隣の家にはイケメンが住んでいる。①
藤村君と鈴村さんの鈴村さん視点の話。
私は鈴村ひなた。
高校2年生。
私の隣の家にはイケメンが住んでいる。
正確にいえば、私の隣の家にはイケメンが住んでいる、らしい。
私は「イケメン」という概念がわからない。
男女を問わず、整った顔立ち、というのはわかるけれど、「イケメン」というのがわからない。
例えば、物理の袴田先生。私は顔立ちのきれいな先生だと思う。でも、友だちからすると、典型的な地味男で、かわいそうな独身三十路男なんだそう。
一方、英語の相沢先生。彼はイケメン先生という感じはしない。けれど、同じクラスの女子たちには大人気で、恋人も短期間に入れ替わり、今はうちの高校3年生と内緒のおつきあいをしているとの噂。
「相沢先生より袴田先生のほうがイケメンなのに不思議だね。」
っていったら
「えー、袴田ちゃんより相沢ちゃんのほうがイケてるじゃん、絶対。」
「そうだよ。相沢ちゃんは女子受けするしね。」
「袴田先生、無愛想だしね。」
「またひなたのセンサー不調炸裂だねw」
「何センサー?」
「イケメンセンサー。イケメンセンサーが不調なんだよね、ひなたって。」
「藤村君の近くにいたら、そりゃあ、やられちゃうよね、イケメンセンサー。」
「いい匂いってずっと嗅いでるとわからなくなっちゃうっていうしね。」
「いいなあ。私もイケメンセンサーOFFにして生きてみたいよ。」
「無理だってw 生きがいなくすよw」
「そうだねー。」
と、そこにいた誰一人からもで同意は得られなかった。
子どもの頃からお隣に住んでいて、兄弟のように育った陸兄とハル君。
陸兄は私より5歳年上の医大生。
藤村 陸人。
背が高く、整った顔立ちで、いつも優しくて色んなことを教えてくれた。
最近は大学が忙しいらしく、滅多に顔を会せなくなってしまった。
ハル君は私の同級生の高校2年生。
藤村 晴人。
こちらも背が高く、整った顔立ちで、運動も勉強もできる。
ふたりとも小さい頃からモテモテで、学校で1番のイケメンだと言われていた。
陸兄は運動も勉強もできるけれど、目立ちすぎることもなく、人当たりもいい。
中学2年には彼女さんができて、楽しそうに二人でいるところをよく見た。
高校生になってからは電車で私立高校に通っていたので、地元で見かけることはほとんどなかったけれど、ハル君によると、中学の時の彼女さんとは別れてしまい、1年ぐらいの間隔で交際相手が変わっているようだ、との事だった。
ハル君は運動も勉強もでき、なんでも1番をとってしまい、無口で無愛想で人見知り。
ハル君はキリっとした顔立ちのおかげで、「クールで素敵!」という人が多いから、心配することもないのだけれど、あまりに不器用で見ていられない。
ハル君は天才でもあるけれど、それ以上に努力の人。でも、それを良しとせず、努力していることはひた隠しにしている。性格も子どもの頃は明るくて楽天的だったと思う。その性格が変わったのは私たちが5歳の時だった。
彼は5歳の時に母親を亡くした。その時、素直に泣いていた陸兄の後ろでハル君はひたすら涙をこらえていた。私はそんなハル君を見ていられず、隣に行って手をつないだ。
「だいじょうぶ、わたしがいるよ。」
と言いたかったんだと思う。
ハル君は私の手をつないだまま、誰もいないところまでぐんぐんと歩いていき、
「おれがないたら、かあちゃんがかえってこれなくなっちゃうから、なけない。」
と言った。
「かあちゃんが、ほんとにかえってこれなくなっちゃうから・・・。」
その後は、声にならなかった。
「はるくん、だいじょうぶだよ。」
何が大丈夫なのか自分でもわからなかったけれど、そう言って私は大声で泣いた。
それにつられて、ハル君も泣いた。
多くの友だちに囲まれ、みんなの先頭にいていつも笑っていたハル君は、だんだん無口になり、あまり笑わなくなり、積極的に人と関わらなくなっていった。