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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

エルフの女の子のお風呂のお世話をして、結果瀕死になるという物語

作者: わんばこ

 僕の名前は、安藤ツトムという。平成生まれの日本人。5年ほど前、この異世界に召還されたというか、迷い込んだ。なにをバカなと、思うかもしれないが、本当の本当に異世界に来ちゃったんだからしょうがない。5年前、登山部の部活動で富士山登ってて遭難したと思ったら、いつの間にか、異世界にいたのだ。


 5年前この世界に来た当初は途方にくれるばかりだった。金持ちの玩具になって毎日拷問されてたり、化け物の餌にされそうになったり、種族間の戦争に巻き込まれたり……


 それでも、なんとか生き延びてきて、この世界の空気や食べ物二もなれてきた。今では、この世界のある有力種族の長「ジギール・ゴウ」ご主人様の奴隷として、働かせてもらっている。ゴウ様は、この世界では珍しく温厚な方で、僕のことも気に入ってくれているらしい。奴隷という立場ではあるが、かなり良くしてもらっている。


「よーし! よしよしよし、そこ回路繋いで……あ! そこ、線が切れる! そこだから! そういう細かい所だから! ちゃんと仕事しよ! ちゃんと! 最後まで! 最後までだから!」


 青白い光が、あたりを包んでいた。真黒な壁一面に描かれた青い模様が、淡く光り輝いているのだ。僕は、龍皮紙の図面と、見比べながら、光る紋様の形を、端から確認していった。

右側担当者完成、左側担当者完成ただし混線が幾つかありテスト後修正、中央部担当者修正箇所多数、テスト後コイツは殴ろう……


「とりあえずテストしてみようか、魔力流してみて」


 手を挙げると、奥にいる男が、青い石を強く、壁に叩きつけた。


 ブウ……


 壁につけた紋様が、一つ途切れず繋がると、青い光がより一層強く光り輝きだす。次第に黒い壁は真っ白に染まる。真っ白な壁に淡い青の光が反射し、目に痛い程美しく荘厳なデザイン……僕がデザインしたんだけどね。


「1……2……3……4……5……6……7……8……9……10……OKです! 魔力回路完全につながってます」


 白の壁、青い光が10秒間途切れずに輝き続けたのを確認して、僕は安堵の溜息をつく、と同時に周りからは歓声が上がった。


「ティムさん! やりましたね。マジで、この規模の魔術紋様なんか、現地の魔術師でもできないですよ」

「いやいや、それは言い過ぎ。それに皆が手を尽くしてくれたおかげだよ」


 皆と握手を交わしながら、僕は鼻を軽くこすった。口では謙遜したが、本当は滅茶苦茶嬉しい。この城の建築は、はからずも僕の「五年間」の集大成となった。思えばこの5年間、色々なことがあったもんだ……



「おーす」


 肩を叩かれて振り向くと、髪を逆立たせた浅黒い肌の男が立っていた。彼は僕達が着ている黒いジャケットのような奴隷服の上に、白い白衣のようなものをまとっていた。


「なんだ、フィルか」

「なんだとはなんだ、差し入れに来てやったのに」


 フィルが差し出してきた、クインタム(この世界の菓子で甘いクッキーみたいなもの)を受け取り、口に入れた。「フィル・インジィオット」彼も僕と同じく異世界から呼び出された奴隷である。ただし僕とは違う異世界から来たヤツだ(そのためかトカゲのような尻尾が生えている)。


「おお、出来たか。これで、この城も完成か……まさか、本当に3カ月で城作るとはな……ご主人様が住んでるエリアなんかは一か月で作ったんだろ?」

「居住区は確かに突貫で完成させたけど、他の部分は、ハリボテを作っただけ。テスト試験運転が終わっただけだよ。あと強度のテストもある」

「オマエは本当真面目に仕事する。俺たち奴隷は、どうせ仕事なんかしても報酬なんかたかがしれてるんだこら、適当にやっときゃいいのに」


 青白く光る壁を撫ぜ、フェルはキキキと喉の奥から絞り出すように笑う。彼とは付き合いも長く、この笑い声も聞き慣れたものだ。


「あ、そういえばティム」


 フィルも含めてこの世界の人間は俺のことを「ティム」と呼ぶ、「ツトム」は発音しづらいのだそうだ。フィルは、犬歯が見える独特の大口笑顔をたたえながら笑いかけてきた。


「何だよ、僕はこれから仕上げの作業が……」

「お嬢様が呼んでたぞ、風呂の世話をしろってさ」


 フィルの言葉を聞いた瞬間、全身の鳥肌が一瞬で、ゾッとたった感覚があった。冷たい脂汗が背中から吹き出てくる。僕は、ゆっくりとフィルの方を振り向いた。彼は、相変わらず大口でニヤニヤと笑っている。


「それはご主人様から止めてもらうよう言ってもらったはずなんだけど」

「今、ご主人様は出かけてっからね。あのお嬢様は、妙にお前のことを好いているから、親のいない間に玩具で遊ぼうってことだろ?」


 ご主人様の息女「ジギール・ツー」お嬢様 。これがなんというか、……美しい女性ではあるのだが……かなり「危ない」お嬢様で、僕も彼女との「遊び」で骨折、打撲、腕がなくなったこと一回、足がなくなったこと二回、心臓が停止したこと三回……医療魔術、いわゆゲーム等で言う回復魔法のようなものがこの世界にあるおかげで、とりあえず五体満足でやっているが、


「うらやましいね。金髪美女の風呂の世話とは」

「茶化すなよ。命の危機なんだ。この前は、あばら骨砕かれてショック死した、あともうちょっと心臓が停止している時間が長かったら、蘇生不可能になっていた、マジに死んでたんだ。今度はどうなるか……」

「どうする? 逃げるか?」

「いや、行くよ。この城の完成が見れないかもしれないのは残念だけど」

「キキ、冷めたもんだね。自分の命がかかってるっていうのに」:

「この5年間でよくよく学んだだろ? どんな危険な困難でも、辛い出来事でも、逃げたって何にも良いことはない」


 フィルは「そうだな」と自嘲気味に笑い、尻尾で地面を強く叩いた。魔術で強化された地面は「ピシン」と小気味良い音を返す。反響する尻尾の音を聞きながら、僕はフィルに背を向けた。


「行ってこい、死なない限りは俺が直してやる。何があっても生き延びてきたんだ、こんなところで今さら死ぬな」

「ああ。ありがとう、フィル」


 背中からかかるフィルの声に手を挙げるだけで軽く応え、僕は城の中央部、ご主人様の居住区へ足を向けた。


 城の中央部には、ご主人様の寝室、食堂、その他居住スペースが鎮座している。常に二、三十人の奴隷がひしめき合い、彼らの世話をしている。本来、ツーお嬢様の世話は、女性の奴隷がやるはずだったのだが、何故か彼女は僕のことが気に入り、ことあるごとに僕を呼び出す。そして、呼び出されるたびに僕は死にかけているわけだ。


 風呂場の前にやって来た。白地のタイル壁に魔術紋様の赤い光が美しい(もちろん僕がデザインした壁だ)。金のゴシック調の巨大な扉の前で僕は大きく深呼吸をした。


「ふー」


 服には魔術紋様による強化が施してある、身体も直接強化してあるが……個人で魔術紋様を使う場合どうしても「動力」が自分になるから……寿命大分縮むだろうな……


「いや、寿命云々言っても、今死んだら何も意味ないからな、明日より今だ」


 ブツブツと呟きながら、僕は金色のドアを押した。


「お嬢様失礼致します」


 真っ白な壁と金細工の世界から一転、

 風呂場の中は、ゴツゴツした石と、竹(を模した植物)で彩られている。日本の露天風呂場をイメージして僕が設計した。中世ヨーロッパ風のキラビヤカな城の中で、非日常感を演出する、ご主人様他お偉いさん達も大喜びの逸品だ。


 石造りの、タイルを靴のままあるく、自身の足音がコツコツと風呂場に響くのを聞きながら、僕はゆっくりと風呂場の中央部へと近づいていった。


 浴場のちょうど真ん中、一際大きな石の上に裸の女性が座っていた。惜しげもなく自身の裸身をさらす彼女こそご主人様の娘「ジギール・ツー」お嬢様である。


 母親譲りのウェーブのかかったブロンドヘア、背丈は僕よりも高いだろうか、モデルのような体型である。白い肌をつたう水滴が天窓の光を受け全身がきらめいているように見えた。

 白くスラリと伸びた足を石の上でブラブラと揺らし、彼女は気怠げに佇んでいた。それは一枚の絵画のようで、一瞬見惚れた。


 ふと、ツーお嬢様は、呆けていた僕を、その緑色の瞳でとらえ振り向いた。その瞬間、彼女はパッと花開くように笑い、ピョンと石から飛び降りた。


「あ、ティムゥゥゥゥ!」


 彼女はすらりと伸びた足を前へ前へ、僕の元へ走ってきた。石畳を踏み抜きながら。


「え、あ! ちょ……」


 彼女の踏み抜いた石畳が瓦礫となりあたりに飛び散る。手を大きく振り、満面の笑みで走り寄って来るツーお嬢様の猛烈な勢い、

 あのタックルをそのまま受ければ当然死ぬ、僕は決死の思いで、横に飛んだ。


 ゴオオオ!!



 カラ


 カラ


 轟音とともに、粉塵が舞い上がる。

魔術で強化していた石畳や壁を素足で踏抜き、タックルで粉砕する。


 この世界最強の種族、ジギール族の勇者「ジギール・ゴウ」、その娘が「ジギール・ツー」お嬢様である。


 ジギール族、僕が召喚されてしまったこの世界の霊長の頂点にいる種族である。姿形は、ほとんど人間と大差ないが、横に伸びた長い耳と緑色の瞳、そして人間ではありえないほどの巨大で強靭な体躯が特徴。彼らの圧倒的なパワーは、いかなる大きな岩石、どんな固い金属も拳で貫き、どんな強力な炎や雷も彼らの皮膚に火傷のあとすら残せない。

 「魔術」が横行し「魔物」が跋扈するこの世界で彼らは拳一つで、生物の頂点に上り詰めた。

 ジギール・ツーお嬢様は、ジギール族の中でも、最強の「勇者」と呼ばれるジギール名を受け継ぐ女性。まだ8歳ではあるが、その身体は人間の成人女性に比べても大きい、身長176cm、体重はなんと300キロを超えているという。


 粉塵が収まったあとを見返す。

 火炎も雷撃を通さないはずの強化魔術を施された壁、俺の5年間の魔術修行の成果は無残に破壊されていた。横には、ツーお嬢様が立っている。真っ白な肌に傷はおろか、シミの一つすらついていなかった。


「もう、何で逃げるの」

「あ……あはははは。いやあ、お嬢様の高貴なお姿が恐れ多くてですね……」


 長い耳をピコピコと揺らし可愛らしく怒る彼女と向き合いながら僕は、なんとか作り笑顔で答えた。


「それじゃあティム、身体洗って! 洗って!」


 手をブンブンと振り回しながら、ツーお嬢様はすり寄ってきた。僕は慌てて彼女から身体を離す、振り回している腕に少しでも身体がかすれば、それだけで死ぬ。


「ツー様、お父様に一人でお風呂に入れるように、言われたのではないですか?」

「洗ってよ! 洗って! 洗って!」


 ドン!


 という音が聞こえた気がしたと思ったら、視界が突然グルンと回った。



「くぁ……あく……」


 とにかく体中が痛い。


 今、一体何が起きたのか? ……

 全身にギシギシと走る痛み、

 背中で崩れ落ちる壁、

 遠くでプンプン怒ってるツーお嬢様……


 どうやら、駄々をこねて手をばたつかせるツーお嬢様の拳で、壁まで吹っ飛ばされたらしい。

 ジギール族の子供は幼く善悪もつかず、また自身の強大な腕力の制御もできない、彼らは人間の子供が笑って、虫の体をもぐのと同じように、時に多種族を無残に殺す。

 僕は、ツーお嬢様の姿を見上げながら、両手に力を込め、身体を起こそうとしたが……


「っイ!!!!……」


 痛みで思わず声が漏れた。左腕に力が入らない……どうやら、左腕が折れたらしい。痛みで吹き出る脂汗を、まだ動く右手で拭い、俺は足だけの力でゆっくり立ち上がった。


 ニコニコと笑い、踊っているツーお嬢様を見返す。揺れるブロンドヘアと、あまりに無邪気な笑顔がまぶしい。


「洗ってよー!」


 僕は、息を大きく吸った。震える足をバンと一発たたき、無理やり押さえつけた。ここで倒れたままでは、おそらく彼女は泣き出すだろう、そうなれば手は付けられない……最悪蘇生不能な状態まで、細切れの肉片にされるだろう。


 僕はまだ動く右手を、奴隷服の内側に滑り込ませる。胸の隠しポケットに仕込んだ、魔術紋様の触媒(各種宝石を砕いて、水で溶かしたもの)を指ですくった。

 最初、拷問好きのエルフ爺に、拾われたときから、描き続けた「強化」「構築」の魔術紋様。死なないためだけに、ずっと描いて描いて描き続けた。今では目をつぶっていても描ける。


 胸に描く……服の裏側に仕込む……腹に、腕に……


(よし、できた……)


 一通りの、自身の強化を終えた後(片手なので、どうしても強化しきれない部分もあったが)、

僕は、お嬢様に満面の笑みで笑いかけた


「わかりました。では、背中だけですよ」

「えーー」

「そうでなければ。お父様、お母様に言いつけてしまいます」

「ちぇ……はーい」


 石を切り出して作った椅子(メチャクチャ重たい)を、右手の渾身の力で引き寄せ、彼女の足元に差し出す。ズッシリと重たい椅子の上に、真ん丸なお尻を彼女がのっかった。


 濡れた髪から、ポツリと水滴が落ちた。落ちた水滴は、肩を伝い、首筋へ、そこから乳房へと落ちていった。

 できるだけ、ツーお嬢様の身体を見ないように、僕は彼女の背後へ移動した。彼女は8歳児で気持ちはまるで子供である、しかし僕たちから見るとモデル体型の金髪美人。おもわず、そういう目で見てしまいそうになる、命の危機と分かっていてもそういう風な気持ちがよぎってしまうのが、男の悲しいところだ。


「お嬢様、それでは失礼致します」


 僕は懐から大きな金ダワシを取り出した。有刺鉄線をそのまま丸めたような凶悪な代物。

それを、ツーお嬢様の白い背中に、全身全霊の力を持って叩きつけた。

もし、この金ダワシで、僕たちが知る普通の人間の肌を擦りつけたなら、その人間の肌はズタズタに引き裂かれ血塗れになることだろう。


 だが……


「キャハハハハハハハ! くすぐったーい。もっと力入れて、やっていいよ」


 ケラケラと笑いながら、ツーお嬢様は、もっと金ダワシで擦れ、叩きつけよと催促する。

見た目が人間と変わらない分、この頑強な身体がものすごく不気味だ……が、何も言わない。下手な事を言って喜ばれて抱き着かれたり、怒られて殴られたりしたら、即死亡だからだ。


 次第に、振っている右腕が痛くなってきた、

 先程折れた左腕もズキズキと痛みが増してくる、

 汗が噴き出る、

 喉が乾いてくる、

 そこが風呂場というのも災いした。湿度がつらい、息が切れる、


「ゼエ、ゼエ……ハァ」

「もー、ティムはひ弱だな。ひ弱な男にはお嫁さんが来ないんだぞ! お父様に鍛えてもらいなよ」


 必死に金ダワシを振り回して、十分か二十分ほど経っただろうか、ツーお嬢様は、一回大きく伸びをしてから、満足気に振り向いた。


「うん、気持ちいい。ありがとう、ティム」

「ゼエ……ハア……ゼエ……ご満足いただけたようでなによりです」


 ツーお嬢様の身体をふくのは女性メイドの役目、僕の役目はここで終わりである。死を覚悟して挑んだ「三助」だったが、なんとか無事生還できたようだ。

 なにより、終わってみてツーお嬢様があんなに嬉しそうに笑っているなら、左腕の骨の一本や二本犠牲にしたかいがある……は言い過ぎかもしれないが、とにかくツーお嬢様が幸せそうに笑っているのは、うれしい。


 ……と、僕がほっと一息をついた瞬間のことだった、


「んー、やっぱりアタシティムのこと大好き!」


 突然、ツーお嬢様がピョンと跳ねた。見惚れるほど可愛らしい仕草だった。お嬢様があまりに可愛すぎたせいだろう、僕の反応は一瞬遅れた。

 ツーお嬢様は、感極まったように、僕の右手を両手で掴んだ。アッと思った時には、もう遅かった。


 ボギゴキゴ……


 イヤな音が風呂場に響いた。それと共に、右手に強烈な激痛が走った。


「あ……く……」


 痛みに息が漏れると同時に、絶望感が胸に広がる。すでに両手が使えなくなってしまった。砕けた指では紋様の修復もままならない。。服の紋様はまだ生きてはいるが……


「ティム服とタオルもってきて」

「お嬢様。身辺の世話は、なるべく女性の奴隷に任せるべしとお父様から言われているではありませんか。ジギールの性の女性たるもの、その処女性、清廉たる魂の維持も勤めである……」

「いーや! 絶対ティムに着せてもらいたいんだもん!」


 ズン


 という音がしたと思ったら、再び視界がグルリと回転した。


「う……ぐぉ……」


 苦悶の声が喉の奥から漏れる。

 再び一撃を、腹に食らったらしい。正面ドアの横の壁まで吹き飛ばされてしまった。両手が使えなかったせいで、受け身も取れず、背中で全ての衝撃を受けてしまった。

 全身がバラバラになってしまいそうに、痛い、


 今の一撃で、服と身体の魔術強化は完全に解けただろう、もう完全にあとはなくなってしまったわけだ。


 もはや下手な言い訳をすることも、躊躇している余裕もない。指が動かず魔術が使えない以上防ぐことも、回復することもままならない。これからは一撃たりとも、うけるわけにはいかない。


 僕は脱衣場に、よろよろと向かった。

 粉砕した右手の指と折れた左腕がズキズキと痛む。見ると、右手は、赤黒く変色し、ブヨブヨに膨れていた。


(次からは、足で魔術紋様を描けるようにしておかないと、あと簡単でいいからやっぱり医療用の術も覚えなきゃ……)


 考え事で痛みを紛らわしながら、少しずつ少しずつ足を進めた。


 コツ、コツ


 と靴音が風呂場に響きわたる、まるでいつ終わるともない死刑階段を上っているような気分だった。彼女の気分を害すれば殺される、害さなくても彼女が少しはしゃいだだけで殺されるかもしれない。


 一体、自分はどうしてこんな苦しい目にあわされているのか、

 この世はあまりにも不公平である、

 もし、僕が今まだ日本にいたら……少なくともこんな生死の局面にはあっていなかっただろう。もし日本にいたら……僕は大学生か、それとも高校を卒業してすぐに就職しただろうか……


「ふ……くぅ……」

「早く、着させてよー。お父様とお母様が帰ってこないうちに、もっと遊びたいんだから」


 一歩、また一歩と歩みを進める。


 歩くだけで、身体が軋む、激痛が走る。痛みと死の恐怖で頭の中が混濁していく……


 ガラガラ


 肩に力を傾けるようにして、脱衣所へのドアを開けた。

 骨が折れて動かない右手の指に、引っ掛けるようにツーお嬢様の服をすくった。「ズン」と響くような痛みが、右手の指に走った。それでも顔の笑顔絶やさずに歩く。


「遅いよー、何してんの?」

「はいはい、ただいま持ってまいります」


 やっとの思いでツーお嬢様の前にやってきた。相も変わらずニコニコ笑って、変な踊りを踊っている。改めて彼女の顔を見て、その瞳があまりにも澄んでいるいるのに驚いた。

 彼女には悪意はない、子供が当たり前にやるように、普通に大人に甘えているだけなのだ。


 やっぱり、彼女は8歳の子供なのだ。

 例え、無双の力を持っていても、

 金髪モデル体型だったとしても、



「んー……気持ちいい! もっと拭いて、拭いて」

「ははは、それはよかった。前は自分で拭いてくださいね」

「ええー」


 折れた左腕にかけたタオルを、手首でこすりつけるようにして、お嬢様の背中を拭いていった。


「両手あげてください」

「はーい。へへへ、くすぐったーい」


 楽しそうに身体をくねらすツーお嬢様、しかし僕としてはまるで戦々恐々だ。何かの拍子で肘鉄でも食らおうものなら、腹に風穴があく。

 そんな恐怖をおくびにもださず、僕はお嬢様の背中で弾ける水滴を一つ一つ丁寧に拭っていった。とりあえず拭くところまでは折れた腕でもなんとかなった。


 問題はここからである。


「それじゃ服着せて!」


 両手を広げ、タイタニックのアレみたいなポーズをとるツーお嬢様、

 ここから僕は、ツーお嬢様にドレスを着せなければいけないわけだ。……どうやって?  両手が使えないのに?



 まず、両手にドレスを軽く乗せるような感じで、マジマジと見てみた。

 ズゥオの宝石(真珠みたいな光沢の宝石)を砕いたものが全身にあしらってある。右肩から背中にかけて肌を大胆に見せるデザイン、薄い布地でこれだと体のラインが良く出るだろう、これじゃ服というよりただの布を身体に引っかけてるみたいになるだろう……ツォン(この城の服飾デザイナー)のヤツ、8歳児にこんな服着せて、見境なしだな。下手したら、殺されるのにイイ度胸してるよ……


 その時、天啓のように、僕は思い出した。それは、ここに来る直前に、フィルから聞いた台詞だ「泥をなめてでも生き延びろ」と



「遊びを致しましょう」


 一瞬の逡巡のあと、僕は右手をあげ、ツーお嬢様に笑いかけた。遊びという言葉に彼女は目を輝かせた。


「私は、手を使わず口で、お嬢様に服を着させられるのでございます」

「えー、ティムすごーい! やってみて!」

「かしこまりました」


 ツーお嬢様は、ピョンと一回ジャンプをした後、手をサイドにぴっちりと合わせ、背中を真っ直ぐに構えた。こうして、大人の言うことを素直に聞くところとか、姿勢の良さとか、やはり育ちの良さを感じさせる。


「女性に口だけで服を着せる」……正直に言って、そんなことはやったことはない。しかし、この派手に右肩が空いたドレスだったら、


 お嬢様の白い背中姿(よく見ると、足の腿とかものすごく筋肉ういてる)を見ながら、僕はドレスを口に含んだ、歯で噛んで、服を傷つけてはいけない、歯で引っかけて唇で持つ感じだろうか、


 バサ


 思い切り、ドレスを引っ張り上げた、その一瞬に全神経を集中させる。白いドレスが、大きく広がり宙を舞う。ドレスの下のスカートの部分を、そのままお嬢様の上から被せる。お嬢様は、僕より背が高いため、狙いを定めるのも難しいかったが、


「はい! じゃ手を万歳して!」

「はーい!」


 お嬢様が手を挙げると、そのままドレスの袖に手が通った、これしかないというタイミングだった。


 大成功だ、

 服が上から被さる感じで、お嬢様に服を着せることに成功した。


「おおーーー!」


 自分に着せられた服を見返し、感嘆の声を漏らすツーお嬢様、子供らしく素直に関心してくれている。


「すごーい! ティム!」

「ゼエ、ゼエ。そうでしょうとも。さ、お嬢様、ボタン……あとリボンを留めますので、もう少々お待ちください」

「はーい」


 突き出されたお嬢様の真っ白い背中、背が高いので今の今まで不自然とも思わなかったが、よく見ると女性とは思えない程首と肩の筋肉が発達している。やはり人間一般的にいう女性の筋肉のつき方とは一線を画している(普段お菓子ばっかり食べて遊んでいる子なのに)。

 背中の真ん中あたりに、白いリボンがついている、これでウェストを締めるのだろう。スカート前面には、宝石付ボタンが五つ、


 僕は、まずツーお嬢様の背中に回り、リボンを留めることにした。

 唇でリボンの端を持った。

 口だけで、リボンの端と端をつかみ、舌と歯で結んでいく、


「ひゃ……」


 短く小さいツーお嬢様の悲鳴が聞えた。ボタンを留める際に舌が服越しに背中にかすったようだ。石の壁を粉砕できる身体が、なぜ舌にこんなに敏感に反応するのか……


「ふ……ぐぅ!」

「うふふ、ティムはわんちゃんみたいだね」

「……あはは……そうでございますか」


 命がかかっていると思うと割になんでもできるもので、2、3分でリボンは結び終わった。


「ゼエ、ゼエ、それではスカートのボタンを留めます」


 お嬢様は、何も言わずスカートの端を抑え、足を差し出した。

僕は四つん這いになり、スカートのボタンに舌を伸ばした。


 ふと上を見上げると、ツーお嬢様と目があった。彼女は、じっと僕を見ていた。心なしか頬が紅潮しているようにも見えた。

 舌で転がし、歯で引っ張り、僕はボタンを一つずつ留めていく。


「あ……」


 急に、お嬢様の吐息が一息抜けた。少し艶っぽい声であった。

 舌と歯は、彼女の肌に触れないように細心の注意を払っていたはずだったが……



 とにかくドレスを着せ終わった、

 終わった後、僕は集中力も体力も使い果たし、息も絶え絶えだった。折れた両手は痛すぎて、もう感覚すらない。


「すごーい! ティム!」

「ゼエゼエ、お誉めにあずかり、光栄であります」

「ありがとう、うわあ!」


 ツーお嬢様はくるくると回り、ふわふわと風に舞う自身のスカートを見返している。 たった数十分の出来事だったが、僕は幾度となく死と生を行き来した。身体はボロボロの満身創痍だ。

 それでも……

 今、目の前で踊っているお嬢様の無邪気な笑顔は、なによりのものだった。僕は大人だ、子供の笑顔は何をおいても守るべきものなのだと……


「ティム大好き!」


 突然、身体が前から押しつぶされるような強い衝撃が……


「ぐああああああああ!」


 全身がバラバラに砕かれるのを、僕ははっきりと感じた。

 自身の悲鳴がどこか遠くに感じられる。視界がどんどんと真っ白に染まって、消えていくのを、僕はゆっくりと感じた。


 人間、最善最良の手を尽くしてもダメなときダメなもんである。



追記

 この風呂場の事件、お嬢様に最後抱き着かれた僕は、首やあばら全身の骨という骨を砕かれた。しかし、運よくフィルの医療魔術によって一命をとりとめたのである。

 そしてこの後、娘と風呂に入っていかがわしいことをしていたと、あらぬ疑いをかけられ、ご主人様「ジギール・ゴウ」に追っかけられて、もっと酷い半死半生、蘇生不可能スレスレまで、ボコボコにされるのだが、それはまた別の話である。

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