追憶4
今回で追憶編は終わりとなります。
いつもより文量が多くなってしまいました。
でも、最後まで読んでいただけると大変嬉しいです
終わりそうであった夢──それがまだ続いている。
何の根拠もないが、この夢で俺は何かを掴めるだろう。
だが、心の奥底では奴の言葉がひっかかっていた。何がひっかかっていたかというと、奴の言葉通りに俺は映画を見るべきかどうかである。つまり奴を信じるか信じないか。
…………。
答えがでないので、一旦そのことを頭の片隅に置いた。
そして、試着室から出てきた夕菜をじっと見つめる。
すると俺の視線に気付いた彼女は、首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、なんでも」
「ふーん……ねえ、この後どうしよっか」
「んーまぁそれは後にして、会計済まそうぜ。これ、一着と言わずにさっき着てたやつ全部ほしいんだろ?」
夕菜が手に持っていた試着した服を取り、問いかける。
「おごってくれるの!?」
「奢ってやる」
「でもなんかわるいよぉ」
「あんなにせがんでたくせに?」
腕を組み、ニタニタと意地らしく笑いながら突っ込む。
それに根負けしたのか、相手がそうなら思いっきり乗ってやろうという感じで頼んだ。
「じゃ、お言葉に甘えさせてもらいまーす」
「案外素直だな。裏があるとか思わないのか」
「裏があるの!?」
「ないよ」
そう言ったが、訝しそうな目線を送ってくる。
「後から倍額にして返せとか言わないでよ?」
「あ、その手もあったか」
ハッと俺が気づくと、夕菜は「もーー!!」と言いながら軽く猫パンチを繰り出した。
正直言って、可愛い……。可愛すぎる。
だが、流石にいつまでも猫パンチを食らい続けてるほど根性が座っていないので。
「ギブギブ!! 嘘だ、嘘だからやめてくれ!!」
すると夕菜はその手を止めて、口を尖らせた。
「まぁ、俺がな……ぉ……おごろうと思ったのは、んと、そのーあ、あれだ! いいものを、見れたからだ」
頭を掻きながらごもごもと言って、口を濁す。
「何でもない! とりあえず行ってくる!」
俺は無理矢理話題を変え、そそくさとレジへと向かった。
「待ってよー」
ついで夕菜が俺の後を追いかける。
幸いなことにレジに並んでいる人がいなかった。
俺は内心でガッツポーズを決め、持っていた服を出す。
また、レジ打ちをしている店員は「篠川」という女性ではなかった。
それが確認できると、胸をそっと撫でおろす。
店員が慣れた手つきで会計をし終え、服を袋に入れた。
さすが仕事が速いな、と思いつつ、出された金額を眺める。
金額は三着で一万五百二十円だった。
意外と高くて瞠目したが、持っていた財布には結構な金があり、迷わず払う。
まあ、夢だからいいだろう。 ……そういえば、ちょうど一年ぐらい前に一気にこれぐらい出費したことあったけ。
仮面の奴が、この夢が一年前の七月だと言っていたことに対して薄気味悪さを感じるも、もしかしたらこれなのかもしれないな、と思う。
つまるところ、あれ以外異常がないということは、ほとんど正確に一年前の七月に起こったことが進んでいるはずだ。
「れーんくん!」
夕菜にいつもと違う調子で呼びかけられ少しドキリし、考えていた内容をこれまた頭の片隅に置いておく。
「ど、どうした?」
「次は映画。映画が見たいなー」
……やはり来たのか……。
夏休みの宿題を終了直前まで後回しにして、憂鬱になる人みたいに俺もなった。
どちらの選択にしようか悩んでいると、キラキラと輝く彼女の瞳が俺を完全に射抜いてしまい、断ることができなくなる。
「……分かった」
結局そう返すことの他に道がなかった。
†
映画を見終わった後、俺達はカフェに入った。
お互い適当にメニューを頼み、それが出てきた所で夕菜が話し始める。
だが後から後悔というのが俺を苛み、映画の内容は全くと言っていいほど頭の中に入ってこず、面白いとも面白くないとも言えなかった。
だからその映画について熱々と語る夕菜には悪いが、聞くことしかできない。
どうやら夕菜の話によると、舞台は学園。どこまでも優しい 主人公が、元々親友であった奴にとことん嫌がらせをされる話だ。
「でね、あそこで主人公があいつを助けたのは、ほんとっ感動したなー。もし私が主人公の立場だったらあんなやつ絶対に助けたいとは思えないよ」
「あーそれは俺も思う」
「なのに主人公はあんなヒドいことしたあいつに対して、『お前が俺に嫌がらせをしたのは、俺に悪いところがあったからだと思う。だから許してくれ』って言って助けるんだよー。それがカッコよくて……」
「確かにカッコいいな」
一応夕菜の話に合わせて相槌をうっているが、それにイライラしたのか、急に彼女の表情が重くなった。
「ごめんね。映画、おもしろくなかった? 最近連くんさ、どことなく上の空にしてるから……。やっぱりあのことがあったから?」
それを聞き、俺はズキズキと頭が痛くなる。
「……その、とっても言いづらいんだけど…………連くんのお父さんが死んでから、連くん変わった気がする」
まるで、欠けていたパズルのピースがぴったりとそこに当てはまるかのように、さらに痛みは激しさを増した。
また動機が激しくなり、今にも吐きそうだ。
「……大丈夫? ねぇ連くん……すっごく顔色悪いよ。ちょ、連くん! ……連くん!!」
†
──……何だ……この温かくてぬめっとしついるものは、それに鉄臭い。
目を開けてみると、そこは惨劇──という一言に尽きる光景だった。
辺り一面が赤の絵の具をぶちまけたかのように赤で染まっている。自分の周りには二人の男が倒れこんでいて、そこから絶え間なく赤色の液体が流れ出ていた。
しかし、その光景はそれだけで場面は一転して、運転中の車内へと変わる。
俺は車の後部座席にいて、運転席で運転している人物に焦点を当てた。
──これは俺の父か?
その真相をすぐさま確かめたかったが、声が出ない。
何でだ、と疑問に思っていると、突然子供の声がした。
「おとーさん、これからどこに行くの?」
その問いかけに、優し気な包容力のある声で答える。
「たまには遠い所もいいだろ。お父さんが前から行きたかった所だぞ。本当は大勢で行きたかったが、お母さんは急な仕事が入っちゃったし、古谷さんのとこも何やら用事があるそうだ」「ふーん。じゃあ夕ちゃんは来ないんだね」
「そうだな、残念だったな、連」
俺を介さず、二人の会話は淡々と続く。
だが一つ、目の前にいる人物が俺の父なのかという懸念が晴れた。
ふと、視線が横の窓側に移る。森が多く、家というのは見当たらない。反対車線の車の通りもまばらである。
すると、俺は異変に気づいた。
反対車線から来る車がふらふらと走っている。今にもこちらの車線に入ってきそうだ。
酒に酔ってるのか?
目の前にいる父もその異変に気づいたらしく、車のスピードを緩めて、呟いた。
「危ない運転だなぁ。当たらないといいんだが」
しかし、その願いは届かず、車と車の横同士が僅かにぶつかり合い、凄まじい音を立てる。 そして互いに数十メートル先で車を止めた。
「あー当たったか。これはお母さんに怒られちゃうなぁ」
ハンドルにおでこをコツンと当て、落胆する。
「でも、正面衝突を免れただけいっか!」とすぐに明るい調子に戻った。
「連、お父さんは向こうの運転手の人と話してくるからこの中で待ってなさい」
「分かった!」
清々しいまでのはじけた声が飛ぶ。
「よし良い子だ」
父は俺の頭を撫で、車から出て向こうの車へと向かう。
すでに向こうの運転手がこっちに来ていたため、実際に父が移動したのは十数メートルであった。
向こうの運転手は何やら怒りに満ち溢れた顔で、父に色々言っている。
父は必死にそれをなだめようとしているが、相手は全く聞き入れようとする様子がなく、ついにはポケットから何かを取り出し、それをシュっと展開させた。
──ナイフだ!
突如刃渡り十センチぐらいのナイフが出現し、父は驚くがそれでも必死になだめようとする。
相手がナイフを持ってジリジリと父に近づき、終いには父の腹に刺した。
ナイフを引き抜くと、父は尻餅をつき、刺された腹部を抑えて悲痛の声を漏らした。
「ぐっ……ああぁぁ!!」
父の刺されたところから急速に赤黒い円は拡大していく。
相手は自分が何をしてしまったのか分からず、その場にナイフを落として立ち尽くしていた。
父が俺の方に振り返り赤く染まった片手を伸ばして必死に何かを叫んでいる。
「……れ……ん、はっ!! かっ……」
そこまで言って、伸ばされた片手はダラリと落ち、父は動かなくなった。
それを見て、俺であろう子供が震えを帯びた声で呟く。
「おとう……さん……」
──あぁ思い出した。俺はこの時……誰かの声を聞いたんだ。
『自分に力がないのが悔しいか?』
「だれ……なの?」
何処から発せられているか分からない声を探して、俺であろう子供は辺りを見回した。
『父親は悪くないのに殺された。それが悔しいか? ならば復讐しろ……私がお前に力を授けよう』
瞬時に、視界がモノクロに変わり時間が止まったかのようになる。
「なんなの、これ……」
状況が理解出来ず、目の前の変化に驚きの声を上げた。
『私が与えたのは、お前の身体能力を向上させる力だ。復讐したいならば、落ちているナイフを拾って奴を殺せ。殺して自分の強さを証明しろ。父親の仇を取るという正義の戦いだ』
「おとうさんのかたき……正義のたたかい……」
『私の役目は以上だ。その力を生かすも殺すもお前の自由』
「おとうさんのかたきをうつ!」
俺であろう子供はそう言い放って車の外に出る。
すぐさまナイフを拾い、父の仇に目掛けて──。
すると視界は元に戻り、相手は心臓にナイフが刺さったまま金切り声を上げて倒れた。
「こ……の……くそガキがあああああぁぁぁぁ!!」
刺さったところが一瞬にして赤に彩られる。
──そして11歳にして人を殺したんだ。
徐々にその光景から意識が遠ざかっていく……今度こそ俺はあちらの世界──現実世界へと引き戻されていった。
†
再び目を開けると、心配したような表情で見つめる白衣の女性の姿があった。
俺が目を開けたのに気づいたのか、喜気とした表情へと変わる。
「気づいたのね……。あなた屋上で倒れていたのよ。どうして屋上に行ったのか何も覚えてない?」
「はい、覚えていません」
俺はそう嘘をついた。
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