そこに住まうもの達 7 ≪クレタ 中編≫
「あのお屋敷の方が挨拶に来たのでご紹介します」
「今日は皆さん、はじめましてクレタと申します」
集会場へ集まったみんなの前で村長の横から彼女は前へと進みお辞儀をした。
「マスタは、極度の人見知りですので家に籠もりがちですが
とてもお優しい方なので、嫌わないでください」
「あなたは、そこで何をされているのですか」
村長が聞くとクレタは当然の様に、右手の甲を上にして自分へと向ける。
「私はマスタのメイダァの一人です。
この度、こちらの村との交渉を任されました。
ですので、何か要望がありましたら私にお願いします。
それと、ここに私の住まいを作る許可を願います」
「あなた一人ですか」
「はい。此方への居住権の主張は私のみとなります。
夜は屋敷に戻りますので、実際は日中の間となります」
そんな感じで、紹介を終えて彼女の場所と言うのをどうするか話し出すと
彼女は事無げに「場所さえ頂ければ部屋は作ります」の一言に一同「ああ」
と一夜にして出来た屋敷の事を思い出して納得していた。
「では、私の横に少しスペースがあります。そこを提供してはどうでしょう」
診療所の脇には、確かに万が一の医療テントの為のスペースがあった。
しかし、現在はリオのポーションで瞬時に回復してしまう為、医療テントを
張る事は、ないと思われた。そこで皆は、確かにあそこは開いていると了承
した。リオとしては恩義のあるこの村に、怪しい者が住む以上、目の届く位置
にいて欲しいという意味もあった。その意図をマチも理解していた。確かに
現在、村の中で武力という点で見た時、魔法を使えて傷も治せる薬師のリオ
を越えるものはいない。
「あそこなら、私も近いので」
「まあマチちゃんの診療所通いはライフワークだから今までと変わらんか」
「んだなぁ」
「せんせとマチちゃんにぃ、まかせんべぇ~」
「んだのぉ」
「そんがよかっぺや」
「さのおぉ~」
「私が案内するから、付いてきて」
「了解しました」
クレタはリオの後に付き診療所の脇の空き地に来ると、呪文を詠唱し始めた。
地面に広がる青い紋章が、攻撃呪文ではない事を意味していた。
攻撃の場合は紋章は赤く染まる。しかし自分は本来防御の呪文を使って攻撃する
方法を編み出した。自分以外にも同様な工夫をする者がいるかもしれないと
身構える。
「構築、ブロック」
彼女は魔法で2重の囲いを作ると、その囲いの中に土砂を辺りから、かき集め
埋めていき。次に水を流し込むと泥と化した。
次に彼女は枯草を呼び出して泥と化した物の中へ枯草を閉じ込めると、今度は
攻撃魔法である赤い紋章を地面に浮き上がらせた。
「業火炎」
おそらく、囲いの中は灼熱の地獄となっているのだろう。土は赤く燃えていた。
「解」
そして、囲いが消えた時コの時型に壁が出来ていた。不思議に思い近づくと
彼女に呼び止められた。
「お待ちください。人では、まだ熱すぎると思います」
風が壁の熱を運び、かなり熱い事がわかり進むのを私は止めた。
彼女の風魔法が熱を奪うのを待って、壁に改めて近づくと、不思議な色と
テカテカとした質感の壁になっていた。
「これは」
「内と外の表面はガラス質の石を覆う様にしてあります。
こうすると手入れが楽になるんですよ。中はレンガみたいなものです」
「ああだから草を混ぜたのね。炭素として」
「そうです」
「厚さ30センチの瀬戸物か」
「床も同様です。後は屋根ですね」
次に彼女は、太めの木の前まで行くと、魔法を使って木材へと加工していく
見る見る内に板となりそれらを壁の内と外に張り合わせて行くように並べると
ドアや床、壁そして屋根へと溝らしき場所にうまく組み重なって繋がると
驚くことに、釘一つ使わずに、木材のみで作られた家が出来上がっていた。
釘というか木釘は1つだけ、扉の蝶番に当たる部分だけは木釘が使われた。
「こうして見てると魔法って便利ね」
マチの声がして私は振り向くと、呆然と立ち尽くす彼女が居た。
「中に入ります?」
「お邪魔させてもらうわ」
中に入ると、いつのまにか、テーブルなども一緒に作っていたのか中にあった。
一戸建てワンルーム。そんな感じだった。一か所を除いて
「ここは」
「そこは此れからです」
木ではなく、あの壁が露出している部分に、どこからか壺を二つ持ってきて
並べて置くと、その内の1つを屋根の上へと魔法で運んだ。
2つの壺にホースを取り付けて壺のある下へと垂らす。下の壺には1メートル
くらいの穴の開いたテーブルを壺の上に置くと穴に沿って凹んだ石を上にして
脇に支えの長方形の石を2つ用意した。上に乗った石の凹んだ中央には穴が開い
ていて、その下には壺が口を開けていた。
「これは、なに」
「もう少しですよ」
彼女は、位置を確かめる様に石の凹んだ部分の少し上に穴をあけて何かを刺し
入れた後、コルクガシの木から作ったものをセットして押し込んだ。
「この棒を上にあげるとネジになっていて緩みます。
すると中のコルクが水圧で押されて、ここから水が出ます。
棒を下にするとネジが閉まってコルクを押し上げて水を止めます」
「すごい」
マチが絶賛する中私は質問した。
「それ壺の水はどうするのよ」
「魔法で補充しますよ」
「そっか残念」
マチが答えを聞いて残念といった顔になった。
「なぜガッカリしているのですか?」
「村の皆で使えるかもって思ったけど魔法使えない人が殆どなのよ」
「ああ。なるほど、理解しました」
「魔法使いとは思えない仕組みね」
「マスタは魔法使いではありませんので、そうですね。
村全体に使用可能にする方法はありますが」
「えっ」
「皆さんの概算的な使用量を算出すれば、規模も想定できます」
「出来るの?」
「ようは高低差なので原理は簡単です。現在村の飲料水はどちらから?」
村は近くの山から流れている川の水を主に使っていた。
「川です」
村の川から山に150メートルほど登った先にある湧き水で出来た泉から流れ出た
ものが流れてきていると説明すると、泉だと少し高すぎるとの事で山の途中で
川から水を引き水溜まりを例の壁と同じ方法で作成した。
彼女の説明だと、丁度この高さが、村の位置より6メートル高いとの事だ。
水溜まりからホースを引き、川から村の入り口に高さ5メートルの台座を立てた
その上に水亀となる例の壁と同じ材質で作った箱を置きホースを刺し込む。
「では流しますね」
ごぼごぼと音を立てて、水亀が一杯になる。水亀の大きさは大体村人が使う
1日分の水量にしてある。
「高さを同じにして、ホースで繋げた場合。片方の水位が減ると片方から
補充されます。補充している方は川から常に流れてくるようにしてあり
ますから、川が枯れない限り水は自動的に補充されます」
「でも、この高さは登るのは」
村長の言葉に、首を振る
「各家庭にここからホースを引くのです」
「その先端に、これをつけて捻ると水が出たり止まったりするんよ」
「んんん。そりゃあべんりだなぁ」
「各家庭の庭にでも付ければ、庭の水まきも楽だべぇ」
「んだなぁ」
個人個人、それぞれの希望場所に設置するとホースは魔法で地面の下へ移動
させた。
「なにしてるの」
マチがクレタに質問すると彼女は「子供がいるのを確認しましたので」と答えた。
「どういう事」
私は、そんなマチに、走り回っているのを彼女が見てホースで転ばないようにって
考えたんだと思うよと教えた。
「クレタさんて優しいですね」
「えっ、そ、そうですか。考えたこともなかったので」
「メイダァだものね」
「そうです。相手の行動を察するのがお仕事です」
水亀は石蓋はしてあるが、櫓に屋根と梯子を付けて完成させた。勿論、念のため
私の結界フィルターを唱えておいた。水以外の毒素的ものが結界に触れれば排除
する筈であるが、この事は内緒にした。
この水管のおかげで、しばらくすると、さらにお湯にする方法が考えられた。
まず水管を薄く広くのばして、屋根に置き夜になったら、それに繋がった口を
捻るとお湯が出る。これを水溜まりに貯めたものを、別の口から出した水で
温度を調節して風呂を作った。
温泉は山にしかなく家庭で風呂に、はいれるようになって村人の生活は清潔な
ものへと変わり、病気になる人が減って行った。
温水は煮炊きにも使われ火の節約にもなり、炭、薪の使用量が減り子供達の
薪拾いの時間が減って遊ぶ時間が増えたと喜んだ。
宿屋の親父は、大きな露天風呂を作り目玉としたおかげで旅の行商人が村の噂を
聞きつけて立ち寄る様になり、村は発展していった。
半年もたたない内に村は、町と言っていいほどの人口が集う様になり宿場町と
して大きく成長していく事になった。
同様の村は他にもあったが、やはり露天風呂が、泊まり客はただで入れる
魅力は、旅の疲れを癒す目的にもなり隠れた秘湯みたいな扱いとなっていた。
そんなある日、勇者御一行が村に訪れたのも露天風呂の話を聞いたからだった。




