王都陥落
時は少し遡る。ドラド王国の建国より初めての内乱が発生した。
精霊を神格化し巫女による統治を初めて数百年。
アルクダ女王がまだ国を統治していた時代。
ドラダ軍団長率いる軍勢 5,000騎が、神殿を取り囲みつつあった。
ドラド王国の兵数は総勢2万程度、それが両者の下に二分し戦った。
内8,000程が元王女についてケウラの丘でドラダ軍7,000と対峙していた。
その戦いは、やや王女側が有利な展開となるも兵7,000は囮であった。
闇の森を迂回して、ドラダ軍5,000騎で王都へ直接攻め込まれた。
王都にも500程度は存在するものの、騎馬5,000に対峙できる戦力ではなかった。
しかし防衛と言う点では城壁が突破されるまでは、しばらく間があった。
アルクダ女王は、親衛隊に対してまだ幼い我が子を差し出して頼んだ。
「マイア、エーレ、ターユ、アル、ケラ、ステロ、メロ。ソナタ達に、
我が娘を託したいのです」
女王の前にマイアは跪き剣を持つ手を背に回して進言する。
「アルクトス様なら必ず、ドラダ軍を打ち破りケウラの丘よりお戻りに
なられます、今しばらく・・・」
そんなマイアに暗い顔でニッコリと微笑み返した王女の顔を見て彼女は悟った。
巫女が言っているのだと、ほかでもない月読みの巫女の言葉なのだと。
それは、間に合わない事を知っているのだと言う事を・・・。
その跪いたマイアの横を通り、王女を抱き上げるたメロはマントで幼子を包むと
即座に踵を返した。
それを見たエーレ、ターユ、アル、ケラ、ステロは同じようにマントに手頃な石を
包み込むと、胸元に縛り付けてた。
「メロ2番目に行きなさい」
エーレは、指笛を吹き、駆けつけた馬に跨りそう言って神殿から一番に走り出す。
言われた様に次にメロは走って、馬とは違う左へと走った。それを追う様にターユ、
アル、ケラ、ステロも同様に走り出す。
マイアは一人、女王の側に跪いたまま拳を握りしめていた。
そして、そこからの決断は早かった。即座に兵を2つに分けて1つはこの神殿の
警護にあて、もう1つを指揮して城外に躍り出た。包囲しようと展開していた
騎馬1000の左翼を食い破る様に突き進む。
「だれぞ、女性兵はいないか」
数名の女性兵が前にでる。
「いまより、ミュース隊になってもらう」
「「「はっ」」」
内5名を選び、ミュース隊の鎧を着させた。
「よいか。いくぞ」
マイア率いる5名は、王都を包囲しようと5部隊に分かれたドラダ軍の
ブーゼ将校の指揮する部隊の側面を捕らえた。
「逆賊ドラダに組する反逆者、ブーゼの首。このミュース隊マイアが
もらい受ける」
声高々にマイア、他5名はブーゼ将校の騎馬に迫った。
ミュース隊一の俊足とうたわれた馬を扱ったら右に出る者はいないと言われる
マイアにとってブーゼの横に着くことなど容易いことだった。
突出した6名の後からマイアの兵達もブーゼ部隊の側面に着きつつあった。
その数1000対300、到底勝ち目のある戦いではなかった。
しかし、彼女の勝利条件は王女の脱出であり、その為の包囲妨害なのである。
流石に自軍の将がいるマイア周辺には矢は飛んでこないが、他の兵には
言葉通り雨の様に降り注ぐ矢の中を盾と剣で払いのけて突き進むマイアの兵達
に気後れした部分もあり、見事にブーゼ隊は混戦状態へとなりつつあった。
致命傷には至らぬものの肩や背に矢を受けたまま敵兵に切りつける兵士達は
まるで死者が襲い掛かって来るような錯覚すら感じた。
ブーゼとマイア、騎乗での剣戟は左手に回ったマイアが優勢であったがブーゼに
とっても盾が使いやすい位置でもあった。
その後方もう1つの1000の部隊を指揮するホロセムは自軍に弓を引かせる。
「敵ミュース隊長マイアを狙え」
「ホロセム様、この位置ではブーゼ殿も巻き込まれますが」
「かまわん、狙え」
一斉に1000の矢がマイアへと向けられる。
「射て」
突如飛来する1000本の矢に、思わず盾を上にして防ごうとするブーゼに
対してマイアは切っ先をブーゼの首に当てた。ぱっくりと開いた切り口から
血吹雪をあげ徐々に横に胴体と離れていく。そして矢を受けた馬が、地に
倒れブーゼとマイアの体を矢がハリネズミの様に突き刺さった。
それでも、マイアは立ち続けて剣で矢を払い、肩や胸当てに刺さった矢を
引き抜きポーションを傷口に直接、振りかけて傷を癒す。
「ホロセムか」
自軍の将がいる場所に矢を放つ、そんなことをするのは彼ぐらいしかマイア
には心当たりがなかった。
奴の事だ、おそらく目の前兵達の一番後ろにいるのだろう。
マイアはホロセムの手にある盾を取り弓兵の中へと駆け込んでいく。
それらを、眺める部隊があった。ドラダ将軍率いる本陣には軍師クリュソスが
状況を確認しつつ指示を出していた。
「さすが、一騎当千と謳われたマイア殿、いやはや中々手強い」
「伝令、ブーゼ将殿討ち死」
「ああ、いいですよ。そういう報告は、見てますから」
クリュソスは、自ら作成した千里眼を覗き込みながら、駆けつけた兵に言った。
彼は錬金術師としても優秀であった。魔物達が使う魔法や、巫女が使う妖術を
ただの人間が使える術はないかと研究をして錬金術師になった。
「では、そろそろ退場して貰いますか」
腰から2つの短剣を取り出して重ねると筒状へと変化させる。
「将軍、500人ほど減らしてもよいですかな」
「止めても無駄であろ。好きにするがいい」
横の椅子に座っていたドラダは危険かもしれんなとクリュソスを見た。
「開放」
短剣の筒から光が走りマイアとその周辺の兵を巻き込んで爆発にも似た
放電現象が半球状に広がっていた。
電撃が胸を足を手を顔を貫き、その部分は焼け焦げた。マイアは肩と左足に
受けて全身が硬直した後、白目をむいてガクガクと震えて倒れた。
「伝令、都市の東門よりエーレらしき人物が馬で走り去り南に向かったとの事」
「それは拙いですね。追手ください。あっ、それとエーレ自体は囮ですから
おそらく他の者が東の森に向かうでしょう」
「ドロス、お前に任せる」
「はっ」
「では、私からはこれを」
クリュソスは両手剣を取り出すと彼はドロスに渡して前線まで移動した。
気を失って倒れているマイアを見つけて、関心した様に呟く。
「さすがですね」
彼女の周りの兵士は息をしていなかったのに、彼女は生きていた。
「まあ、この距離ですから直撃はしてないとしてもね」
そしてマイアの頭に金色のリングを装着させると、小さな箱に赤いボタンが
付いたものを取り出して押した。
「うっぁ・あっぁ・・」
マイアの体がビクンと跳ねる。
「目が覚めましたか」
「はい」
虚ろな目をして、マイアが応える姿を見た同行していたドロスのマユがあがった。
「何をしていた」
「王女を逃がす時間を作る為に戦っていた」
「なるほど、それでミュースの格好をしたものがいたというわけですか」
「はい」
そこでボタンを放すとマイアは意思なくボーとしていた。
ドロスが聞く。
「どういうことですかな」
「王女を逃がすのが本物のミュース達でマイア1人が戦ったというわけです」
「いや、その事ではなく」
「ああ、これですか。おもちゃですよ。前頭前葉に電圧をかけて側頭葉の
一部に電流を流すと自我意思を無くしてエンドルフィンを分泌します。
その状態で質問をすると、自我意思がないので素直に答えるですよ」
「嘘の可能性は」
「無意識で嘘をつくとしたら、当人はそうだと信じているって事ですね。
まあエンドルフィンによる多幸感と前頭葉の麻痺によって嘘をつく事は
出来ない筈ですよ」
ホロセムに向き直ったクリュソスは、箱を抛って渡した。
「兵のお詫びです。それとブーゼの残った兵を任せます。
すこし1000より多くなりますが良いでしょう。
それと、それは何でも言う事は利きますが複雑な命令は理解できませんよ」
再びドロスに向き直って
「では、ドロスさん王女を追ってくださいミュース達の生死は問いませんが
なるべく王女は利用価値があるので生かしておいてくださいね」
その後、ホロセムによって操られたマイアが城壁の扉を開けてドラダ軍が内部へ
侵入して王都は数時間で陥落した。結局、ターユ、アル、ケラ、ステロの4名は
捕らえられ頭にリングを付けられ各将達に褒美として与えらた。
しかし、エーレとメロの二人は行方が分からず、王女も捉えるに至らなかった。
その頃、エーレはケウラの丘でアルクトス配下に参加していた。
互いの軍が絡み合い泥沼化するなか、彼は数名の部下と共にドラダ軍を率いる
アットレ小将を打ち取り、勝利を収めたが大半の兵を失い残数3000強まで減って
いた為に王都陥落の知らせを受けても動けずにいた。
事実上3000対4000まで互いに減っていたのだが、王都を抑えた相手に数が少ない
アルクトスには定石の3倍の兵力には遠く手立てがなかった。
「アルクトス様」
「エーレか」
彼女は跪き、しかし顔は下げずにアルクトスの顔を見た。
「ここは一度引くべきかと思います」
アルクトスの顔が歪む。
「アルクダを見捨てよと申すか」
そんなアルクトスに対して彼女は何一つ態度を変えずに答えた。
「はい」
エーレは死を覚悟で進言した。また、それをアルクトスも理解していた。
見つめ合う二人、そして溜息を漏らすアルクトスは告げた。
「行く気なのか」
「はい」
「そうか・・・わかった。わたしはエルフの森のさらに北へ行く」
一度横を向いたアルクトスは、エーレの顔を見て言った。
「すまぬ」
アルクトスの言葉に、エーレはやっと顔を下げてから立ち上がると王都へ向けて
馬を走らせて行った。走り去る彼女を見つめていたアルクトスは、全軍に号令を
出して東へ進路を取った。
敗残兵とは言え、ケウラの丘での戦いで勝利した事が敗走中の士気を高め必ず
再戦するそう一人一人が胸に辛い道のりを踏みしめていた。
「だいじょうぶか」
倒れたものへ手を差し伸べる。
「ああ、これくらい何でもない」
震える足を手で無理やり抑え込むように立ち上がった。
「もうすぐ、温地の沼だ。皆そしたら少し体を休めよう」
森の奥、辿り着いた、その場所は池と言うには広すぎて、湖には狭い沼があった。
「この上の奥に泉がある。水の補給を済ませる様に」
「ここの水は、濁っいるんですね」
「ああ、ここはいたる所に温泉が沸いていてな。触ってみろ温かいぞ」
「おお、これは」
「風呂でも作るか」
何人かが手伝って岩を動かして言われた場所に設置する。
「源泉の一つを石で囲う様にして、上の泉から水を流す筋を作れば完成だ」
沢に木を拾って水の方向を定めてやると木に伝わって目的の場所へ誘導されて
流れ出す。また、それに木をそえていく、何度目かで石の囲いへと辿り着く
「ここまで来ればあと少しだ」
「なんかいいですよね」
「ああ」
戦いではなく、皆で風呂を作る。
木を伝い清水が源泉と混じりあい水嵩を増していくのを眺めて腰をおろす。
「今日はここに泊まって明日、出発だ」
とその時女性陣から予想だにしなかったブーイングがとぶ。
「殿方はそれでよろしいかと思いますが、これでは入れません」
言われてみれば風呂は丸見えなのである。
「おお、そうか、男性諸君。各々マントの出番がきたぞ」
アルクトスは、柱を立て横に紐を掛けると自分のマントをソレに広げた。
男性達は、一斉にマントを提供して簡易の目隠しを作り上げる。
ずらりと並んだマントの壁で岩風呂は隠れる様になった。
「高さ的に顔は見えてしまうが、そこは我慢してもらおう」
そう言ってアルクトスが笑うと女性陣から「しょうがない」といった声が
聞こえて来た。




