そこに住まうもの達 1 ≪埋葬≫
「アイリ飯だ」
ガタッ。
オルセスは、物音にドアを微かに開けて片目を隙間に合わせる様に確認した。
「・・・逃げろ」
そう、彼が小声で言うと、外に奇妙な声が響く『きゃははは』。
「セダ、すぐアイリを連れて下で行け」
振り返ったオルセスは、台所の土間の奥を目で合図すると、戸口に立てかけた
槍を掴んで、セダの返事を待つ。
「わかった。いくぞ」
セダは、食事の用意を投げ捨てアイリの手を引いて土間の奥の板を除けて
現れた穴へと彼女を押し込んだ「おにいちゃ・・・」すかさず口を塞ぎ
指を口に1本立てて首を横に振る。
「これを持っていけ」
背を丸めたセダが振り返ると、空中に飛んでくる袋を目視して受け止め
無言でアイリの胸に押し付けて渡した後、自分も穴にもぐりこむ。
そしてするすると板が動き穴を隠すように覆われる。
それを一瞬だけ振り返り確認するとオルセスはドアを開けた。
『いいねぇ。チョー楽勝』
村の若者の肩に剣が食い込み、血と肉を引き裂き溢れる飛沫は宙を舞う。
前方に三、後方二。おそらく後方は支援系だろう。
『ずいぶん好き勝手してくれてるな』
瞬時に確認した奇襲をしてきた者は人族であった為、オルセスは人語を
使って言葉を発した。
『おお!、こいつ言葉を話すぜ』
右手の盾持ちが、オルセスを見て、蔑んだ口調で仲間に声をかける。
その言葉に、三人の内の真ん中の男が『ボス発見てか』と呟く。
『ひゃっはぁー。いいねぇ』
左端の両手にナイフを持つ男が右手のナイフを刃の背に舌を這わせながら
ニタニタと奇声をあげて躍り出てくる。
『こいつは頂くぜ』
突進するナイフ男に仲間が「徳己、貴様抜け駆けかよ」と言った。
ナイフの刃をオルセスは槍で捌き切ると、蹴りを徳己と呼ばれた男の
腹部へと叩き込み後方へと吹き飛ばした。
『ちっ』
徳己は舌打ちをしながら起き上がっると、口の中を切ったのか血を
腕で拭く様にしながら、オルセスの動きを見据えた。
『おっとやるじゃん』
仲間が吹き飛ばされたのを見た左の男が、オルセスに向けて言う。
『こいつは手ごわそうだ』
真ん中の白い鎧の男が、不敵に笑うとクレイモアを高々と上げた。
『これならどうかな』
到底届くはずもない場所に振り下ろしたクレイモアが地面を叩くと
地に亀裂が走り地面を爆発のようなものがオルセスの周囲を囲む。
『ほれほれ』
オルセスは地面が崩れバランスを崩すと、最初の男。徳己が白い鎧に
向かって文句を言い出す。
『そいつは、俺の獲物だ。哲、余計な事すんな』
その遣り取りをオルセスが待つはずもなく槍が白い鎧、哲也を襲う。
『おっと、余所見すんなよ』
右の男の盾が槍を弾き、その男は哲也の斜め前に移動した。
『わりぃ坂っち。まじ手強いじゃん。こいつ』
この合間にオルセスの懐に潜り込んだ徳己が脇腹にナイフを突き立てるが
筋肉の鎧で3分の1も刺さらない。
『かってぇー』
魔法の炎玉が二つ、続いて飛来していくのを槍で叩き落とすオルセスだったが
そのタイミングで徳己が後方へと移動して哲也が切り込んだ。その横からは
盾と剣を構えた坂上が同時に走り出していた。
更に後方から、炎玉が二つ来るのを確認すると、槍先で炎玉を散らし足で盾を
蹴り、槍の尾でクレイモアを受け流したオルセスの肩に痛みが走る。
『舐めてんじゃねぇよ』
確認するとナイフが突き刺さり、徳己が手を翳すとナイフはオルセスの肩から
離れ徳己が手へと戻って行く。
『よし、やれ』
哲也は、徳己に何かを許可した。
ナイフの柄にある青い宝石の中に小さな少女が見えた。少女の目がぐりっと
上を向き小刻みに震えだす。口を開きパクパクと苦しみだす。
それと呼応する様にナイフの刃がボコボコと姿を変え、長さが増していくと共に
柄の部分がツタのような物へ変わり、徳己の腕を包み込んでいく。
刃が4枚に分かれその中腹へ放電現象と球体が現れてバチバチとした音を出す。
至宝のラーマと呼ばれるそれは、精霊の肉体を石化魔法で宝石に変え、無理やり
零体を石に閉じ込めたものを魔法武器として合成して生体武器キメラウェポンを
作り出した。その1つが、このナイフである。術式開放によって魔法が使えない
者でも精霊の零体より力を強制的に引き出す。ブルーストーンはシネフと言う
風のシルフの体に電流を流し硬直させて発動する。
『うりゃあ』
徳己の手に持つナイフの。正確には柄に、はめ込まれた宝石の中の零体が悲鳴を
上げると呪いの様な黒い霧が立ち込めて力を暴発させた。
その放電に似た黒い雷は、オルセスの胸、肩、太ももを貫いていく。
そして刃の中央の塊が彼の心臓を貫き、肉の焦げる匂いと共に胸に穴を開けた。
心臓を一瞬で焼失させられたオルセスはゆっくりと膝より崩れ前のめりに大地に
倒れ込んだ。
『終了』
オルセスを失った村は彼等に太刀打ちできるものはなく、切り刻まれていく。
抵抗する者も、無抵抗の者もお構いなしに切り裂いていく5人。
『メスのガキはキメラウェポンの素材にするから殺すなよ』
いつの間にか檻になった馬車を用意した5人は、子供を手当たり次第に檻へと
放り込んでいく。30人ほど捕まえると、檻がいっぱいになった。
『哲まだ、少しいるがどうするよ』
『ああ、思った頼り多かったな』
逃げ惑う者達を容赦なく背中から切り捨てて哲也は応えた。
逃げる子供を追いかけた徳己は一人追い詰めてた。
『もう逃げないのか』
恐怖でひきつった顔には涙の後が付いていた。
ナイフが小さな子供の胸に食い込み、それをゆっくりと引き抜く。
そして喉に刃を当て横にひくとぱっくりと穴が開いた。
シュッ、ビシュー
自分に何が起きたのかも分からず絶命する。首から血飛沫を飛ばして
倒れていく。
『さて、そろそろ帰るか』
子供で檻が一杯なせいもあり、大人は手錠をしてつなげて歩かせた。
大人のメスは奴隷商人に売り渡す。
『ほら、あるけメス共』
徳己は近場の木の枝を1本切り落とし器用に葉や無駄な枝を切りそろえ
手作り感満載の鞭を作ると女達に振るった。
『あまり傷物にするなよ』
彼等が去った頃、セダ達もやっと地下道を進み出口へと辿り着いた。
子供がやっと通れるような横ばいの穴は這って進むしかなく、匍匐前進
する内に服は汚れ土がいろんな場所に潜り込んでいた。
辿り着いた場所は少し広めになっていて天井に板がある。セダは、それを
ゆっくりと押し開き様子を確認した。そこは薄暗い場所だった。
危険がなさそうな事を確認すると、明るい穴の方へ近寄ると用心深く
顔を近づける。
「そうか樹洞の中か」
そこは森の泉の側だった。何も持たずに避難する状況を考え、まずは
水が確保できて、雨露を凌ぐ事も出来る場所にしたのだろう。
一番奥にいれば穴から中を覗かれても姿を木の根が隠してくれる。
そしてセダは、その奥の場所に置かれた木箱を開けてみた。
毛布の上に短剣と弓、そしてペンダントがあった。それを手に取って
懐かしくアイリの昔を思い出した。
彼女はオルセスがある日突然連れて来た。まだ2、3歳くらいの子供で
首に、このネックレスが光っていた。水晶のような雫の様な形をした物
が先に1つ付いている。鎖も銀色に輝いて何で出来ているのかさえ
分からないものだったが、子供ながら良く似合っていた。
今では、首に付けるには短すぎるので、アイリの腕に輪を2重にして
から通して、留め金を途中の鎖にかけてやる。
「おにいちゃん。これは?」
「お守りだ」
セダは短剣を腰に差すと根株の穴から、顔を出して改めて確認する。
周囲に気配は感じられない。魔獣化族の中でもセダは優秀な知覚能力を
持って生まれた。半径100メートル内ならば、ほぼ間違いなく動くものが
何であれ知覚する。木の葉一枚も風の動きすら正確に読み取った。
そんな彼が気配を感じないなら、少なくとも動くものは敵ではなかった。
「ここを動くな」
彼は、妹にそう告げて穴から、飛び出すと腰を曲げて歩伏しながら
速足で木の影から木の影へと進んでいく。その手は腰の短剣の柄に
常に置きいつでも抜くことが出来る様にしていた。
匍匐した距離は、さほど村から離れている訳ではない。
こうして足で戻れば、さほどの時間もかからず戻って来ることが出来た。
村の近くで草の葉に身を完全に隠して精神を統一させて知覚をより一層
働かせる。目でない目が大きく場の状況を確認していく。
そこには、すでに襲撃者の姿はなく、仲間の死骸が無数に転がっていた。
全員でも150名足らずの小さな村だった30戸ほどの家が立ち、家族が
住んでいた。平均2人から3人の子を持ち4、5人が一家族の平和な村。
その中央に位置する広場は、つい先ほどまで、子供達の笑い声とそれを
見守る大人達の笑顔で溢れていた。それが今は、動くものは何もなく
首も腕さえない残骸となったもの。切り落とされた首。手。
大地には、青い血が水たまりの様に散乱していた。
真面な形の家すら1つもなく、無残に崩れた木材の塊に過ぎなくなった
それからは、火がバチバチと音を立て炭に変えようとしていた。
彼等は村を去る時、家のどこかに隠れている者がいるかもしれないと
いう哲也の言葉に仲間の魔法使いが全ての家に火炎球を投げつけた。
そして残念そうに「誰も、いなかったみたいよ」と言った。
自分家を確認しようと進むセダは自分以外の動くものがいる事に気がつく。
たった一人、敵が残っているとは考えにくい。だいち、その気配は小さく
子供のような大きさであった。
「おとうさん、おとうさん、おとう・・・」
駆け寄ったセダの目に入ったそれは、妹のアイリと地に横たわる父
オルセスの横で座り込み、手で父の顔を膝に抱えて泣く姿だった。
妹は自分の知覚範囲を知っている。その為、範囲に入らないように
後を追い、そして村に着いた時、真っ先にこの家に向かったのだろう。
この事は「下で行け」の言葉で覚悟していた。
そこは大人では通れない、あえてそうして作られたものだった。
そんな場所へ行けと言われる理由、それは死を覚悟した父の言葉だと
セダは理解し、一刻の猶予もない状況であると悟った。
「アイリ」
「いやぁ、・・・なぜこんな」
激しく拒否され、小さな声で「なぜ」と呟く妹に答える言葉がなかった。
奴ら人はそういう生き物だ。突然現れては、殺戮を繰り返す。
既に、今までもいくつもの村が、滅んだ。
何もしない相手に、突然剣を突き立て、不意打ちや大勢で襲い掛かる。
ただ殺し奪い、うれしそうな顔をして去っていく。
セダ自身もオルセスとは血のつながりは無い。
東の村で生まれたセダは、同じように人に襲われ本当の母が庇う様に
切り捨てられ、必死に抱きかかえたまま母が死んでくのを黙って見て
いるしかなかった。何か奇妙な言葉で高笑いしながら、喜々として母に
剣を突き立て嬲り殺すのが、さも楽しいような狂った化け物だった。
そんな時、村に通りかかったオルセスに救われた。母の死骸から自分を
抱え追手をまいて森へと駆け抜けた。
「おにいちゃん。わ、わたし悪魔の子なの?」
「そんな事は無い」
俯いてた彼女の下にある父の顔にぽつぽつと雫が落ちる。
「わたしね、あの人達の言葉を・・・知っているの」
彼女の種族は確かに人であった。オルセスに連れられて来た時
すでに3歳とすれば、人の言葉を理解できても不思議はない。
「あの人たち「ボス登場」とか「経験値」とか「レベルアップ」とか
穴のなかで後ろから聞こえくる言葉の意味がわかるって事は、私は・・・」
あの人達の仲間なのと言う言葉は音にならなかった。
「お前は、親父のオルセスの子で、・・・俺の妹だ」
そして、あんな、化け物ではないと言う言葉を飲み込み代わりに妹だと告げた。
例え種族は、そうであっても妹は意味のない殺戮を喜ぶ気違いじゃない。
「俺もお前も、誇りある辺境の勇者オルセスの子だ」
兄は妹に手を差し伸べ、妹はその手を掴む。
「さあ、何時までも父を・・・父たちをこのままにしては置けない」
「うん」
「手伝ってくれるか」
「うん」
少女の涙は、まだ止まらないが、立ち上がり散らばった体を拾い集めた。
いくつかどうしても、見つからない部分もある者もいたが、それでも
殺された人たちの体を集めては、元の位置へ置き。
76体の全てを埋葬の儀で塵と返し大地へと祈りを捧げた。
埋葬の儀は生き残った者が行う事で死んだ者の肉体は大地に返して
魂が再び蘇る事を願う儀式であり、そうしなければ魂は死体の側に
縛られてしまい。やがて怨念となって死体と共に動き出すと言われている。
たった二人。76体もの埋葬の儀は三日ほどかかった。
それでも、もくもくと行えたのは、再び生者として魂が黄泉帰ってきて
欲しいと願うからであった。