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異変の始まり4

この話で異変の始まりは終わりです。

いよいよ物語が動き始めました!!


それでは異変の始まり4お楽しみ下さい。

 屋上へと向かう階段──そこに二人はいた。無論、俺と夕菜である。

 俺はまだ夕菜の肩に片手を置いていた。そこから夕菜の体温が伝わってくる──冷たい。真冬に触れる水みたいに冷たい。

 夕菜の方を見ると、わなわなとしているのがはっきりと分かる。


「…………うぅ……気遣わ……うっうぅ……ゴホッ……せて……うぅ……ごめんねごめんね」


 嗚咽おえつを漏らしながらも謝る夕菜を、俺は無言で肩を軽く叩く。

 音も立てずに泣く雨。

 それがさっきから独立して聞こえ、夕菜の悲しみを掻き立てる。


「辛いことはちゃんと言わなきゃ駄目だ」


 状況のもどかしさにやられてしまったせいか俺にそう言わせる。

 ──おかしすぎんだろ、俺……。


「だ、だって! 連くんに余計な心配かけたくなかったし」

「余計な心配じゃない!」


 ──あああああああ――――!! 知るか!! もうどうにでもなれ!!


「…………!!」

「なあ俺ってそんなに頼りない奴か?」

「違うよ!」


 夕菜が勢いよく俺の方を向く。


「じゃあ何だよ!!」


 つい口調が荒くなる。いつも頭の中で色々と考えて、その多くは実行出来ない時とはえらい違いだ。

 途端、夕菜はあえて口を挟まず、疑問符を頭の中にとどめただけになる。

 そしてその疑問を丸々ぶつける感じでこう言った。


「今日はいつもの連くんらしくないね」


 俺は心の中で激しく同意する。

 ──ああ、全く持ってその通りだ。一体どうしたんだよ、俺。

 更に追い討ちを掛けるように夕菜はこう続けた。


「それにさっきも言ったけど、期待してるよ。だから頼りない奴だとは思ってない」


 とんだ失態だと思いながら、体中から力が抜けた気持ちになり、肩をがっくりと落とす。

 俺がそんな状態でも夕菜の言葉は続く。


「ただ、連くんを巻き込みたくないんだ」

「何に?」


 つい口が滑ったのか、夕菜は俺から目を逸らす。


「…………こんなくだらないことに」


 かなりの間があって夕菜は言った。おそらく訂正する為の言葉が見つからなかったのであろう。

 だが、俺には何の為に訂正しなければいけなかったのか分からないのと、夕菜の『くだらない』という言葉に無性に腹が立ってしまい考えずに返してしまう。


「くだらなくないだろ!」

「いやくだらないことだよ()()()


 急に夕菜の言葉がはっきりしたものになる。

 この時俺は、自分が指していることと夕菜が指していることに違いが生じていることに気付いた。

 そこから会話は途切れ、静寂だけが流れている。

 片手からは冷たさではなく温かさが伝わるようになり……。

 そこで俺の思考がピタリと止まった。

 まだ夕菜の背中に片手を置いていたのだ。


「ごめん!!」


 慌てて手を離すが、夕菜は『そのままが良い』と言ったので、お言葉に甘えて置かせてもらうことにする。


「連くん、ほんとに、ほんとにありがと」


 夕菜がそう噛み締めるように言った。

 そこにあったのは単純に嬉しさのみが含まれているのではなく、別れを惜しんでいるのが含まれていると匂わせる。

 その状況がどの位続いたのだろうか、それがついに一時間目の授業開始のチャイムと共に破られる。


「……あ、やべ」

「え?」

「え? じゃないだろ! 今のチャイム、一時間目のチャイムだって!」

「そうだね」


 夕菜の迷いもなく言う姿に口を開けて驚嘆せずにはいられなかった。


「まさかサボるつもりなのか?」

「いやーサボるっていうかー」

「サボる意外に何があるんだよ」

「えっとぉーそのー」


 目線を泳がしながら困った表情をして夕菜はそう言った。

 俺はここぞと言わんばかりに自分が言われたことをそっくりそのまま返す。


「今日はいつもの夕菜らしくないな」

「…………」


 図星をつかれて何も言い返せないのか、俯いてしまう。

 しかし本当なので仕方ない。俺といい、夕菜といい、いつもらしくない。


 いつもと違う日常──これが何かが変わる前兆つまり『異変の始まり』。

 そう思うものもやはり否定はしたくなってくる。

 ──これは夢なんだ! 夢に違いない!

 が、それは儚い幻想だと全身に訴えかけられている感じがした。

 気味が悪い。今すぐ自分が本当だと言ってやりたい。

 その気持ちが俺の中で爆発する。

 ──止めろおおおおおおお――――!! 俺が望んだのはこんなんじゃない!!


『じゃあ何だ?』


 頭の中に直接響いてくる声。ねっとりとしてへばついてくるこの声が俺にまとわりついて来る。

 ──この声は俺、なのか? いや、違う。

 確認だけのつもりが逆に『じゃあ俺以外の誰だ?』という風に思わせる。


『貴様が望むものは。貴様がずっと望み続けていたのは()()()()()()ではないのか? それともまだ足りないのか?』


 ──うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!

 耳を塞いでも意味が無いことは分かっているのに反射的に耳を塞ぐ。


『まあ足りないと思うのも無理はないだろう。これはまだ始まったばかりだ。精々余興として楽しませてもらおう』


 ──知るか。俺には関係無い! どうして俺に言うんだ!

 どんなことでも良い……。この声が聞こえなくなれば……。


『そうそう、逃れられると思わないでね?』


 ──何だと!?

 期待は一瞬にして裏切られるが、よくよく考えてみれば、『逃れられるわけないよな』と納得する。

 この声が聞こえた瞬間から分かっていたはずだ。……最近よく見るあの夢と繋がっていることに。

 その時だった。

 外部から息を吐く音が聞こえた。紛れもなく、その音の主は夕菜しかいない。

 なぜかとても明るい表情──いつもの夕菜の表情に戻っていた。


『さあ始まるぞ、余興が』


 ──うるさい黙ってろ。 この声の主が何を知っているのか気になるが、今はただ耳障りな雑音にしか聞こえない。


「連くんのおかげで私、強くなれそうだよ」


 意味不明だ。それを処理するのが出来なくて、今にもオーバーヒート状態になり放心状態になりかけるが、何とか持ち堪える。


「俺のおかげって、俺何もしてないぞ?」

「連くんさえ生きていてくれれば、それで……。もう間に合わないかもしれないけど、私戦うね」


 ここで俺が普通の一般人の考えをちゃんと持っているとしたら、これは中二病という類に確実に当てはまるだろう。夕菜に『お前何に影響されたんだ? かなり中二病に毒されてるぞ』と言ってやりたい。

 しかしこの感じは何だ? そう捉えるお前が間違っているという……。

 ならいっそ流されてしまおう。その方が楽に決まっている。

 夕菜がどんなに痛い奴でもこれからは温かい目で。進むべき道は定まった。


「……最後にさ、お願いがあるんだ……」


 頬をほのかに赤らめながら夕菜はそう言った。


「うん」

「夕菜ならきっと頑張れるって言ってほしい」

「……それだけ?」

「それだけ」


 意を決して俺は言う。


「夕菜は強い。昔からお前を見てる俺にはそう見える。だからきっとお前なら頑張れる」


 夕菜の頬の赤みが増し、口角を緩めてくすくす笑い出す。次第に大きく笑いだし言った。

「連くんは相変わらずだよねー。言われたままにやらないとこ」


 そう言われると、自分の顔が急に熱くなる。


「だってそのまま言っても言わされているって感じでお前嬉しくないだろ?」

「うん!!」


 少し飛び跳ねて後ろで腕を組み、とびっきりの笑顔を見せて言う。冗談抜きでドキッときてしまう。

 数秒後、夕菜は居直り、くしゃっと顔を歪めて『本当は嫌なんだよ。止めて欲しいんだよ』と表しているが、俺は全身金縛りにでもあったかのように、声も出せず、ましてや動くなんて出来なかった。


「お別れだね」


 そう俺に聞こえないぐらいの大きさで呟き、再び屋上の方に向かい、そっと出入り口を閉めた。

 『お別れだね』という言葉を耳にして、しばらくするとようやく解ける。

 思考がすぐさま、追いかけないと! というのに繋がり、バッと出入り口を開けて、目の前の光景に絶句する。

 フェンスの上に風でスカートをヒラヒラと激しく揺らしながら何食わぬ顔で立っている夕菜。


 ──このままでは落ちてしまう!!


 気付くと俺はフェンスに向かって走っていた。

 焦りが、数歩の距離を何倍にも拡張する。……足が鉛のようだ。

 届かないと分かっていても、夕菜へと手を伸ばす。

 ──だが、間に合わなかった。

 

「……あっ……」


 俺は目を見開き、声を漏らす。

 彼女の体が前に傾き、一瞬にして視界から消える。

 しかも自然に傾いたのではなく、彼女の意志で行ったように見えた。

 脳裏には、ただただ嫌なことしか浮かんでこなかった。

 頭をアスファルトに打ち付けて、地に赤黒い血を撒き散らし、もはや無機質に成り果てた──夕菜。

 やっとたどり着いてフェンスをつかんだ手は情けない程に震えていた。


「…………ぃやだ……みたくない……あいつの死体なんか……!」


 恐る恐る下を覗きこんだ瞬間そんな思考は吹き飛んでしまう。



 …………無いのだ。そこにあるはずの彼女の死体が。



 つまり、消えたのだ。

 そこで俺の意識は暗転した。

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