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#6

「うん、どこがおかしいと思うの?」


 まるで学校の先生のような口調で、櫻井先輩が尋ねた。


「まずおかしいのはあの男の格好。ブルーシートだと光が透けて漏れることは、考えればわかるはず。スーツも穴を掘る格好じゃない。いちおう、うえからジャージを着てたけど、それなら最初から着替えてくればいいし。浅いところを掘りたかったにしても、ちいさいスコップだったし、真面目に探そうとしてるとは思えない」


「えっ、だって、それは慌ててたから、あんな格好になったんじゃないの?」


 という私の言葉に、


「何日もずっと慌ててたの? おかしくない?」


 とチカちゃんが答えた。


「あっ、そうか」


 そういえばそうだ。男が現れたのは一日だけではない。少なくとも二回。今日と星野さんが見た日に現れている。夜しか時間がなかったとしても、いや、だからこそ、考える時間はたくさんあったはずだ。


「なるほど。そこは気になるね」


 と櫻井先輩がうなずく。


「慌てただけじゃなくて、準備ができない状況だったのかもしれないね」


 ――準備ができなかった?


 と思ったが、私がそれについて質問する前に、櫻井先輩が「ほかには?」と促していた。


「あと、なんで夜にあの男が、地面を掘り返してたの?」


 この疑問にも、答えは出ていたはずだった。

 サラリーマンだから。昼間に時間がないから。夜しか掘りに来られなかった。その理由では、ダメなのだろうか。


「うん、チカちゃんが言いたいのは、『なんでほかの人間ではなく、あの男が』ということだね。ほかのひとに頼む手もあった。わざわざ夜に掘らなくても、その方が早い。学校から帰った子供に探させるということもできるし、子供がいるんなら、たぶんもうひとり、頼める相手はいるよね」


 ――頼める相手?


 と思ったが、櫻井先輩はどんどん話を続けてしまう。


「これは忙しくて探してもらえなかった。あるいは昼間に探してもらっていたが、見つからなかったとも考えられる。可能性はいろいろあるね」


「じゃあ、あの男のひとの態度。スマホを探していることを隠したがっているようには見えなかった。私たちに、スマホが埋まっていることとか、バツ印のこととか、話す必要なかったはず。本当に隠したかったなら、絶対話さないと思う。ごまかせばいいだけ」


 櫻井先輩はこれにもうなずいた。


「たしかに、それほど隠しているようでもなかったね。あの男が隠したかった相手は、僕たちではないのかもしれない。だからごまかす必要も感じなかった」


 ――隠したかった相手?


 と思う。だが私をおいて、さらに話が進んでしまう。


「その隠したかった相手が分かれば、何を隠したかったのかも予想はつくね」


 櫻井先輩の言葉にチカちゃんはため息をついて、


「そう、最低」


 と短くつぶやいた。

 形のいい眉をひそめて、ずいぶんと、機嫌が悪い様子だ。


 ――どういうこと?


 と首をかしげる私に、櫻井先輩が言った。


「ひとつ一つの疑問に対する解答は、いくつも見つかる。だけど、全部を説明できる解答は限られてくる。男が隠したかった相手は、奥さんなんだろうね」


「奥さん、ですか?」


「そう、奥さんに隠しておきたかったんだ。スマホの中身を。そして、スマホが空き地に埋まっていることも隠したかった。奥さんに掘り出されれば、中身を見られてしまうからね。

 できる限り、事情を隠しておきたい。スマホのことを探られたくない。だから、準備をして出かけることができなかった」


 ――奥さんに、スマホの中身を隠す。


 なんだかそういう話を聞いたことがある、と私は思った。いったいどこで聞いたのだろう。


「しっかり準備をして、ジャージを着て、シャベルを担いで、光が漏れないような厚手の毛布を抱えて出掛けたら、これは怪しいよね。確実に、『何をしに行くの?』と聞かれてしまう。これは困る。

 会社帰りに探すにしても、大きな荷物を用意すると、今度はそれを隠す場所が問題だ。この住宅街に、そんな場所は見当たらない。空き地に荷物を隠すと、もしそれが見つかったときに、空き地が注目されてしまう。そんなことはしたくないだろうね。

 それにたぶん、男の家はこの空き地の近所だ。子供が遊びにくる程度の距離だからね。それなら、自分に繋がる荷物は置いていくわけにはいかない。奥さんにこれが見つかるかもしれない。

 だから、かさばらないようなもの、ブルーシートとちいさなスコップくらいで、スマホを探しに出かけた。ああ、それと畳んだジャージかな。疑問に思われるから、ジャージで出かけるわけにはいかないけれど、スーツで穴を掘ると汚れてしまう。着替える場所もないから、苦肉の策で、ジャージをうえから着たんだろうね」


 奥さんに知られたくない。何も知られるわけにはいかない。その状況なら、たしかに準備はできないのかもしれない。男はなにくわぬ顔で、「上司に呼び出された」とでも言って、家を出たのだろうか。そのとき着ている服は、ジャージというわけにはいかないだろう。


「星野くんに見つかってスライムだと勘違いされる。そんなふうに隠れ方が中途半端なのも、奥さんにバレなければいい、近所の噂にならないように目立たなければいい、という程度の考えなら、まあ、わからなくもない。ブルーシートを被ったほうが、地面を観察しやすかったのかもしれないね。ほかに準備ができなかった、というのが大きいだろうけどね。

 昼間に探してもらえないというのは、これは当然だね。奥さんに頼むことはできない。隠したい相手、その本人に頼むわけがない。子供に頼んで掘り返してもらっても、それを奥さんに渡してしまうかもしれない。

 一番のネックはこの子供だ。スマホのことを知っている。子供が埋めたんだからね。そして、それを母親に言うかもしれない。口止めをしても、これは信用できない」


 まだ小学校に上がったばかりの子供なら、口止めをすればするほど、喜んで喋ってしまうこともありそうだ。うっかり口を滑らせたり、そもそも口止めをされたことを覚えていてくれないかもしれない。


「男の話はやけにあいまいだった。『バツ印のところにある。そういう印があるらしい。あとは忘れたらしい』というふうに言っていたね。本当に探したかったのなら、もっと詳しい話を聞き出そうとするんじゃないのかな。でも、あんまり子供を追い詰めて、母親に相談されてしまうと困る。これでは怒ることもできない。実際、『怒るつもりはない』と言っていたね。

 結局、子供がスマホのことを気にしてしまうと、それだけでまずいんだ。母親に――この男の奥さんに、知られるリスクが高まる。普段どおりにすごして、スマホのことを忘れてもらうのが一番だ。そうすると、こういう対応しかできない」


 もっと情報を聞き出したくても、どんなきっかけで口を滑らせるかわからない。秘密を守ってもらうために、腫れ物に触るような扱いしかできない。これは男にとってははがゆい状況だろう。


「それに、男は『家ではスマホを手離さないようにしている』とも言っていたね。それは、家のなかに見られたくない相手がいたからだろう。たとえちいさな子供がいたとしても、家のなかで手離さないようにしているというのは、少し大げさだ。手の届かないところに置いておくくらいでもいいだろう。

 一方の僕らは隠したい相手ではなかった。その僕らに興味を持たれてしまったから、納得して早く帰ってもらうために、ある程度本当のことを話した。そんなところかな」


 たしかに、全部繋がっているように思える。櫻井先輩の言うとおり、全てが奥さんを指し示している。


「じゃあ、隠したいことって……」


「どうしても奥さんに隠したいことだ。それがスマホのなかに入っている。いったい何なんだろうね?」


 ちょうどこの少し前の時期に、ワイドショーを騒がせていた事件があった。芸能人のスマホの中身が週刊誌に掲載されたのだ。

 しばらくのあいだ、テレビはその話題でもちきりだった。かわるがわる、さまざまな「識者」が画面に現れては、似たようなもっともらしいコメントを残していった。ひとつの話題でよくもこれだけ騒げる、と呆れながらも、私はそれらのニュースをしっかりチェックしていた。

 そのことを思い出して、私にもすぐに隠したいことの予想がついた。

 不倫だ。


「うわっ、最低ですね……」


 気の弱そうな顔をして、よくもそんなことができると思う。奥さんがいて、ましてや子供がいるのに。


「まあ、想像だけどね。違う理由があるかもしれない」


 と櫻井先輩は言ったが、どう考えても間違いないと思う。それ以外に、あんな格好をしてまで、どうしても奥さんに知られたくないものなんてあるだろうか。


「あれ、想像? 櫻井先輩、スマホの中身、見なかったんだ?」


 チカちゃんの問いに、


「そりゃあ、ひとのスマートフォンの中身を勝手に見るわけにはいかないからね」


 と眉を上げながら答えていた。


「ふーん」


 と言ったチカちゃんの顔は、いまだに不機嫌なままだった。大学に入って、出会ってから、こんな表情の彼女を見たことはなかった。

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