異変の始まり
──さっきから誰かの声がする。何処から発せられているのかすら分からない。
────誰だ…………? 一体誰何だ…………?
『あなたは選ばれた人です。あなたには力があります。とてつもない大きな力が……。そう、それは…………』
そう誰かは言った。どんな顔をしてそれを言っているかは分からない。
それよりも噛み砕いておきたい言葉があった。
選ばれた人? 力がある? 俺が…………?
どんなに考えても有り得ないという言葉しか出てこなかった。まず力って何だ? 魔法とかか? もしそうであるならば、この凡人代表ともいえる俺が持っているなんて尚更ない。
ただ一つのことを除いて…………。
もしかしてこの誰かはそのことについて言っているのではないか……。
いや、それはないと思いたい。あのことはこのまま一生日に照らさずにいたい。
しかし、俺がそんなことを考えているなど意に介さず誰かはこう言った。
『のに……その力を活かさなくてどうするの……? どうするの!?』
最初の所が上手く聞き取れなかった。
──いや、間違いだ。
自分の意識をそれから遠ざけたいという抵抗が無意識に働いたのかもしれない。
その時俺は確信した。
────俺はその力から逃れられない運命であると……。
ジリリリリリリリリリリリ
目覚まし時計の音が響き、俺を夢世界から現実世界へと引き戻す。だが、意識と行動がしっかりと繋がっていない。
人を起こすという役目をすでに終えた目覚まし時計はまだ高々と音を部屋中に響き渡らせていた。
とにかく早く止めなくてはと思い、一生懸命意識と行動が繋がるようにし、手を伸ばして止めた。
少しの間、布団を自分の体に寄せてミノムシ状態になりボーッとしてからようやく体を起こす。
「……もう朝か」
体を起こした俺はそう言った。
そして、朝日の光を遮っているカーテンを開ける。
窓にはほのかに水滴が付いており、そこから見える外の景色が冬の始まりを告げている。
俺は目一杯に朝の光を浴びた。こうすると気持ちがリセットされ、無心になれる心地がするのだ。
一分ぐらいそれを行い、俺は顔を洗いに部屋を出た。
部屋を出ると、先ほどの夢について考えた。
最近あの夢をよく見るようになった。もうここ何日か続けてあの夢を見ている。これは一体何かの前兆なのであろうか…………。
「選ばれた人……。力がある……」
俺はふとそう呟いた。特に意図があったというわけではない。
階段を降りると、もう起きている人がいるようだ。それは俺の母である。朝食と俺の弁当の準備の為、料理をしている。
「おはよう」
「あ、おはよー!」
俺の存在に気付き、母も挨拶を返した。母の挨拶は俺の挨拶とは打って変わって、とても元気があり清々しいものだった。
そう感じさせるのはおそらく母の溢れんばかりの笑顔でそれを言うからであろう。
そんなことを思いながらその場を後にし、洗面所に着くと、水を出して顔を洗った。
顔を洗い終わると、タオルで顔を拭き、居間に向かった。
ちなみに居間と食卓は繋がっており、母がまだ料理している姿が見て取れた。
後二十分ほどで作り終わりそうだ。
何もする事がないので、いつものようにテレビを付け、ニュースを見る。 ニュースといったらいつも同じようなことばかりやっているような気がする。有名人が何かすれば取り上げ、世界情勢が動くとそれを取り上げるなど、当然であるが、その時々によって内容は違う。しかしそのような括りに入れてしまえば同じことである。
まあそう思うのは、特に物事に関心を持ってないというのも関係しているだろう。
そんな俺にあるニュースが目に留まった。
それは事件という括りに入れられ、いかにもニュースらしいものであったのだが、俺は目に留まってしまったのだ。
トピック名は『複数の変死体と謎の器物損壊跡』であった。
『ニュースをお伝えします。本日未明○○県××市で複数の変死体が発見されました。遺体には鋭利な物で傷付けられたと思われる傷、何かで殴られたような打撲痕があり、争った形跡がある事から警察は殺人事件として見ております。また付近の壁が壊されている事から、同一犯の犯行として見ており、器物損壊の方でも捜査が進められております。この事件については八時二十分頃に詳しくお伝えしたいと思います。次のニュースです。話題の……』
そのニュースが終わり別のニュースへと変わる。
八時二十分という単語を聞くと、すでに自分は学校に行っていて見れないという思考がすぐに出てきた。
なので、他の番組でそのニュースについて取り上げられていないか番組を変えて見たもののその事件についてはやってなかった。
俺は大きく溜息をついた。
「ご飯できたよ~♪」
食卓の方から母の声が響く。
「あいよ」と軽く返事して俺は食卓へと向かった。
今日の朝食はご飯と味噌汁と玉子焼きであった。
味噌汁の具材は若布、葱、大根、油揚げであり、特に大根は水臭さがなく味噌の味がよく染みていて格別に美味しい。我が家の味とはこういうものなのか……。
また玉子焼きも程よい甘さで良かった。砂糖と塩のバランスが絶妙で喧嘩し合っていない。
これらの事から母が料理上手である事が分かる。
そんな母が俺に話しかけてきた。
「ねえねえ今日もゆうちゃん起こしに行くんでしょ?」
少しからかっているのかニヤニヤしているのが余計にいじらしく思える。
「行かない」
俺はそう即答した。
すると、母は虚を衝かれたかのような表情をした。
「ええー!? 何で何でー?」
「いつまでもあいつを甘やかすわけにはいけないからな。だから今日こそは起こしに行かないと決めさせてもらった。いつもは行く前に母さんが念押しするから仕方なく行ってるだけで……」
「で、でも……」
「とにかくあいつも大人になるべきだ」
「それはそうだけど……」
「遠回しの俺からの愛の鞭だと思えば、どうってことないだろ!」
「え……?」
母が口を開けてポカーンとしている。しかも箸を持ったままで今にも落としそうである。よほど今の会話の中に衝撃的な何かあったのだろう。
そんな分析をしている場合ではなかった。
「…………え? ……あ……」
自分が勢いで何を言ってしまったのかをようやく把握すると俺はしまったと思い、臍を噛む。途轍もなく恥ずかしい。
「……あ、愛の鞭ー!? ………そこまでゆうちゃんのことを思っていたなんて母さん知らなかったわ」
──あ、やばい……。母のスイッチが入ってしまった……。
「ちょっと待て待て待て! 誤解だ誤解!」
「いいのよ照れなくても♪ で、告白はいつするの!?」「何でいきなりそんな流れになるんだよ!」
「そんな言葉が出てくるなんて相手を思っていなければ出ないわよ。で、告白はいつするの!?」
こうなった母はなかなか止まらない。全く朝から災難だ。
「しない」
そう言って逃れようとしたが無駄だった。
「ダメダメダメ。男なら告白ぐらいきちんと出来るようにならなきゃ。よし! ここはお母さんが一肌脱ぐとしますか!」
嫌な予感しかしなかった。多少強引でも一刻も早くこの場を立ち去るしかない。
「そろそろ学校行くわ」と言って俺は立ち去ろうとすが、まるで草食動物を食べようと睨み付けている肉食動物のような目で……
「逃げるなんてそこら辺にいる勘違いダサ男と同レベルですよ~。ふふふふふふ。」
これはまずい……。どんなに言い逃れようとしても逃れられる訳が無い。
仕方無いか……。これはいつものように折れるしかない。
「分かった分かった! あいつ起こしに行くからそれについてはまた今度な!」
「本当に?」
「本当本当!」
それを聞くと母はいつもの笑顔の表情に戻って
「じゃあ行ってらしゃい」と言った。
俺はぱぱっと身支度を済ませ、その言葉に対し、軽く返事をして家を出た。
すると、突然あの事件のことを思い出した。
──それにしても他のような事件と何ら変わりないのにどうして目に留まってしまったのだろうか……。
そう思ったのだが、たまたまだろうというのが勝り、そっちを取った。
ところが、その選択が間違っていると言わんばかりに背中に少しゾッとするものを感じたが、季節のせいだろうと決め付け、あいつの家へと向かった。