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木の下


本邸の裏にある丘の上には鍛練場があった。石の柱が円状に立てられた古代遺跡のような造りの広場に馬上で槍を駆使する鍛練の為の長い馬場もあった。城に控える兵達が技を鍛える事に専念している。


「すごい…。」


一糸乱れぬ動きで訓練用の木で出来た剣を振るう何十人もいる兵士たち。風が強く吹く丘の上なので乾燥して砂埃が立ち上がる。


「馬上槍もすごいですよ。特にジョシュア様の馬上槍はすっごくかっこいいんです。」


「ジョシュア様?」


男の子はやっぱりこういうのが好きなのね。と思いながら憧れに頬を染めるエドを見る。


鍛練場の周りを巡る廊下を歩いて話をしていると鍛錬中の兵士の手がすべり、木剣がこちらに飛んでくる。


「…」


「ユーノさん!」


エドの叫びで気付くがすぐに足が動かない。


くるくるとやけにスローモーションでこちらに向かってくるのを瞬きも出来ずにユーノは見ていた。

当たるのは切っ先かしら、柄のほうかしらとどこか他人事のように考える。


がつんと硬いものが当たる音はしたがユーノは体の痛みを感じなかった。ふと自分の目の前に日に焼けた太い腕が横切っているのに気がついた。呆然とその腕の主を見るとものすごい大きな声がユーノの耳をつんざいた。


「ばかやろう!しっかり握らねえからすっぽ抜けるんだよ!腰落とせ!」


どうやら剣を落としてしまった兵士に向かって檄を飛ばしたらしい。あまりの声の大きさにユーノは目の前がちかちかした。


「おい、ぼっとすんな。大丈夫か?」


男はぼーっとしている原因が自分にあることに気付かずにユーノを覗き込む。黒い短髪に焼けた肌。背も高くて鍛え上げられた体の兵士だった。


「あ、はい。大丈夫です。」


「ジョシュア様。」


エドが彼の名を呼ぶ。さっき話していた憧れの人だ。


「あの…、怪我を…?」


ユーノをかばって木剣にぶつかったのだ。切れはしないが打撲にはなっているはずだ。

「あ?こんなもん、怪我のうちに入らねえよ。」


かばったであろう腕は日に焼けて打撲の痕がよく分からなかった。


「あ、ありがとうございます。」

「おー、で?今日はなんの見物だ?エド?」


ジョシュアと呼ばれた男は目礼で返事をしたあと、しょっちゅう遊びに来ているらしいエドの頭をわしわしと撫でる。


「ち、違います!今日はこの人を案内してるんですよ!」


「ああ。…どこのおじょーさんだ?」

この人は兵士だからか、あんまり礼儀正しくなくて逆にユーノは安心してしまう。


「なんか庶民っぽいな。あんた。」

礼儀正しくないのは確かのようだ。エドは慌てる。


「彼女が、ヴォルフラウのユーノさんです」

三白眼のジョシュアの目が見開かれ、ユーノは思いっきり不躾に凝視された。


「ふー…ん。」

不快というわけでなく、熊に遭遇した時のような恐ろしさがあった。思わず食べられはしないかと心配してしまう。


「俺は近衛兵長のジョシュアだ。以後、よろしくな。お姫さん。」

ジョシュアは口の端でにやりと笑った。近衛兵という事は王宮内の警備や国王、王子の警護に当たるのだろう。顔を合わせる機会は多いかもしれない。

「は、はい。…よろしくお願いします。」




その翌日、どんよりとした雲は晴れ、見事な秋晴れだった。


ユーノはリンデを連れて王宮の広い庭を探検することにした。といっても先導するのはリンデなので道に迷うことはなさそうだ。


「山小屋風」の離れからゆるい丘が続き、頂上に大きな木が一本立っていた。紅葉した木がはらはらと黄色や朱色に染まった葉を散らしている。眼下には王宮の本邸がそびえ、迷路のように入り組んだ植木が庭を飾っている。


大きな木の麓に腰掛けて、バスケットを開けると、シェールに作ってもらったサンドイッチがある。瓶にはばら色のジュース。リンデはさっそく昼寝をするつもりか早々と丸くなってユーノに寄り添った。

落ち葉を拾って、読んでいる本に挟む。綺麗に押し葉にしたら栞にでもなるだろうか。


リンデの背中を撫でながら、ユーノは読書にいそしんだ。




かさかさと枯葉の擦れる音を聞いてユーノが顔を上げると、丘を登ってくる青年に出会った。


「ジョシュアさん?」

肩に槍を担いで登ってくる彼にユーノは驚いて声を掛ける。


「何か御用ですか?」

もしかして彼の秘密の特訓場なのかもと思ったが、ジョシュアはそのまま木の反対側にもたれかかる。乱暴なもたれ方だったので木が揺れて枯葉や木の実が勢いよく振ってきた。


「いた、」

丁度頭の上に木の実が落ちた。


「おー、悪いな。」

悪びれてはいないが、そこから動いてどこかへ行くことも、鍛練をすることも無かった。何か目的があるのかと気になったので聞くことにした。


「あの?なんでずっとここにいるんです?」

腕を組んだまま木にもたれていたジョシュアは横目でちらとユーノを見て、ぶっきらぼうに呟いた。


「あんたが、そこにいるからだよ。」


「?」

よく意味がわからなかった。疑問だらけの顔に気付いたのかジョシュアが続ける。


「あんたが、シェールに弁当を作って貰って、リンデを連れて出かけたって聞いてよ。…クローネが見て来いってよ。」


「殿下が?」


「あんたに何かあったらいけねーし、あんたが何してたのか知りたくて俺に頼んだんだよ。」


めんどくせー。と最後に愚痴ったジョシュアは「俺のことは気にせずのんびりしてろよ」と言ったが、後で王子にどんなことを言うのかとか、王子が意外にも自分のことを気にしているのかとかいろいろ思いが巡って、本に目を通しても内容が一向に頭に入ってこなくて何度も同じページを行き来することになった。


馬上槍、好きなんです。

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