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習作

【読み切り版】傭兵サーカス

作者: 灰色セム
掲載日:2016/06/10

 凄まじい音を伴った縦揺れが起きた。よろけてフロントドアガラスにビンタされる。ふらつきながら、ハンドルにしがみついた。うっかりクラクションを鳴らすわ、緊急地震速報は鳴り響くわで、とてもうるさい。

 轟音と揺れ方からして、直下型地震だろうか。それにしても顔が痛い。

 涙でにじんだ視界でも、外灯やショッピングモールが歪んでいるとわかる。人の姿は見えない。こんなときに立ってられる人なんていないよな。

 まだ買い出し中の同僚たちは、無事だろうか。わずかな希望にかけて、スマートフォンを取り出す。だが、振動のせいで指がうまく動かない。文明の利器のくせに、役立たずだな。

 震える手で、鉄の塊と化したそれをカバンにねじこむ。そして車内に充満する異臭の発生源⋯⋯つまり、助手席を見た。最悪だ。買ったばかりの卵が、助手席から落ちている。上にかぼちゃも乗ってるし、これは全滅してるな。もったいない。買い物袋の中にあるのは、不幸中の幸いだが⋯⋯。

 カーラジオから緊急報道特別番組が聞こえてくる。

 やや舌足らずのロリ声アナウンサーが、声を震わせながら俺に伝えてくれた情報によると、人類史上最大の災害らしい。

 確かに、嫌になるくらい揺れ続けている。

 水曜の朝十時だというのが、せめてもの救いか。少なくとも、寝ているときより亡くなる方は減るはずだ。内陸部だから、津波の心配はないだろう。

 卵のせいか、地震酔いか定かではないが、胃のあたりがムカムカしてきたな。換気のためにフロントリアウィンドウを開けても、悲鳴や怒号が聞こえるばかりだ。半分も開けてれば大丈夫だろう。

 エチケット袋が欲しくなってきたころ、一際大きな振動がキャンピングカーを翻弄する。なにが、どうなっている。これも地震の影響なのだろうか。

 なんで車が沈み始めるんだ。液状化にしては深すぎる。ドアが開かない。おかしい。リアウィンドウも動かない。なぜだ。然るべき手順で操作しているのに。まさか、ドア内部が故障したのか。

……やむを得ない。コンソールボックスから、自動車用緊急脱出ハンマーを取り出し、構える。車の所有者でもある上司が、自衛隊仕込みの匍匐前進で迫ってくるのが見えた。怖い。

 心の中で詫び、リアウィンドウを叩き割らるために振りかぶり——閃光が俺の目を灼いた。顔の前で腕を交差させても眩しいというか、痛い。

 体感で一分くらいだろうか。

 薄いまぶたから感じる光量が、だいぶ落ち着いた。

 そっと目を開けてみる。

「は?」

 澄み渡った空。小鳥のさえずり。すぐ近くで、ぽかんと口を開けている上司が、草原に寝転がっていた。

 もう一度、瞳を閉じる。

 開ける。

 やっぱり草原だ。駐車場、どこだよ。太陽と影の位置からして、昼飯どきだろうか。スマートフォンを取り出す。十三時。意味がわからない。上司もショックなのか、頭を抱えてゴロゴロしていた。

 いきなり野草を食べ始めたぞ。むせてる。水はどこだ。あった。飲んでよし浴びてよしの飲料水とコップを手に、上司のもとへ駆け寄る。

 彼女の、一般的には童顔に分類されるだろう顔は土埃や涙、野草の汁などで汚れてしまっていた。普段は一本一本にコシと艶のある黒い短髪も、みすぼらしくコーティングされている。

 ああ、服も汚れてる。まぁアスファルトを這ってればなぁ。黒一色で、色気皆無の武骨な外見がさらに怖く⋯⋯。子供が見たらなくんじゃないか。

「副団長、これを。洗浄しないと、お腹こわしますよ」

「助かる。取り急ぎ調べる必要があってな……」

「野草をですか?」

 水分を得てスッキリしたらしい副団長が、奇妙な塊を俺に突き出してくる。

 紫と緑の縞模様で、手のひら大くらいの、ヘンテコな物だ。

「なんですか、それ。さつまいも……?」

「そう見えるよなぁ。ところが果物だ。サラミっぽい味だと言ったら信じるか?」

「お気を確かに。はい吸ってーー吐いてーー」

「すーーはーー……って、なんの検査だ。とにかく、論より証拠だ。食べてみろ。うまいぞ」

 ずい、と眼前に突き出された他称果物は、少し食べられている。警告色の皮は、ミカンを触っているような手触りだ。実際、ミカンのように剥いて食べるらしい。実の部分は美味しそうなオレンジ色をしているが⋯⋯。

 明らかに怪しいので、口にしたくない。だが、上司が鬼の形相で睨んでいるので、拒否もできない。この人、食わず嫌いには厳しいんだよな。ええい、もうどうにでもなーーれっ。

 皮を剥き、かぶりつく。ん⋯⋯んんっ。うまい。なんだこれ。

 生だというのに、焼き芋のような食感。だが、味は確かにサラミだ。なんとも不思議な食べ物だな。

「カヤニというらしい。紅村(こうむら)、これに聞き覚えはあるか?」

「いえ、初めて聞きました。ここは日本じゃないんでしょうか」

「おそらくな。植生がまるで違う」

 サラミもどきは、あちこちの地面に生えている。遠目から見ると、ハリネズミの群れのようだ。近くの木には、黒と緑の縞模様をした、ブドウのような植物が自生している。

 更に周りを見渡す。左手の方向に、いくつかの山と緑色の大きな湖畔が見えた。右手側は、三叉路になっている。北にある湖畔へ向かう道がひとつ、そして東西を結ぶ道がひとつ。ちょうど、俺たちのいるあたりで合流していた。

 どこの管轄かわからないが、道を整備する気は感じられない。

 なにしろ、道というより平行の間隔で掘られている溝が二本、草原に刻まれているだけなのだから。あとはぽつぽつと生えた針葉樹が、広大な土地を見守るようにそびえ立っている。

 ラッパに似ている音が……あれは鳥か。

 少し湿った草と土の匂い。風に乗って届いた爽やかな香りは、ミントそっくりだ。

 個人的には、地球だとすら思えない。軍人時代に各地を転々としたし、平和になってからも世界中を旅したが、こんな地域は知らない。地球のどこかだと仮定しても、移動手段は謎のまま。

 わからないことばかりだ。頭が痛い。せめて現在地だけでも調べられれば、気持ちも違うんだがな。

——頭を、鈍器で殴られた。いや、そんな感じの頭痛か。

 眼球と脳みそに、焼けた火箸を突っ込んでぐりぐりかき混ぜられるようだ。まぶたを閉じてもなにかが見える。

 点。線。図形。数字。宇宙。

 だめだ、これ以上は頭が沸騰する。死ぬ。

「おい、紅村! しっかりしろ!」

 いつの間にか副団長が宙に浮いて……いや、俺が倒れてるのか。うへぇ、顔が涙と鼻水とヨダレでベチャベチャだ。身体がダルい。頭がボーッとする。

 いったい、なんなんだよ。インフルエンザでも、ここまで酷くないぞ。

 うんうん唸っていると、濡れた布で、顔をぬぐわれた。

 普段から男勝りなくせに、こういうときだけ母性を発揮しないで欲しい。しかし人妻に膝枕されるとか、どんなシチュエーションだろうな。

 小鳥の楽しそうな鳴き声のほかには、なにもない。辺りに漂うミントっぽい香りのおかげか、だいぶ具合もよくなってきた。

「⋯⋯もう、大丈夫です。ご心配おかけしました」

「気にするな。あんな災害のあとだ。誰だって疲れるさ」

 副団長が、慈愛に満ちた表情で、労った⋯⋯だと。数年に一回見れるかどうかの、貴重なシーンだ。くそっ、スマホ持ってれば撮影できたのに。

 視界の違和感は……少し情報を整理しよう。わけがわからない。

 副団長の提案で、昼食はレジャーシートをひいて戴くことになった。

 あぶったサラミ——カヤニ——とサラダ、コンソメスープ。

 更に、サルベージした卵を贅沢に使用したスクランブルエッグとバターロールをふたつ。卵のカラは俺が取り除くはめになったことは、言うまでもないだろう。

 彼女が言うには、食べ物が豊富な場所らしいので、食料の心配はないらしい。近くに水場もあるしな。キャンピングカーには自衛のため、武器も積んである。少しでも現実逃避したくて、バターロール以外を二度おかわりした。

 食休みしていると、空を蛇のように細長いモノが悠々と横切っていくのが見えた。

「おぉ、凄いな。あれは白い龍だそうだ。見かけると幸運が訪れるらしい」

「副団長。さっきから疑問なのですが、なぜそんなことがわかるのですか?」

「私も理屈はわからない。ただ、少し注視すると横にポップアップで説明文が出るんだ。視力もかなり向上した。今ならやまごえ狙撃もスコープ無しでできそうだ」

「ゲームみたいですね。実は、俺も現在地周辺の地図が見えます」

「……急に倒れた、あの後からか?」

「はい。さすがに地名などはわかりませんが⋯⋯」

「ふむ。——だめだな。なにもわからない。今日は不可解な災難続きだな」

「龍を見ると幸せになるんでしょう? これからは、いいことありますよ」

 俺たちのサバイバルは、こうして始まった。救助を求め、同僚を探すうちに、ここが異世界だということを知る。

 軍隊で副団長——当時の鬼教官——に鍛えられたおかげだろうか。すんなり事実を受け入れた俺は、副団長と各地をまわる生活を始めた。第五次世界大戦を思い出して、少し懐かしい。

 レミントンM700片手に、襲ってくる悪人もモンスターも蹴散らす副団長は、頼もしいの一言につきる。俺は運転しなきゃならないから、戦闘には参加できない。運転しながら、たまにスミス&ウェッソンM29をぶっ放すくらいが関の山だ。

 それにしても、魔法って便利だよな。キャンピングカーも動かせるし、コンロも使える。おまけに銃弾や火薬を創造できるんだから、ありがたいよ。

 大陸を横断し、海を越えた先で、たくましく生きのびていた同僚たちとも再開できた。しかし、地球へと戻る方法はなかった。

 俺たちと同じように、特殊な能力を得た同僚によると、地球は大陽に飲みこまれ消滅したという。

 助かったのは、俺たちだけ。それならばと、長い旅路の果てにたどり着いた天界で、団長と副団長は——神を恐喝した。

 そうして、不老不死の薬を人数分と、キャンピングカーも積みこめる特別製ロケットを入手してきたときは、ほんとうに驚いた。あの夫婦を、敵にまわしてはいけない。この旅で得た、最も大切な教訓だ。

 俺たちは本業であるサーカスをしながら星々を巡り、ようやく時間跳躍の魔法を発見することができた。

 あとは、むりやり地球と太陽の軌道を変えて、それで終わりだ。同じ時間軸に、同じ人間は存在できない。それだけは神でも、どうにもならないらしい。

 実際、俺たちも存在が消えかかった。

 地球ともう一人の自分たちを救い、再び時間跳躍できたのも、軍隊で培った根性あってのことだろう。

 俺たち傭兵サーカスは、元・軍人の集まりだ。同じ部隊にいたから、話しも合う。定住なんてつまらないし、できない。なにせ、人の理から外れた存在だ。幸い、時間はいくらでもある。

 さぁ、次はどこに行こうか。

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