出るまで引けば百パーセント
商人のつながりは横にも縦にも広い。
かつての洗濯王としての威光はまだそこそこ残っていたし、既に数年の時をその国で過ごしていた僕にはコネがあった。扱う物がかなりの大金を生むメタルシードだという事もあり、すぐに取引相手は見つかった。
何しろ、非常に希少な金属である。伝説の剣やら何やらが皆それから作られていると言えばどの程度希少なのかは何となく理解出来る事だろう。
作れるなんて事を言ってしまえばトラブルが降ってくる事は予測できていた。
僕は拾ったという体で、眷属合体で生み出したできたてホヤホヤのメタルシードを武器商人に高額で売り払った。売り払い続けた。向こうも、定期的にメタルシードを納品してくる僕に対してかなりの疑いを持っていたはずだが、何も言わなかった。腹を探ってメタルシードを別の商人に持ち込まれたら大損である。取引相手の商人はリスクとリターンをうまく天秤に乗せて測れる優秀な男だった。
勿論、向こうはそのメタルシードを独自の伝手で武具に変え、僕なんて足元にも及ばぬ利益を得ていたはずである。
メタルシードを直接鍛冶屋に持ち込めばさらなる利益が得られたはずだが、武器商人の縄張りに土足で踏み入るつもりもなく、そもそも金を儲ける事は僕の目的ではない。
召喚したい。およそ十年前に初めて得たその熱いパトスは微塵も衰える気配がなかった。
僕はあらゆる伝手を辿り金をばらまいて魔法石を手に入れ始めた。スライムは出来る限りメタルシードに変えて売り払ったが、メタルシードにするには複数種のスライムが必要とされる。どうしても余った種類のスライムはスペースを開けるために適当に合体させるしかない。
その頃の僕の商売はまさに永久機関だった。これはメタルシードの末端価格と魔法石の価格の差異によるものである。
ランダムなはずの召喚でジェリースライム系を引き続けた僕だが、こと召喚するスライムの種類については綺麗に平均的だった。メタルシードを売り払った額で手に入れた魔法石で召喚すれば、相当運が悪くないかぎりメタルシード生成に必要な種類のスライムが揃う。揃うどころではなくかなりの余剰が出来る。
僕の召喚回数は右肩上がりで増えていき、同時にそんなことばかりしていたので召喚魔導師としての実力もめきめき上がっていった。
何回召喚しても出てくるのはやっぱりスライムだけだった。だが、如何に召喚確率が低かったとしても出るまで引けばそれは出現率百パーセントと変わらない。
スライムばかり召喚し、絶望していた当初の僕はもう既にいなかった。そこにいたのは一人の修羅であった。スライムばかり召喚していた、してしまっていた僕のメンタルはもうメタルシード並の硬度だった。
その頃、長らくあっていなかった従兄弟から一度実家に戻ってこいという手紙が来た。
従兄弟はその頃には国で一番の召喚魔導師となっていた。僕が召喚道を突き進む発端となった金色聖竜はもはや国の力の象徴となっていた。
もし僕が未熟だったら、そんな優秀すぎる従兄弟に嫉妬していたかもしれない。だが、僕のメンタルはメタルシードだったので何とも思わなかった。
嘗て越えようと息巻いていた従兄弟は既に途方も無い所にいる。高すぎる山は登るべき対象ではない、ただの背景なのだ。僕の目標は竜を引くことから、スライム以外を引くことに変わっていた。
地元では、同窓会があった。僕以外のクラスメイトは一人残らず国の軍部、召喚魔導師部隊に配属されエリートの道を突き進んでいたが、僕のメンタルはメタルシードだったので何も思わなかった。
懐かしい顔ぶれの側には皆、強力な眷属が付き添っていた。何しろ卒業から十年近い年月が経っていたので、眷属もその召喚士も成長して容貌が大きく変わっていたりしたが、何となくの面影はあった。教えの通り、眷属合体はやっていなかったのだろう。
僕の眷属だけが合体を繰り返し実質別物になっていたが、誰にもつっこまれなかった。長年スライムと付き添っている僕でも個体差が見分けられないのだ。彼らが見分けられないのも無理はない。
元同級生がまるで馬鹿にしたような笑みを浮かべながら今まで何体の眷属を召喚してきたのか聞いてきた。
僕はアンニュイな感じで『星の数よりは多分少ない』と答え、懐から出した札束でその馬鹿にしたような笑みをぶっ叩いた。
嘗てライバルだった女の子が僕の眷属を見て『珍しいスライムね、何て種類なの?』と聞いてきた。
僕がその時連れていたのは合成に合成を重ねた結果出来上がった、蜂蜜色のスライムだった。その頃には、僕が扱うジェリースライムはとっくに魔物図鑑に載っていないスライムになっていた。念のため他の書籍を調べたが他に例はなく、僕には自分がスライム道の最先端を走っている自信があった。走ってしまっている自信があった。だが所詮はスライムであった。
僕はアンニュイな気分で『金色聖粘体だよ』と適当に答えた。女の子は興味なさげに『へぇ』と言った。僕は死ねばいいのにと思い、懐から出した札束で女の子の頬をぶっ叩いた。
僕が彼らに勝っているのは財産だけだった。久方ぶりに悔しくなった僕は、家に帰り枕を涙で濡らした。
そして、元の国に帰ってからはより一層の力を入れてスライムを召喚し続けた。
僕の召喚魔導師としての生き様はさんざんだったが、スライム使いとしての生き様はこの上なく順調だった。
やがて、僕は世界一のスライム使いとして国に表彰された。僕は好きでスライム使ってんじゃねーよと思った。
三年も過ぎた頃、とうとう恐れていた時がやってきた。需要と供給のバランスの崩壊、である。
メタルシードの価格が落ち、魔法石の価格が高騰を始めたのだ。如何に貴重な金属とは言え、何年も供給を繰り返せば価格も落ちてくる。魔法石の価格高騰については、完全に僕が買いまくったのが原因だった。
僕以外の召喚魔導師が召喚を行う回数は少ない。召喚とは一生ものなのだ。だが、その時の魔法石の価格は、もともと高価だった価格が更に信じられないくらいに跳ね上がっていた。
魔法石の価格が高くなりすぎて僕以外の一般召喚魔導師の手の届かない価格になるとなると、国も原因究明のため腰を上げざるを得ない。
既に一度同じような事態を味わい、その展開がいつか来ることを予測していた僕は、国を変えた当初から魔法石の購入に細心の注意を払っていた。すぐに僕に手が届く事はないだろう。
別に悪い事をしていたわけではない。だが、国に不都合があれば富はあっても権力を持たない僕なんてあっという間に消されてしまう。国が調査に乗り出した以上、それ以上魔法石を買い集める事は出来ない。
現物がなければ徴収する事もできないだろう。僕は商売から手を引くことを決め、残っていた最後の一個の魔法石を使い渾身の力を込めて召喚を行使し、ブルージェリースライムを召喚した。皮肉にもそれは僕が一番最初に召喚したスライムであった。
少しセンチメンタルな気分になった僕は、分散して飼育していた千匹近いスライムを一匹のスライムに合成した。
できあがったは竜のように巨大で、宝石のように透き通り、しかし触れるとプルプルとしてひんやりとしている見たこともないスライムであった。僕はそれに宝石を意味する『ジュエル』と言う名前をつけた。僕が眷属に名前をつけるのは初めてだった。竜を召喚できたら名前をつけようと思っていたのだ。メタルシードだった僕の心は再びブルージェリースライム並の硬度に戻り、僕は泣いた。
事前に、いつかその日が来ると覚悟していた僕には、まだ財産が残っていた。といっても、住んでいる屋敷の維持費を考えると大した額は残らない。早急にビジネスを始めなくてはあっという間に金がなくなってしまうだろうし、そもそも召喚ができない。
しかし、精神ジェリースライムの僕には新たなビジネスを考える熱意が抱けなかった。屋敷の維持費に金がかかるなら屋敷売り払えばいいんじゃね? という消極的な解決策を手に入れた僕は、それまでその国に来て数年を過ごした屋敷を売り払った。
それで手に入れた金はいつの間にか魔法石に変わっていた。正直、無意識の行動だった。自然な感じで手の中に置かれていた十個の魔法石を見て、自分が魔法石を買ってしまったんだと理解し、僕は一人愕然とした。
召喚してしまえばスライムという結果が確定してしまうが、召喚する前の魔法石にはスライムという可能性と竜という可能性が同時に存在している。僕はその思想にシュレディンガーの魔法石という名前を付け、その魔法石をお守りにする事にした。
取り敢えずなけなしの財産で宿を取り、僕は一時静養する事にした。
何の目的もなく歩く王都は賑わっていた。それは、ずっと屋敷で召喚を続けていては見えないものだった。
道行く人に尋ねると、ちょうどその年は王国が建国して一千年の年で、セレモニーが行われるという話が聞けた。
それを聞きながら僕は、屋敷に閉じこもって召喚だけをしていたらそれにも気づかなかったのかなあ、と思った。
暇で全くやる事がなかった僕は人混みでごった返している大通りをかき分け、セレモニー会場に向かった。王城前の広場は国中の人間が集まっているのかと誤解してしまうくらいに人が多かったが、巨大なスライムを引き連れている僕に近づく者はいなかった。
そして僕は、セレモニーの一環として王城のバルコニーで手を振っていた第三王女様を見て、生まれて初めて一目惚れをした。
恋の炎により意気消沈していた僕の感情は再び動き出した。
僕はその絶世の美貌に目を離す事ができず、ただ人混みの中で深い溜息をついた。
欲しいものは竜以外全て手に入れてきた。竜を召喚することに比べたら王女様一人拐かす事など、簡単な事のように思える。