序章 2 ≪女神の涙 ティア≫
私達は、何もない空間に居た。
夢馬ちゃんの背に乗ったまま、黒く何も見えない・・・夜空が広がっていた。
どういうこと? 私は思わずベルナの顔を見る。
「もうすぐ、向こうから来るってさ」
「あれ?」
何やら丸く渦巻く灰色の球体が、確かにこちらに向かってくる。
「ヒヒヒーン」
「あっちだって」
ベルナが左上の方を指さす。
大きな水色に白い霧を纏った氷柱の様なものが、目の前にある薄黒い物体へと
向かっていくのが見えた。
「あれなに?」
「悲運を知らせるものだって」
巨大な氷の塊が、ものすごい速度で丸い何かにぶつかると氷は蒸発し霧が立ち込め
その球体は崩れて行く、勢いはとどまらず半分になった欠片は衝撃で爆発し
真っ赤に燃え上がる。いくつもの亀裂が入り赤く血の様に見えた。
「あれが、地を揺らすものだって」
やがて、ぶつかったものが粉々になったものと半分近く砕けたものが
細長く帯の様に続いていく、壊れた球体から伸びる棒の様に
それは太陽の光を浴びて砕けた黒い物体を白い霧が包む。
「あれが大地の杖と霧の巨人だって」
元の3分の1程度の大きさになった物からゆっくりと
細く棒状に伸びた砕けた黒い物体、元の10分の1程度塊を中心にして一つへと
集まり始める。そして棒状に伸びた線が千切れて、少しだけゆっくりと
3分の2を失った球体は、真っ赤に燃え上がる小さな物体として
徐々に液体の様なものに変わった。
「あれは?」
「隠すとか失うものだって」
3分の2奪った、もと氷柱の様なものは完全に消滅していた。
もう片方の少し小さな赤い塊に砕けたものが集まりまた1つの丸い球体が出来る。
爆発で一緒に移動した霧のようなものが赤い塊の周りを覆う。
夢馬ちゃんが、その塊へと進むと、それは思った以上に大きなものだった。
「えっ、こんなに大きいの」
「危険が無いように遠くに居たんだって」
霧を抜けて中に入っていく。
霧を抜けると、中は闇の世界だった。地面が赤く、流動していた。
「まるで地獄にいるみたい」
「うん」
「これが沸き立つ鍋だって」
「あっ所々、黒くなってきた」
「強酸が10の川となって、あちこちから集まってあの中央に集まって
フヴェルゲルミルが出来るんだってさ」
ベルナが、指さす方向にぶくぶくとした泡立つ、なんか気持ち悪い液体の
スープみたいなものが、集まって行く所だった。
「だんだん黒くなって来たね」
「ヒヒヒーン」
「そろそろ次に行くって」
夢馬ちゃんが、どこかに行くと言い出したので待っていると、移動したのは
同じ場所で、そこから少し未来の時だそうだ。
相変わらずの、黒い海でもちょっと大きくなってた。
「あっ、イツキちゃんみて地面が赤くない」
「ほんとだ山が出来てる」
「ヒヒヒーン」
「女神の涙が、そろそろ落ちてくるって」
「どういう・・・」
その時、太陽を遮る厚い雲を割って飛び込んでくる光の矢が黒い海に落ちた
直径3センチ程の涙の形の隕石が大量の黒い海を押し込み反動はさらに多くの
土砂を空中に巻き上げた。
上空を覆う霧と撒き上がった土砂で上空は2層構造となり、完全に太陽を遮った
大気温度400度、ほぼ大気は10気圧、火山の爆発ぐらいしか明かりは無い
真っ暗な世界が、そこに広がった。
「これじゃ、死の国ヘルヘイムじゃないの」
「んーと、生命の存在はもっと後だって」
「ええええ。ここから?魔物しか生まれないんじゃないの」
「黒海がやけにぶくぶくしてる」
「女神の涙が、おちて空気中のニ酸化炭素がいっぱい溶け込んだらしいよ」
「ああいっぱい空中に舞い上がったもんね」
「コーラみたいね」
私はぶくぶくしてる黒海をみながら、母様が誕生日に特別ってくれた不思議な
シュワシュワするコーラという飲み物を思い浮かべた。
「まっいくら似てても、あんな気持ち悪いの飲みたいとは思わないけどね」
「ヒヒヒーン」
「また、飛ぶって」
そして次の世界は大雨だった。
大気が冷えて、飽和した成分が地上へ降り注ぎ、10気圧もあった大気が減ってゆく
そして太陽を隠していた土砂も地表へと落ちて行った。
「あっあれなに?」
私はここへ来て初めて動くものを見つけた。
最初は気がつかなかったけど、明らかに移動してる水みたいなもの
緑色した液状のうようよした動きで岩場の間を動いている。
「うーん。知性があるようには見えないけど」
「そうだね」
「ボールぽい奴も一応生物なんだよね」
私は夢馬ちゃんの方に向いて聞いてみた。
「ヒヒヒーン」
「アレは、あのままだと、ただの刺激に反応するだけの物らしいわ」
「ふううん」
さらに私達は夢馬ちゃんに乗って移動していく。
「ねぇ。夢馬ちゃん段々生物が生まれるのは分かったから、一気に最後の方にして」
「ヒヒヒーン」
「わかったって」
今度は一気に目の前にいろいろ生まれて過ぎ去っていった。
そして、バッと明るくなった光が収まったとき、私達は薄暗い森の中にいた。
「普通の木ね」
「なんか、私達の国の森に雰囲気が似ているかも」
森を抜けて上空へ移動して見ると、そらは相変わらず白い雲に覆われていて
太陽は見えない。万年曇り空って感じかな。
「あっ、ねぇねぇ。なんか光ったよ」
「どこ?」
「あの森の奥の左、岩が見える処の近く」
「わかんない」
「行ってみましょう」
「じゃあ」
ベルナは夢馬ちゃんの首の付け根を軽く叩き指さした。
一瞬で移動する。その途端。ぞわっとする殺気にびっくりする。
「きゃああああ」
棍棒のような武器を振り回す、巨人が立っていた。
体長5メートルの全身が真っ赤な大男は、私達には見向きもしないで
何かを追いかけていた。
「ヒヒヒーン」
「こっちは夢の世界にいるから、
現実世界から攻撃はもちろん見えてもいないってさ」
「えっ、そうなの。まあ良く考えれば、それもそうか」
あんな地獄みたいな所にいても平気だったし、なんか干渉できるなら
とっくに死んでるわあんなところ。
『ぐちゃ』
真っ赤な大男は、手に持つ何かで小さいものを潰していた。
何か気になって、近づてもらうと胸が絞めつけられる。
「人」
そう、潰された者には首が残っていた。体は大地に減り込みつぶれて
肉片となってしまって、なにか分からないけど、それでも両手、両足の先が
辛うじて残っていた。飛び散る新しい血は黒かった。
「キャアアアアア・・・」
「あっ」
そこには、少女に向けて武器が振り下ろされていた。たまたま木の枝に武器が
当たった為、ほんのちょっと位置がズレて少女の横を霞める。
再び振りあげる大男に、私は呪文を詠唱しようとした。
「イツキちゃん、待って」
「なに」
「私達過去に来ているのよ。もしかしたら、
あの大男に何かしたら歴史が変わるかもしれない」
「何言ってるの!
目の前であなたの同族が殺されかけているのよ」
「そ、それでも・・・
歴史が変わるとあなただけじゃ済まないのよ。分かっているの」
「それじゃ、このまま黙って見ているしかないの?」
「キャアアアアア・・・」
再び、すでに硬直し顔を背け手を上げて立ち止まる少女の絶望に似た
叫び声が聞こえた。
私は考える前に行動していた。
「走れ我が光の矢よ。
巫女の娘、イツキが命じる。
彼の敵を打ち滅ぼせ 光爆矢弾≪キアーロ・フレッチャ≫」
前面に両手を合わせて開いた場所から、光の矢が飛びだして大男の頭に当たると
ボコボコとまるで顔の肉が沸騰したかの様に幾つも膨れ上がり爆散すると青い血が
首から上空へと舞い上がり辺りを染めた。
「ああああ。歴史的重要人物でありませんように・・・」
ベルナは両手を合わせて目を瞑り空に顔を向けて祈りだした。
私は少女に駆け寄ると、恐怖で失神したのか倒れて気絶していた。
「まあ、起きてても、私達の事は、この子見えないのよね」
夢馬ちゃんに聞くが、ヒヒヒンと嘶くも肝心のベルナが通訳もしないで一心不乱に
祈りを捧げているので、私なりに考える。
此方から、魔法による干渉は出来た。と言う事は、魔法的なものか、ここにある物で
体を作り、それを如何にか動かして、それを介して接触すれば良いのではと思った。
「あなた、いつまで、そうしているつもり」
とベルナが、きっとこっちを見返してきた。
「あんたねぇ。自分が何したか分かっているの。
もし、もしもよ。この首なしが、重要人物だったら私達の帰る未来がないのよ」
「あーはいはい。わかったから」
「わかってない。ぜっぜっん分かってない」
「ダイジョブだってぇ」
「なんでそう言い切れるの」
「だって私達消えて無くなってないじゃない」
「ほら、分かってない。今この時から、もしかすると
あんたの大好きな母様が死んでる世界かも知れないのよ。
それは、いまのあんたの行動のせいで」
「えっ、ほんとに? どうしよう」
「だから、干渉しちゃダメなんだって言ってるじゃない」
「どぉうしよぉぉぉぉ」
「おい、落ち着け今確認するから」
「うん」
「ヒヒヒーン」
「えっ」
「ヒヒヒーン」
「まじ」
「ヒヒヒーン」
「そうなんだ」
「ヒヒヒーン」
「ようするに、平気だって」
「平気なの?」
「ざっくり言って」
「うん」
「この世界ティアって言うらしんだけど、
滅亡するから多少変わっても関係ないってさ」
「あっそっか、私達の時代では霧の国って死の国になっているんだった」