断章
ようやく物語が大きく動き始めました。
それではお楽しみ下さい。
またブックマーク・評価をしてくれると嬉しいです。
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【パラレルワールド】。
それは、今いる自分の世界だけでなく様々な世界がいくつも同じように存在しているということだ。
……そこには自分のいる世界より技術的に劣った世界、優れた世界が……。
これはパラレルワールドの中でも技術的に優れた世界の話である。
昼下がりの空に現れる、キラキラと輝く波紋。無数に広がる輪はこの世界で発達した情報伝達技術だ。
地上の至る所に高層ビルが立ち並んでおり、そのなかに紛れこむようにしてそこは存在していた。
その名は【クムラン研究所】。おっ! と言わせられる特徴がなく陳腐でパッとしない。いかにもどこにでもありそうな研究所だ。
それに相乗して敷地はあまり大きくないので、よりそう思える。
しかし、内部では信じがたい研究が行われていた。
その研究とは【セフィロトの樹】の獲得と【パラレルワールドの干渉】である。
セフィロトの樹とは全パラレルワールドを束ねる世界──まさしく世界の中心と言える。
それの獲得と言うのだからいかにその研究が途方もない……いや無謀なことか理解できよう。
しかし《彼》を含め【クムラン研究所】はそれをやろうとしていた。
【クムラン研究所】の地下五階にある総合管制室は通称、ネクストと呼ばれている。
そこに《彼》はいた。
コンピューターとモニターが《彼》にたどり着くための通路に沿って、左右にいくつも乱立している。
《彼》の名前は根路自由。
イスにどっぷりと腰をかけ、根路はモニターに映し出された青年を見ている。モニターに映し出されている青年の名前は白樫連。
根路はテーブルに置かれているコーヒーの入っているカップを手に取り、そこから漂う匂いを堪能する。
「いい香りだ……」
たっぷりと匂いを堪能してから、根路はカップを口元に近づけようとした。
「根路さん」
その時後ろから自分の名前を呼ぶ声に、根路の手が止まる。
根路は手に持っていたカップを一旦テーブルに置き、イスを声がした方向へと回転させた。
「おお、来たか。──それで金持くん。古谷夕菜の居場所は特定できたかい?」
根路の回転させた方向に立っているのは、金持良子という緑色のフレームの眼鏡をかけた二十代後半の女性である。
「ええ、出来ましたよ」
金持はそこで言葉を切ると、途端に表情を曇らせた。
「ですが……古谷夕菜のいる場所がセフィロトの樹の外部にある【無】でありまして……我々があそこに行くのは危険すぎるかと」
「なるほどそれは確かに危険だねぇ。セフィロトの樹も相当だが、そっちの方が厄介だ。ひょっとして彼女は《能力》を使ったのかい?」
「はい、使いました。その時の映像があるはずです。……根路さんちょっとそこいいですか?」
指を根路の背後にあるモニターに差して遠慮がちに金持が尋ねる。
「もちろんいいとも」
根路は二つ返事で答え、さらに「そんなに固くならなくてもいいんだよ金持くん。リラックスリラックス」と軽く彼女の肩を叩く。
その時──場の空気が凍りついた。
今の一瞬で何があったかは分からないが根路は青ざめた顔になり金持から離れた。
少し腰を引きながらどうぞという感じで手をやると、そこに金持が座る。
「ありがとうございます」
異様なほど無垢な表情で根路に向けて言い、金持は手慣れた手つきでカタカタとキーボードを操作し始めた。
するとものの数十秒でモニターの映像が切り替わり、二人の青年が屋上にいる映像になる。
もちろん二人の青年とは連と夕菜のことである。
そしてこの映像は夕菜が飛び降りた時、何があったのかを鮮明に記録していた。
映像が全て流れ終わると根路は、巻き戻して今度は画面を食い入るように見つめる。
金持はというと席を外し、保護者のような目線で微笑を浮かべて後ろから根路を見ていた。
やがて、二回目を見終えた根路が感嘆の声を上げる。
「まさしくこれは……! あぁ、間違いない彼女は《能力》を使ってる! し、しかもこれは【テレポート】じゃないかい!? セフィロトの樹はこんな《能力》まで授けてたのか」
興奮のあまり金持の手を握って熱弁してくる根路に対して「セクハラですよ」と満面の笑みで優しくその手を振りほどく。 振りほどいた後に何の意味があるかはっきりと分からない無言の頷きをし、話を戻した。
「……それでテレポートってあのテレポートですか? それとセフィロトの樹から授けられる能力にそんな名称があったなんて知りませんでした」
するとそれを聞いた根路は口元に手を置いて、難しい顔をする。
しばらくしてその顔は照れくさそうな顔へと変わり、どこか吹っ切れた感じでこう返した。
「……いやーテレポートっていうのは私が勝ってに付けただけなんだよね。うん、いま即興で作らせてもらったよ。ごめんだけど正確な名称は私も知らないだ……。だから知ってるのはセフィロトの樹だけじゃないかなぁ。ちなみに白樫連の《能力》は自分の限界を超えた力──【アウトライブ】と付けさせてもらったよ」
「そうですか……。それにしてもアウトライブですかー……」
金持がどこか遠くのものを見つめるかのような目で根路から目線を逸らした。
「よくありそうな痛々しい名称だ……」と金持は思っているのかもしれない。
「で、本題に入っていいかな?」
根路は再びソファに腰をかけ、先ほどとは打って変わって真剣な面もちで切り出した。
「次のセフィロトの樹の潜入作戦なんだが、能力者達への【リング】の受け渡しは完了しているかね?」
腕を組み、んーとうなり声を上げながら十秒ほど考えこんでようやく答える。
「……たぶんまだ、白樫連と古谷夕菜の二人には渡っていないと思います。あの二人に渡すようつい先日私の部下に頼みこんだはずなんですけどねー。まだ連絡が着ていません。もし急ぐようであれば新たに人をやりますか?」
根路は唇を曲げて、イスをクルクルと回転させた。
何回転かすると、答えが出たのか勢いよく地面を踏みつけて音を出し、立ち上がる。
「そうであれば仕方ない、もう一度渡しに行ってもらおう」
──その時だった。ドタバタと足音をたて慌てた様子で先端が少しウェーブがかった金髪を振り乱した少女が入ってくる。
ハア、ハアと荒い息を上げようやく落ち着いてくると、その場にいる二人にこう告げた。
「…………白樫連と古谷夕菜に【リング】を渡しに行った者が何者かに襲われ、殺されました! 尚、【リング】はその者に二つとも奪われた模様です!」