胃袋掴んでみました
思いつきなのであまり内容は細かく決めてません。
「やはり我の専属の料理人に! 山の幸や乳製品を使いたい放題だぞ」
そう言うのは、真っ黒な髪と紅い目の全身黒ずくめでザ・魔王を言う容姿をしている人物。
無表情で威圧的がデフォルトのはずなのに今はご主人の気を引くワンコのようだ。
「貴女(の料理)を愛しています! こちらに来れば海の幸と輸入品も数多く取り揃えております」
輝く金髪と蒼い瞳のザ・王子様。彼もまた彼女にアピールしている。
そんな二人にカウンター越しに求愛(?)されているのは困惑顔のエプロン姿の薄茶色の髪と瞳のしゃもじとお茶碗を持った少女。
えーと、その、あの……と一方的に話しかけてくる二人の人物に困り果て、視線を彷徨わせて助けを求めている。
ヒートアップする彼らを止める人――いつもの事なので――は誰もおらず、彼らがカウンターに手をかけた瞬間……。
ばこん! ×2
いつの間にか少女の代わりにカウンターの前に立った彼女と同じ色合いの少年と赤茶色の短髪で碧の瞳の少年が、いつものように彼らの顔に金属のトレイをぶち当てた。
2人はニッコリと微笑むと
「お客様方、当店は食堂となっております」
「注文なき場合は速やかに、さっさと、とっとと、出て行きやがれ?」
「魔王なのに……」
「王子なのに……」
「夏穂が言うからしなかったけど……」
「出禁にするぞ、オマエラ」
「肉じゃが定食で」
「サバ味噌定食で」
「「ご注文ありがとーございましたー」」
すごすごと席へ移動する魔王と王子を見送った二人は苦笑いとうんざりした顔で彼らを見て同時に「懲りないなぁ」と言葉をこぼす。
そんな事が毎日のように起こる元巫女と元勇者とシノビの少年たちの小さな食堂。
はてさて事の起こりはなんだったかと申しますと―――。
御祓夏葵と御祓夏穂の双子の兄妹はある夏の日に育った孤児院の裏にある竹林に行った時に光に包まれそのまま消えた。
光に包まれた彼らが気づくと石で造られた祭壇のようなものの前にいた。
そこにいた白いローブを着た神官長の話によればこの世界の危機に勇者と巫女として呼ばれたそうで元の世界には帰ることは出来ないと言うことだった。
兄妹は別段驚くこともなく、その世界の人間をまとめる国の王と会い魔王城へ行くことをある条件と共に了承し、その国の王子神官長補佐と共に魔王城へと旅立った。
彼らが驚かなかった理由は光の中で自称カミサマと会い、その世界の安定をお願いされ召喚される世界が自分たちの暮らしていた世界と食料の種類が同じと聞き来ることを了承した。
それと兄は魔法も剣術も敵う者なしのスキルを、妹は絶対防御と厨房設備の異空間をもらっていたのだ。
彼らの旅は多少のハプニングもあったがすべて巫女である妹の料理が解決すると言うほのぼの仕様で進み、途中でと名をはせた戦士と魔法使い、シノビも仲間にした。
念のために書いておくが、兄のスキルもちゃんと役にたっていたのでご安心を。
……料理の材料確保だったり、美味しい食材のための農地改良だったりしますが。
そうやって旅を続けた彼らはとうとう魔王の住む魔王城へとたどり着いた。
いつもどおりの美味しい夕食を食べ、休めるものから交代で各々が休息をとる時間。
勇者と巫女の兄妹とシノビの少年は妹――夏穂の厨房設備の異空間で明日のためのお弁当を作っていた。
「ナツ兄、野菜の飾り切り終わった?」
卵焼きを手早く作りながら夏穂は味付け以外なら器用な兄――夏葵に声をかける。
人参、蓮根、蒟蒻、里芋などの炊き合わせ用のものやサラダ用の野菜の飾り切りを終えた夏葵が答える。
「うん、野菜くずは出汁用の鍋で良いの?」
「そうだよー、弱火でよろしく」
「了解。次は何すればいい?」
「んと、唐揚げ用のお肉の準備、お願い」
「わかった。……あれ? ソウヤは?」
野菜出汁用の鍋に火をつけて、次の指示のために冷蔵庫へ移動しようと視線を上げると一人いないことに気が付き、妹へ尋ねる。
シノビの少年――ソウヤは年が近いことと旅の仲間の中で料理が出来るため行動を共にすることが多い。
しかし、夏葵は彼がその理由だけで自分達――特に妹の側にいるのではないと知っている。
「ソーヤくんなら足りなくなった調味料を……あ、戻ってきたよ」
「……まったく、カホはシノビをなんだと」
「あ、ソーヤくん。ありがとう~」
「お、おう」
助かった~とほころぶ様な笑顔の夏穂に耳を真っ赤にしながら横を向いて答えるソウヤ。
その光景に夏葵は楽しくて仕方がない。
堪えようとしてもつい、ぷっと吹き出してしまい、ソウヤに睨まれるが目元まで赤くなっている彼に迫力はない。
「んだよ、ナツ。言いたいことがあるなら言え!」
「くくっ、良いの?」
「あ、あぁ……?」
「じゃあ、ソウヤは夏穂のことす……「だー! ちょっと待て!?」」
流石シノビと言ったとことか約2メートルの距離を一瞬で移動したソウヤは慌てて夏葵の口を塞いでバッと夏穂をみれば、夏穂は「ソーヤくんすごいねぇ」と感嘆を漏らしていた。
「オマエ、何言おうとしたんだよ!」
「えー、ソウヤが言いたいことって言ったから夏穂の……」
「それ以上言うな!」
「えー」
「えーじゃない! 性格悪すぎ」
「そんなことないよ。ソウヤなら夏穂のこと大事にしてくれると思ってるし」
「なっ! おまっ! ちょっと!」
「ソウヤ、シノビなのに動揺しすぎ」
「オマエ知って……?」
「僕からしたらバレバレだよ」
「まじか……カホにもか?」
「ううん、夏穂は気付いてないよ。だーれのも」
「はぁ、良いのか悪いのか……」
「まぁ僕が牽制してるから近づけないと思うよ。その点、ソウヤは僕が応援してるからリードしてるんだよ」
感謝してよねとニッコリと笑う夏葵にぐったりとしたソウヤは『実はコイツが魔王なんじゃないか』と視線を向ける。
視線が合った瞬間に笑みを深くした夏葵に「ひどいなぁ」と言われソウヤは背筋が凍り、彼だけには逆らわないようにしようと心に誓った。
戯れている兄とソウヤを見た夏穂は『男の子って何でもないことで楽しめるのね~』とのほほんと考えていて、後でそのことを聞いた夏葵は爆笑しソウヤは頭を抱えることになる。
弁当も作り終えちゃんと休息をとった夏穂たちは次の日の朝、魔王城の中へと入っていった。
中に入ると罠ではないかと思うほど敵の姿がなく、それでもどんどん進んでいくと魔王城で一番大きいと思われるホールに出た。
そのホールはどうやら食堂のようでずらりと机と椅子が並んでいた。
魔物・魔族の類もなくちょうどお昼ご飯の時間帯になっていたので夏穂たちはそこで昼食をとると決め、夏穂が異空間の保存場所(劣化しない空間・これも特別製でカミサマからのプレゼント)に保管してあったお弁当と汁物をソウヤと共に用意する。
夏穂特製の幕の内弁当とキノコたっぷりのお味噌汁とデザートのゼリーを出し終えた瞬間に
――バン!――
と扉が開き、黒づくめで頭に角の生えた20代前半の男性と妖艶な黒い蝙蝠のような翼をもった女性が現れて「「ご飯、分けてくれませんか!」」と言って力尽きたように座り込みました。
思わず顔を見合わせる一同。
その中で一番早く動いたのは、勇者として召喚された少年。
夏葵は夏穂に多めに作った分を出すように言い、彼女が異空間へ入ったのを見届けると入って来た男女に弁当を指さしながら「交渉、しましょうか」とニッコリと笑顔を向けました。
夏穂が異空間から戻って来ると笑顔の兄とちょっと疲れたような顔の旅の仲間ともきゅもきゅとお弁当を食べている先程の男女。
「あ、お帰り夏穂。無事に任務完了だよ」
「ナツ兄?」
「魔王さん。あ、あの人ね。もう人間と争わないで平和に過ごしてくれるって。だからこれで旅はおしまい。やっとのんびりできるよ」
「そうなの? 早かったね。じゃあこれからどうするの、ナツ兄?」
兄の思いがけない報告に驚きつつもこの兄ならばと早々に納得し、夏穂はお弁当を渡しつつ尋ねる。
「そうだねぇ……ソウヤも誘ってのんびり旅でもしようか」
「わぁ! ソーヤくんも一緒?」
「うぇ? あ。あぁ……そうだな(ナツ!? 先に言えよ!)」
花のほころぶ様な笑顔を向けられたソウヤは心の中で夏葵に悪態を吐きつつ冷静を装って答える。
いつもどおり耳が真っ赤なソウヤとニコニコしている妹に生温かい目を向ける確信犯。
「「ダメだ! このご飯を食べられなくなるなんて!!」」
「はぁ?」
「ふぇ?」
「ふぅん……」
そんなほのぼのを壊す声は王子と魔王。
驚くのは夏穂とソウヤで冷ややかな目を向けるのは夏葵。
「へぇ、どんな権利があってそんな事を言うのかな?」
「こんなおいしい料理を毎日食べたら元には戻りたくないし、王子だし」
「我だってこんな美味な料理を食べたい! 魔王だし」
「……この人たちいない方が世界は安定するんじゃないかな」
「ナツ……さすがにマズいだろ」
「ナツ兄、私のご飯美味しいって~。嬉しいね」
「うん、良かったね夏穂」
夏穂の一言で、瞬く間に氷点下の微笑みから太陽のような微笑みに変わる夏葵にコワイと震えるソウヤ。
夏葵と見つめ合っていた夏穂は「あ!」となにか思いついたようで興奮気味に兄へと提案する。
「あのね、ナツ兄! 私、もし出来たら食堂したいな」
「夏穂がしたいことなら僕もソウヤも賛成するよ」
「って俺も!?」
「なに? 嫌ならイイよ」
「ソーヤくんも一緒だと私、嬉しいな」
「お、おう。が、頑張ろうな」
「うん」
「「それなら!」」
「却下」
勢いよく手を上げた王子と魔王を一蹴した夏葵は夏穂とソウヤの手を取って「約束は果たしたから、これ以上は契約違反だからね」とニッコリと微笑んで転移した。
残された人々は彼らを探すことを決めながら残された弁当の争奪戦へと移行した。
夏葵が転移し、夏穂の食堂の場所に決めたのはソウヤのシノビの里の近く。
ここは人間をまとめる国の城と魔王城の中間地点……だからではなくただこのシノビの里に和食に欠かせない味噌や醤油、麹など必要なものが取り揃っているからなのである。
細々とはじまった食堂だが味の良さが定評を受け噂になり、王子と魔王の襲撃を受ける日々となる。
襲撃を避けつつ彼女の兄から生温かい目で見守られつつシノビの少年は果たして彼女を射止めることができるでしょうか?
読んでいただき、ありがとうございます
気が向けば続きは考えます。