なぜだ。然るべき手順で操作しているのに。まさか、ドア内部が故障したのか。
……やむを得ない。コンソールボックスから、自動車用緊急脱出ハンマーを取り出し、構える。車の所有者でもある上司が、自衛隊仕込みの匍匐前進で迫ってくるのが見えた。怖い。
心の中で詫び、リアウィンドウを叩き割らるために振りかぶり——閃光が俺の目を灼いた。顔の前で腕を交差させても眩しいというか、痛い。
体感で一分くらいだろうか。
薄いまぶたから感じる光量が、だいぶ落ち着いた。
そっと目を開けてみる。
「は?」
澄み渡った空。小鳥のさえずり。すぐ近くで、ぽかんと口を開けている上司が、草原に寝転がっていた。
もう一度、瞳を閉じる。
開ける。
やっぱり草原だ。駐車場、どこだよ。太陽と影の位置からして、昼飯どきだろうか。スマートフォンを取り出す。十三時。意味がわからない。上司もショックなのか、頭を抱えてゴロゴロしていた。
いきなり野草を食べ始めたぞ。むせてる。水はどこだ。あった。飲んでよし浴びてよしの飲料水とコップを手に、上司のもとへ駆け寄る。
彼女の、一般的には童顔に分類されるだろう顔は土埃や涙、野草の汁などで汚れてしまっていた。普段は一本一本にコシと艶のある黒い短髪も、みすぼらしくコーティングされている。
ああ、服も汚れてる。まぁアスファルトを這ってればなぁ。黒一色で、色気皆無の武骨な外見がさらに怖く⋯⋯。子供が見たらなくんじゃないか。
「副団長、これを。洗浄しないと、お腹こわしますよ」
「助かる。取り急ぎ調べる必要があってな……」
「野草をですか?」
水分を得てスッキリしたらしい副団長が、奇妙な塊を俺に突き出してくる。
紫と緑の縞模様で、手のひら大くらいの、ヘンテコな物だ。
「なんですか、それ。さつまいも……?」
「そう見えるよなぁ。ところが果物だ。サラミっぽい味だと言ったら信じるか?」
「お気を確かに。はい吸ってーー吐いてーー」
「すーーはーー……って、なんの検査だ。とにかく、論より証拠だ。食べてみろ。うまいぞ」
ずい、と眼前に突き出された他称果物は、少し食べられている。警告色の皮は、ミカンを触っているような手触りだ。実際、ミカンのように剥いて食べるらしい。実の部分は美味しそうなオレンジ色をしているが⋯⋯。
明らかに怪しいので、口にしたくない。だが、上司が鬼の形相で睨んでいるので、拒否もできない。この人、食わず嫌いには厳しいんだよな。ええい、もうどうにでもなーーれっ。
皮を剥き、かぶりつく。ん⋯⋯んんっ。うまい。なんだこれ。
生だというのに、焼き芋のような食感。だが、味は確かにサラミだ。なんとも不思議な食べ物だな。
「カヤニというらしい。紅村、これに聞き覚えはあるか?」
「いえ、初めて聞きました。ここは日本じゃないんでしょうか」
「おそらくな。植生がまるで違う」
サラミもどきは、あちこちの地面に生えている。遠目から見ると、ハリネズミの群れのようだ。近くの木には、黒と緑の縞模様をした、ブドウのような植物が自生している。
更に周りを見渡す。左手の方向に、いくつかの山と緑色の大きな湖畔が見えた。右手側は、三叉路になっている。北にある湖畔へ向かう道がひとつ、そして東西を結ぶ道がひとつ。ちょうど、俺たちのいるあたりで合流していた。
どこの管轄かわからないが、道を整備する気は感じられない。
なにしろ、道というより平行の間隔で掘られている溝が二本、草原に刻まれているだけなのだから。あとはぽつぽつと生えた針葉樹が、広大な土地を見守るようにそびえ立っている。
ラッパに似ている音が……あれは鳥か。
少し湿った草と土の匂い。風に乗って届いた爽やかな香りは、ミントそっくりだ。
個人的には、地球だとすら思えない。軍人時代に各地を転々としたし、平和になってからも世界中を旅したが、こんな地域は知らない。地球のどこかだと仮定しても、移動手段は謎のまま。
わからないことばかりだ。頭が痛い。せめて現在地だけでも調べられれば、気持ちも違うんだがな。
——頭を、鈍器で殴られた。いや、そんな感じの頭痛か。
眼球と脳みそに、焼けた火箸を突っ込んでぐりぐりかき混ぜられるようだ。まぶたを閉じてもなにかが見える。
点。線。図形。数字。宇宙。
だめだ、これ以上は頭が沸騰する。死ぬ。
「おい、紅村! しっかりしろ!」
いつの間にか副団長が宙に浮いて……いや、俺が倒れてるのか。うへぇ、顔が涙と鼻水とヨダレでベチャベチャだ。身体がダルい。頭がボーッとする。
いったい、なんなんだよ。インフルエンザでも、ここまで酷くないぞ。
うんうん唸っていると、濡れた布で、顔をぬぐわれた。
普段から男勝りなくせに、こういうときだけ母性を発揮しないで欲しい。しかし人妻に膝枕されるとか、どんなシチュエーションだろうな。
小鳥の楽しそうな鳴き声のほかには、なにもない。辺りに漂うミントっぽい香りのおかげか、だいぶ具合もよくなってきた。
「⋯⋯もう、大丈夫です。ご心配おかけしました」
「気にするな。あんな災害のあとだ。誰だって疲れるさ」
副団長が、慈愛に満ちた表情で、労った⋯⋯だと。数年に一回見れるかどうかの、貴重なシーンだ。くそっ、スマホ持ってれば撮影できたのに。
視界の違和感は……少し情報を整理しよう。わけがわからない。
副団長の提案で、昼食はレジャーシートをひいて戴くことになった。
あぶったサラミ——カヤニ——とサラダ、コンソメスープ。
更に、サルベージした卵を贅沢に使用したスクランブルエッグとバターロールをふたつ。卵のカラは俺が取り除くはめになったことは、言うまでもないだろう。
彼女が言うには、食べ物が豊富な場所らしいので、食料の心配はないらしい。近くに水場もあるしな。キャンピングカーには自衛のため、武器も積んである。少しでも現実逃避したくて、バターロール以外を二度おかわりした。
食休みしていると、空を蛇のように細長いモノが悠々と横切っていくのが見えた。
「おぉ、凄いな。あれは白い龍だそうだ。見かけると幸運が訪れるらしい」
「副団長。さっきから疑問なのですが、なぜそんなことがわかるのですか?」
「私も理屈はわからない。ただ、少し注視すると横にポップアップで説明文が出るんだ。視力もかなり向上した。今ならやまごえ狙撃もスコープ無しでできそうだ」
「ゲームみたいですね。実は、俺も現在地周辺の地図が見えます」
「……急に倒れた、あの後からか?」
「はい。さすがに地名などはわかりませんが⋯⋯」
「ふむ。——だめだな。なにもわからない。今日は不可解な災難続きだな」
「龍を見ると幸せになるんでしょう? これからは、いいことありますよ」
俺たちのサバイバルは、こうして始まった。救助を求め、同僚を探すうちに、ここが異世界だということを知る。
軍隊で副団長——当時の鬼教官——に鍛えられたおかげだろうか。すんなり事実を受け入れた俺は、副団長と各地をまわる生活を始めた。第五次世界大戦を思い出して、少し懐かしい。
レミントンM700片手に、襲ってくる悪人もモンスターも蹴散らす副団長は、頼もしいの一言につきる。俺は運転しなきゃならないから、戦闘には参加できない。運転しながら、たまにスミス&ウェッソンM29をぶっ放すくらいが関の山だ。
それにしても、魔法って便利だよな。キャンピングカーも動かせるし、コンロも使える。おまけに銃弾や火薬を創造できるんだから、ありがたいよ。
大陸を横断し、海を越えた先で、たくましく生きのびていた同僚たちとも再開できた。しかし、地球へと戻る方法はなかった。
俺たちと同じように、特殊な能力を得た同僚によると、地球は大陽に飲みこまれ消滅したという。
助かったのは、俺たちだけ。それならばと、長い旅路の果てにたどり着いた天界で、団長と副団長は——神を恐喝した。
そうして、不老不死の薬を人数分と、キャンピングカーも積みこめる特別製ロケットを入手してきたときは、ほんとうに驚いた。あの夫婦を、敵にまわしてはいけない。この旅で得た、最も大切な教訓だ。
俺たちは本業であるサーカスをしながら星々を巡り、ようやく時間跳躍の魔法を発見することができた。
あとは、むりやり地球と太陽の軌道を変えて、それで終わりだ。同じ時間軸に、同じ人間は存在できない。それだけは神でも、どうにもならないらしい。
実際、俺たちも存在が消えかかった。
地球ともう一人の自分たちを救い、再び時間跳躍できたのも、軍隊で培った根性あってのことだろう。
俺たち傭兵サーカスは、元・軍人の集まりだ。同じ部隊にいたから、話しも合う。定住なんてつまらないし、できない。なにせ、人の理から外れた存在だ。幸い、時間はいくらでもある。
さぁ、次はどこに行こうか。




