そこに住まうもの達 6 ≪クレタ 前編≫
リオがこの村で暮らすようになって半年は過ぎた頃、すでに彼女は村の薬師と
してなくてはならない存在へと変わっていた。
「リオさん、御婆が、ちょっと咳き込んでて薬お願いできる」
診療所は既に彼女の家と化していた。そこへいつもの様にマチが入って来た。
「風邪かな」
「御婆ももう年だし無理しない様に言ってね」
リオは薬草を並べて独鈷で調合した薬を作ると、マチに紫のポーションを手渡す。
「これ代金ね」
そう言って机の上にウサギ肉の燻製を置く。
代金と言っても、こんな村ではお金より物々交換が主となる。
「こんちわ、どうすか」
ドアを叩いて男が現れる。
「ああ、ケムさん。包麦パンが在ったらほしいけど」
「包麦パンですね。在りますよ」
一度外に出ると、担いできた箱を開けて2本の長いパンを取り出す。
部屋に戻ると包麦パンを机に置くとケムは干し肉を見て言った。
「今日のは、この干し肉でもらっていいすか」
「ええ、いいわよ」
腰のナイフを取り出してケムは干し肉にあてがい器用に3枚ほど削ぎ落とすと
黄色の油紙で包んでから出ていく。
「じゃあ此れで、また」
「ご苦労様です」
この村のパン屋は老人などが多い事も在って店を開くと言うより家を回って
売りに来る。
「最近先生見ないね」
マチの声に、にこやかに笑いを作ってリオが応える。
「明日来るといいわ」
「べ、別に会いたい訳じゃあ・・・」
赤らむマチに、リオは「それは、そうよね」と言う顔をしてから
「じゃあ、明日は来ないのね」
「えっ」
複雑な顔になったマチに笑い顔で
「冗談よ」
そう言って、腰に独鈷を差し込むと森へと向かう準備を始めた。
「帰りは?」
「そうね。夕暮れになると思う」
「気お付けて」
「ありがと」
二人は、それぞれ分かれて目的地へと向かって行く。
「今日こそ使える様になりたい」
独鈷に視線を向けてリオは、森の中にある川へと急いだ。
川辺には岩がある為、その岩に向かって独鈷の精神刃を使って攻撃の練習を
毎日していた。そして彼女の目標は精神刃による大岩の切断だった。
リオの持つ独鈷は錬金術師クリュソスが作ったものではないが、かなりの者が
作ったらしく、その性能はかなり優れていた。
主となる魔核石は風の精霊シルフィスで風属性を獲得できた。
つまり、精神刃とは風を特定の範囲で起す事で、その範囲への侵入を拒む
ものであった。それは防御魔法で結界を剣の刃の形で作りだす様なもの
その内部への侵入を拒む領域を振り回す事で、接触したものを拒絶する壁が
結果的に対象を破壊すると言う事だった。
結界と言っても、他を拒む結界と、内部から出さない結界に分かれる。
拒む結界は盾ともなり、内部を守るが内部から外への移動には関与しない。
逆は、内部に捕えたものを逃がさないが、内部への移動には関与しない。
これをうまく使い分けて、狩が出来る。外から内部へ入れはするが出られない
結界は実に都合よく機能する。追い込むのも、罠として設置するのも良かった。
イメージ的には台風の時、追い風の場合進みやすいが、向かい風は困難になる。
それの強力なものと思うといいかもしれない。
彼女は独鈷の先から刃の形状ではなく、傘の様に広がったものを練習しだした。
そう、防御として使えないかと考えたのだ。
リオは、練習が終わると魔核石の中にいる精霊にお礼を言う。
「今日は無理させて、ごめんなさい」
いつもの様に応えはない。それでも彼女は使うときは「お願いね」と言い
終われば「ありがとう」を繰り返し言い続けた。
本来、魔核石は経験値によって、つまり魔物を倒す事で成長すると言われている。
しかし、彼女は1度も、魔物を倒す事はしていない。
「そろそろ暗くなってきたから、帰りましょう」
突然、声を掛けられてビクッと体を震わして彼女は振り向くと夕暮れの
赤焼けに染まる人影が此方に手を振った。
「先生。帰りは明日だと」
「ちょっとね。用事が早く終わったので寄ってみました」
「そ、そうなんですか」
「びっくりさせて申し訳ない」
先生の元に彼女は駆け寄って、二人は、そのままゆっくりと歩き出して
診療所へ向かった。
「まだ、うまく行かないようですね」
「えっ、ああ。そうですね」
先生は傘の様に広がった刃を失敗だと思って言ったが、彼女はまだ上手く
刃と傘を瞬時に切り替えられない事にたいして答えた。
「まあ、気長に・・・戦う訳ではありませんから」
そういう先生の事を、見ながらリオは話を変えた。
「マチさんが会いたがってましたよぉ~」
「えっ」
「モテモテですね」
「揶揄わないでください」
顔を少し赤らめた先生を見て、マチさん脈ありです。ガンバ。と心で言うと
頭の中でマチさんが現れて「違うってそういうんじゃなくて」と言っていた。
思わず「ふふふ」と笑いが込み上げる。
「楽しそうですね」
初めて会った能面の様に、意識すらない様な無表情の顔ではなくなった彼女に
先生は、安堵感すら感じてうれしく思うのだった。
診療所の近くまで来ると、先生は魔法で町へと帰って行った。
「では、明日」
「おやすみなさい」
そう言いながら彼女は消えたのを確認すると手を振るのをやめた。
診療所のドアを開けて中に入る。
「良かった無事だったのね」
部屋に入ると心配そうな顔をしてマチが待っていた。
「マチさんどうしたんですか」
少し先生の事を考えたが、今はどのみち居ないので明日来ることもあるし
さっきまで居た事を知らせるか迷っていると
「今日、森の川んとこにいたんでしょう」
「そうだけど」
「あの川向こうに最近、変な建物が出来たって噂なのよ」
「そうなんですか」
「御屋敷みたいな一軒家がね」
一夜にして御屋敷ができる事には、魔法世界としては特に変わった事では
ないのだが、そこに誰が住んでいるのか分からないとの事だった。
まあ、森の中とは言え村に挨拶も来ない。不審に思った村人が数名で
屋敷に向かってみた所、屋敷を囲む壁があり門の呼び鈴を鳴らしても
誰一人出て来なかったそうだ。
今や村では昼間出て来ないと言う事で吸血鬼なのでは無いかと言う
噂が広がって、この手の娯楽ない村と言う事も在り肝試しを始める若者も
出始めたという事だった。
「吸血鬼ねぇ」
「どうしよう」
「行ってみる?」
「えっ、い、いまから?」
「仮に吸血鬼と言うのが本当だとしたら、
今からの方が、良いんじゃないかしら」
リオは独鈷を手に持ち、帰還位置にこの部屋を指定して保存させた。
「此れで、何かあったらここへ一瞬で戻れるわ」
万が一の為にポーションを3本渡され、マチは流されて館へと2人は向かった。
川辺に着くと、まるでここから先は別世界の様に薄暗く感じる。
それに比べ、楽しそうにリオは何か考えていた。今、彼女は明かりが欲しかった
風属性の魔法で光を作れないかと考えていた。
左手にランプは持ってきているが、流石に、これだけでは数メートル先は暗くて
見えないからだ。まず自分の1メートル先、高さ2メートルの位置に球体状に
結界を作ると、風を内部で走らせた。
「なにしてんの」
「ちょっと実験。失敗しちゃったけどね」
その時、風にあおられた一本の枝が、球体状のそれに触れた途端にバキと
音がして中に吸い込まれて行く。結界は入る事が出来ても出る事が出来ない
タイプで作られているため、木の枝は中に入ると内部の風に絡まり、さらに
内部へと吸い込まれ、耐えきれなくなった枝が、ごっそりと吸い込まれた。
そして粉々に砕けた枝はさらに、内部を動き回ると、突然発光し始めた。
「予定外たったけど、結果オーライね」
リオは発光した球体状の結界をさらに結界で包んだ。今度は侵入不可である。
これ以上何かを吸い込まないようにする為である。
「明るくなったし、行きましょう」
そう言って、まるで小さな太陽を作って見せたリオの魔法にマチは舌を巻く
気持ちでいた。結界の位置固定の対象をリオ自身に指定してあるために、彼女
が動くと、彼女からの距離が一定になる様に、光球体も移動する。
「ねえ。これも結界なんでしょ」
「そうだね」
「結界って後から、位置指定できるんだぁ」
移動する光源である光球体を見て、何気なくマチは思ったことを口にした。
「ん?」
それは、試した事が無いとリオは思った。あくまで私の前方に指定したのだ
指定しないで作った後に、あそことか、こことか出来るとしたらおもしろい
今度試してみようと思った。
やがて二人は、目的地の前に到達していた。
光球体は「滅」によって既に解除し、明かりは手に持つランタンのみと
なっていた。
鉄格子の門の前まで来ると、屋敷の窓に明かりがある事を確認できた。
小さなライオンの様な顔がある扉の下の輪っかを持って軽く叩く。
「何者だ」
ライオンの目が赤く光ると、その口から言葉が発せられた。
「近くに住む、薬師のリオといいます」
「左様ですか」
まったく予想だにしない方角からの声にマチが「ひっ」と悲鳴をあげる。
門が左右に開き、そこに黒いスカートタイプのシックな服装に白い前掛けを
付けた様なモダンなメイド服に身を包んだ女性が3人、こちらに頭を下げて
立っていた。こちらに顔を上げた時に彼女達の額に一応にある、エメラルド
グリーンに輝くカチュームが私達の目を奪った。
さらに曝けた胸元には3人とも赤いルピーのペンダントをしていたが違和感を
感じて良く見るとペンダントと思ったものには鎖がなく直に胸に埋まっている
様にも見えた。
「どうぞ此方に」
中央の女性が一歩前に進むと片手を上げ屋敷の方角に向けた。他の二名は門の
所にへと進み、扉を閉じ始めていた。
「主人がお待ちです」
私達は、誘われるまま屋敷へと進みだす。いつの間にか、その後ろに二人が
追随する様につづく。
屋敷の中は一般的な洋館の作りで、入口はそのままロビーとなって真直ぐ先に
二階へと続く階段があり途中の踊り場から左右へと別れていた。
そのロビーには左右に二人づつ同様の姿の女性が立ち並んでいた。
後ろから来た者達が左右に一人づつ、それぞれの列に並ぶと、腰元で両手を
交差する様に添えて背筋を伸ばす。
「すいません。まだ部屋をお出になられていないようで・・・」
階段から現れるかと思ったら、右のドアが開いた。
「待たせてしまったかな」
男はボロボロの白衣を纏って左手は頭をかきながら現れた。
「すまんね。まさか、これだけ離れた場所ならと思ったのだが
近くに村があったとは、気がつかなかったよ」
「ですから、近辺調査を任せて頂きたいと・・・」
「で、お隣さんだったかは、何か用かな」
リオは風変わりな男に向かって奇妙な言葉を発した。
「-ぁ-っ-ぇゃ--ぁ-」
すると、白衣の男の前に両手を開いてメイド長らしき女性が立ちふさがった。
「ん?どうした、パシテア」
「御下がりください。ここはワタクシが」
「待て」
「しかし」
彼女は、リオから目を話さずにいた。
「聞こえなかったのかな」
彼女は、視線を話し振り返ると男に跪いた。
「申し訳ございませんでした」
「今のは何かを試されたと言う事かな?」
リオは男のゆったりとした質問に少しだけ考えた。
「・・・魔物かどうかの確認をした」
「ああ、なるほど。突然現れた屋敷に住む怪しい者。
しかも、村の近くだと言えば、その確認は確かに必要ですね。
魔法使い殿」
「私は魔法使いではない」
「ほう。では、そちらのお嬢さん?」
「彼女は、ただの村人です」
「あなたは、ただの村人ではないような物言いですね」
「私は村で薬師をしている」
「今のは攻撃には見えないし、幻術とか何かを看破する魔法と言った
ものですかね。で、私は合格ですか?」
「人らしい事はわかった」
そういうリオに男はにっこりとほほ笑む。
「それは良かった」
「あなた、だけはと言う意味だけど」
リオの視線の先にパシテアをとらえているのに気づき男は応える。
「ああ、彼女達の事ですか、彼女等は私が作りました」
「えええ」マチは素っ頓狂な声を上げた。
「私達カリュス・メイデェンは、人ではありませんが村には危害を
加えないと御誓いしますわ」
おどろく、マチを無視してリオにパシテアは、軽く会釈して見せた。
「うん。信じます」
「ええええ」またもや、マチは素っ頓狂な声に拍車を掛けた声を上げていた。
「あなたの選択は、彼の盾になって立塞ぐだけでした。
此方への攻撃もなく、ただ守ろうとした。
だから、信じる事にしました」
「それは良かった」
男は、まるで用事は済んだと、その場から立ち去る様に奥の部屋へと入る。
「それでは此れで、失礼します」
リオはわざと彼女達の目の前でマチの手を引き、帰還呪文を発動させる。
「クレタ」
「はい、パシテア様」
「あの者の住まいと村との監視、交流を任せます。
カレ、エンナ。影となりクレタ補佐を」
「「はい」」
「他の者は、いつも通り」
「「「はい」」」
カレとエンナはの服が消え、一見レオタード姿の様になったが、スーツと
皮膚の境目はなく、それは服ではない事は確かな事だった。
そしてメイド服の代わりに、金属パーツの付いた戦闘服らしき姿へ変わる。
その姿から胸のルビーはやはり埋め込まれている様だった。
クレタは、村人と交流する為メイド服のまま出かけようとしていた。
「クレタ」
「はい、パシテア様」
「どこに行くのですか」
「はい、村へ」
「人間は、この様な夜には起動停止します。明日、昼からにしなさい」
「分かりました」
クレタは少し楽しいと思い始めていた。マスター以外の人間。
しかも村となれば1、2人という事も無い筈。




