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#2

「うーん、でもやっぱり僕にはスライムに見えたんだけどな」


 特に何の感情もこもっていない様子で、星野さんがポツリと言う。


「まあ、いいから。どういう状況だったのか説明してみたら」


 櫻井先輩が促す。

 それにうなずいて、


「うん、それでね」


 と星野さんが話し始めた。


「夜、十時くらいかな、夜食を買おうと思ってコンビニに行ったんだ。うちの近所、ちょうど店が少ないから、ちょっと歩かないといけないんだけど」


「ああ、住宅街だからね。あの辺りは店がすくないだろうね」


 櫻井先輩が言った。星野さんの自宅を知っているらしい。


「十時だと暗いし、それにメガネもかけてなかったんでしょ」


 チカちゃんが言う。こちらは、見間違いということで片付けたいようだ。


「そう、でも、あの辺り街灯がないけど、ほとんど車も通らないから心配ないよ。メガネを持ってくるのも忘れたから、もうそのままでいいかなって。それで、うん、メガネはかけてなかった。そしたら空き地に通りかかったときに、青い光が見えたんだ」


 ――青い光?


 また予想外の言葉が飛び出してきた。

 スライムの話だったはずだ。


「何かなあと思って空き地に近づいたら、地面に青いのがベッタリ張り付いてて、それが薄く光ってるんだ」


 スライムが光っていたということのようだ。


 ――思ったよりも気持ちの悪い話になってきた。


 と私は思った。

 夜の空き地で青く発光する正体不明の物体というのは、たとえ本物のスライムでなくても薄気味悪い。


「どれくらいの大きさ?」


「たぶん、1メートルはあったんじゃないかな。2メートルかな。大人がすっぽり入るくらい」


 チカちゃんの質問に、星野さんがそう答えた。


「ひらべったくて、地面から少し盛り上がっててね、お皿をひっくり返したような感じ。それでスライムだと思って、ああ、いるんだなって――」


 と星野さんがそのときのことを思い出すように視線を天井のほうへ向ける。


 1メートル以上の大きさの、青く光る地面に張り付いた物体。そんなわけのわからないものがあったら、私でもスライムだと思うのかもしれない。


 ――それよりもまず、逃げるだろうか。


「それで、ガサガサとか、シャリシャリとか音がするんだ。音と一緒に動いてるような気がして、よく見てみたんだけど――」


 星野さんの話は、妙に細部がはっきりしていた。見間違いにしては細かすぎるように感じる。光、それに音まで。しかも――。


 ――スライムってそんな音なんだ。


 と思った。

 私のなかでは、スライムというものは水分が多くて、表面が湿っていて、べとべとして、両生類などに近い生き物というイメージだった。もちろん、もしいるとすればの話だ。そして両生類は、私の守備範囲ではない。


「その青いものの下から、足が出ていたんだ。人間の足」


 と星野さんが言った。

 一瞬、頭が真っ白になる。

 私は静かに息を吐いて、呼吸を整えた。


「そういうの、やめてください。苦手です」


 頑張ってきっぱりと言って、チカちゃんの手を握った。大丈夫だよ、というふうに握り返してくる。


「いや、あの、怖がらせようとしてるんじゃなくてね、違うんだ。本当に足が出てたんだよ」


「まあ、いいから続けて」


 相変わらず微笑みを浮かべたままの櫻井先輩が言う。いつもより、若干口角が上がっているような気もする。


「うん、そしたら顔が、いや本当にね、顔が出てきたの。表情とかはわからないけど、人間の顔。スライムの下から出てきたの」


 想像してみた。

 スライムの下から顔だけをのぞかせている男。体の大半はスライムに覆われたままだ。苦悶の表情で助けを求めている。「苦しい、助けてくれ」。だが、それは罠だ。助けようと近づいたものは、スライムに捕まってしまうのだ。


 そんなの、ホラーでしかない。


「でね、心配だから聞いてみたんだ。『大丈夫ですか?』って。そしたら『大丈夫』って返事が返ってきて、そうは言ってもどういう状況なんだろうって思って、見てたんだけど、『本当に大丈夫だから。気にしないで』って追い返すみたいに言われて――」


 そこまで言うのなら本当に大丈夫なのだろうと考えて、星野さんはその場を去ることにしたのだという。


「大丈夫なわけないですよ……」


 と私は言った。

 スライムのようなものに体を飲み込まれて、足と首だけになっているのだ。

 そんな人間が大丈夫なわけがない。


「そもそもスライムっているのかな?」


 私が言うと、チカちゃんが答えた。


「いるわけないじゃん。ゲームみたいなのはいないよ」


「あっ、やっぱりそうなんだ。そうだよね」


 と私はうなずいた。いちおう聞いてみただけだ。これはわかりきったことだった。


「いや、そう思うんだけどさ、バクテリアとかアメーバとかそういうのがさ、集まってスライムみたいになったりすることもあるのかな、と思って」


 と星野さんが言う。そう言われればやっぱりそんな気がする。理系の授業は真面目にやってこなかったから、実際にあり得ることなのかどうなのか、わからない。


「粘菌とかなら大きな塊になることも、まあ、あるけど。人間は食べないはず。見間違いでしょ」


 チカちゃんが言う。

 見間違い。それはそうだろうと思うけれど、いないこともないという話を聞いて、不安が膨らんだ。

 だいたい、人間が顔をのぞかせていたということまで見間違いなんだろうか。星野さんは声を聞いたとまで言っている。


 櫻井先輩の顔を見ると平然としていた。私の視線に気づいて、眉をあげてみせている。さらに、


「ふーん。ちょっとその空き地に行ってみようか」


 と恐ろしいことを言う。本当に星野さんから場所を聞き出していた。


 ――もしいたらどうするんだ。


 と思ったが、周りの様子を見て、なんだか恥ずかしくなってしまった。

 みんな怖がっているようではない。星野さんは何も考えていないようだし、チカちゃんは信じていない。櫻井先輩は面白がっているだけだ。

 私だけ真に受けて怖がっているなんてことは、言い出せない。


「じゃあ、今度みんなでご飯でも食べに行こうか。スライムを見学するついでに」


 話はまとまったというふうに、櫻井先輩が言う。


「いないと思うけど」


 チカちゃんが答えた。あまり乗り気ではない様子なので安心していると、バッグから手帳を取り出していた。


 ――なんで手帳?


 と思っていると、チカちゃんが続ける。


「で、いつ?」


「次の金曜日かな。土曜だといないだろうしね。金曜でもいるかどうかはわからないけど。九時くらいに集まろうか。お腹空かせておいたらいいよ。ご飯を食べるついでだから。行きたいお店があったら教えて」


 と私をおいて話がどんどん進んでいく。もうスライムを見に行くことは、決まってしまったようだった。


「なんで土曜だといないの?」


 星野さんが聞くと、


「土曜日は休みかもしれないしね」


 とわけのわからないことを言っていた。

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