そこに住まうもの達 4 ≪記憶の無い女≫
川に流されてきた女性を、村人が見つけ村の診療所へと運ばれた。
「どうだい先生よお」
触診と指を二本首筋に当て脈を測る。
「んー。特にこれと言った外傷もないし、しばらく安静にしておけば
目覚めると思いますね」
「みなげだべか」
全裸で年若い女性が流れて来たとなれば、身投げという線も考えられた。
「事情を聴いてみないと解りませんが・・・この姿だったんですか」
「んだ。何も身に着けてなかったべや」
「んだな」
「いつおう。てへいしょさ、見たけんろもよ。こんつな、めんこい子は
なかったべさ」
「そうですか」
「ザンザの御婆が、なんかさわいぞっとよ」
「流石に私も男性なので、着替えとかマチさんにお願いできませんか」
ベットの上に乗せて、様子を見る事になったが、全裸のままにしておく訳にも
いかず先生と呼ばれたティロスは似た感じ年齢であろう村娘のマチの服を
借りられないかと言い出した。
「んだな。それが、よかっぺさ」
「んだば、ちょけら、よんでくんべか」
「お願いします」
「よかよか」
マチの事だから多分快く応じてくれるだろうと彼女の父親が話をつけに行った。
そして、洋服を持ったマチを連れて帰って来る。服を着せようとするマチを
見ていた皆に、マチの顔が厳しくなる。
「なにしてんの、おとうちゃん、それにせんせ達も早よ出て」
言われて、気づき皆、診療所の外へとぞろぞろと出て行くのを見てマチがぼやく。
「まったく」
腰に手を当て仁王立ちしている、怒った顔を作ったマチの後ろで女の声が漏れる。
「うぅぅん」
「あっ、目、覚めた」
振り返って、彼女のベットの横まで歩く。
「ここは」
「あんた川に流されとったんだって、覚えてない」
彼女に答えてから、質問するも、どうも何も分からないと言った顔をするので
マチは外にいる先生に呼びかけた。
「せ、せんせー。せんせ」
中から聞こえるマチの声に、ティロスは診療所へと戻る。
「如何したんですか。ぶっ」
突然噴き出した先生は横を向くと言った。
「まだ服着せてなかったんですか」
「あっ、忘れてた。ちょっと向こうむいてて」
彼女が意識を取り戻して体を起こしていた為に、胸が丸見えになっていた。
服を着せると言うよりは、意識があるので着せるのを手伝った感じになったが
着せ終わると許可を出した。
「せんせもういいよ」
「で?何があったんですか」
マチは彼女の態度と質問した内容を話した。
「たぶん、記憶が無いみたい」
「名前もですか・・・わかりました」
彼女に向き直ると、優しい笑顔で彼は微笑んだ。
「では、しばらくここに居て下さい。私は夜には町に戻ってしまうので
奥のベットが空いています。あそこの部屋を使ってください」
こくりと頷く彼女は口を開こうとするが、それは声にならないようであった。
言葉は通じているようだが、発音する事が出来なくなってしまったのであろう
その可能性は、何か分からないが、かなりの体験をしたと推測できた。
それは恐らく、思い出す必要もない恐怖に彩られている記憶ではないかと
経験から先生は彼女の肩にそっと手をやって言う。
「思い出す必要もありません。今日から生まれ変わったと思って
ここで暮らしてみてください。必要なものが在ればマチさんに」
そしてマチに向き直って
「すいませんが、とりあえずこれを」
と銀貨5枚を渡した。マチはうんと頷いて受け取ると腰の袋に仕舞い込む。
「お金は、もらったから遠慮なく言ってね・・・そうだ。名前どうしよう」
彼女の名前を言おうとして忘れていて分からない事を思い出す。
「川から流れて来たからリオと言うのはどうでしょう」
「リ、オ?」
「言えましたね。そうです。私はティロス。彼女はマチです」
「テ、テス」
「せんせは、せんせでいいしょ」
「せんせ」
「そそ、私はマチね」
「マチ、せんせ、リオ」
「リオは川と言う意味です」
こうして、リオは診療所の助手として、ここに住むことになった。
とは言っても平和な村である。そうそう診療所に世話になる人はいない。
暇を利用して、彼女は診療所の本と言う本を読んだ。特に薬草に関する
ものに興味を示して何処からか植物を取って来ては本と一緒に先生に見せ
正解かを確認する様になった。
「これは似てますが違います。よく見てください」
と違いを指摘すると、彼女は理解が早く別の物を取って来る。そして
それが正解の場合、正解だと告げると二度と間違がう事もなく正しい
ものを取って来るようになった。
薬草からポーションを作る。かつてはポーションは必要とされていたが
魔法が使える様になった現在では、治療用独鈷で何度も使える方が便利な
事もあり、消耗品であるポーションはあまり使われなくなった。
しかし、こんな田舎の村では治療師などそうそう居るはずもなく、町に
呼びに行くまでに間に合わない事を考えると、ポーションの利用は必須で
あり、その価値も高い。
「すごいな。もう薬師を名乗れるんじゃないか」
「そんな事はないと思う。・・・ます」
「敬語はいいよ」
「護身の剣も欲しいです」
そう言われて先生は、考える様に顎に手を置く。
「そうだね。確かに薬草は森の奥の方が良いものが多いからな」
顎から手を放して膝を叩く。
「よし、明日。町で用意してみよう」
「ありがとう。ござます」
「いえ、此方こそ気がつかないで済みませんでしたね」
今までは森の入り口付近で採取してたのだろうけど、流石にそろそろ
近場では採り尽してるだろうにと棚に並ぶ彼女の作ったポーションを見た。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
早速、町に戻った次の日。ティロスは独鈷を買いに店に赴いていた。
カラン、コロン
店に入るとドアに取り付けてあった鐘がなる。
「いらっしゃいませ」
店のカウンターに向かう。
「どういった物をお探しで?」
「女性の使う護身用の武器か何かを探しているんですが」
「そうしますと短剣か独鈷ですが、どちらにしますか」
「薬師見習いなので、そう要った事も考えてるんですが何かありますか」
「短剣は採取、特に硬い木の皮を剥ぐのに使えますが、薬師用独鈷は
出来た薬の品質保存の魔法も使えます」
「なるほど、どちらも捨てがたいですね」
「ならこれはどうです」
と後ろから、取り出して銀色の独鈷を先生の前に置く。
「これは?」
「もちろん、仕込で」
独鈷を左右逆に回すと、刃が現れた。
「これで品質保存の魔法も使えます。
元々魔法が得意でない人用になっておりまして
精神刃を出す事が出来ない人様に細工されています」
「それは良いですね」
「精神刃を出せる様になったら、こうして此方にします」
刃が無い方を上にして、店のオーナーが精神刃を出して見せる。
「見習いでしたら、まだ出せないとは思いますが、
こちらなら、長くお使いになれると思いますので如何でしょうか」
「では、それを」
「毎度。赤魔石3つになります。もしくは金貨6枚で御座います」
「それでは金貨で」
先生は懐から袋を取り出して金貨で支払いを済ませて品物を受け取った。
「此方が使用説明書中に使用可能な魔法も書いてあります」
「はい、確かに」
カラン、コロン
先生は、独鈷の使用可能な魔法に軽く目を通すと攻撃としては麻痺が使えると
いう所を見つけて、薬師らしいなと思った。
素材の薬草からピンに詰まった品質保存の状態にする魔法があった。
これなら採取師が居れば、薬師はいらないなと思ったが注釈で、作った事が
あるポーションしか作れないとの文を見て、考えを改めた。
店の外へと出た先生は、いつもの様に自分の小型の独鈷を握る。彼女に用意した
ものより、半分しかない小型の青い独鈷を空に向かってあげると先生の体は光に
包まれてゆく。帰還魔法を使って村の診療所の前に移動した。
そのまま、診療所に向かいドアを開ける。
「お帰りなさい」
「はい。ただいま。これを買ってきましたよ」
そう言って彼女の手に銀色の独鈷を手渡す。説明書を手渡して、まだ文字が
苦手な彼女に声を出して読んでゆく。熱心に聞いていた彼女は先生にお礼を
言って独鈷を持って森に向かって行った。