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漸進

「!」


目を覚ますと白い木の天井があった。


夢…。だったのかと思うより先に自宅のよりもはるかに広いベッドがユーノを現実に引き戻す。


わたしなんかと反論したが、国王も王子も頑なだった。やがて日も暮れて、家に帰ることも出来ず、山小屋風の離れに泊まることになった。


世話をしようとするメイド三人に断りを入れて、ユーノは自分で服を着る。ヘレナがあれから色々と用意してくれた衣装がたくさんあるが、どうしても華やかな衣装は着れなかった。


窓の外は今日は曇り。秋も深まり、そろそろ冬が忍び寄ってくる頃だ。


(おじいちゃん、体冷やしてないかしら。パパも机でそのまま寝てるかも…)


王宮に滞在して3日になる。レイブンから自宅には連絡したと聞いたが、どんな風に言われたのか見当もつかず、ユーノは頭を抱えるばかりだ。


仕事も、ほったらかしのままだ。今週は紡績商の三つ子ちゃんにピアノを教える日だったのに。

おじいちゃんには地下の書庫の整理を頼まれていたのに。



そしてなにより。


かの「ヴォルフラウ」にクローネ王子は会いに来てくれていない。


「ユーノさん。」


「エド…。」

唯一、メイド三人とエド、リンデが会いに来てくれる。特にエドは出会った時からなんだか家庭教師の生徒みたいな気がしていつものユーノでいられるようで一番気が楽だった。


「リンデは?今日は一緒じゃないのね。」


「はい、今日はアイツ、殿下と森を探索に行ってしまいました。」

殿下、とはクローネ王子のことか。いたたまれなくて、エドの表情も沈んでいる。


「そう…」

ほったらかしにされているのを悲しんでいるわけではなく、ただ、このままではなんの解決にもならないことがもどかしい。彼に会って、話をしないとこの状況はいつまでたっても変わらない。

何か情報がなければ。手持ち無沙汰な自分の状況にやきもきする。


「…困ったわね。」

最近多くなったため息が漏れる。


「…ユーノさんは、殿下と結婚するのが嫌なんですか?」

エドは眉毛をはの字にして拳を握っていた。


「エド?」


「そりゃ、全然会いに来てくれないのは、僕もどうかと思いますけど!殿下はすごく、格好良いし、国王陛下や父王さまと同じくらいに民のことを思う良い王子だと、僕は思います!」


一生懸命なその姿にエドが王子を尊敬する気持ちが手に取るように分かった。


「王子も、今は国のことや、民のことを考えるので精一杯で…だから、その気もないのに嫁を取るのはその人にも申し訳ないって…言ってたんです。」


肖像画で見た王子を思い出した。逞しい父王よりは国王陛下に面差しが似ているとても賢くて、柔らかな微笑をたたえていた。

我儘でどうしようもない王子ではないことは確かなのだろう。


「嫌…というのではないの。何をしたらいいか分からないから困っているのよね。」


「そうですか…。」とうなだれたふわふわの巻き毛がぴょこんと跳ね上がる。

「じゃあ、王宮をご案内しましょうか?」

エドは名案を思いついたと顔をほころばせた。


「離れにずっといなくてはいけないこともないですし、王宮内にお知り合いがいればユーノさんの気も少し紛れるかもしれないですよ?」


「そうね、じゃあ、お願いしようかしら?」

エドは張り切ってユーノの先導をし始めた。




まず案内されたのは厩舎。

馬や家畜の小屋と別に狼が何頭かいる小屋があった。


「狼…こんなにいたのね。」

放牧地のように柵で区切られた森には確認できるだけでも十数頭の狼が見て取れた。


「ヴォルフラウを選定する狼の育成と、この森…ヴォルフヴァルトにいる野生の狼の管理も兼ねてるんですよ。」


「全部エドがやってるの?」

柵に手を掛けたまま振り返るとエドは照れ笑いをする。


「まさか。管理はもっと大人の人がしています。僕はリンデと次期選定狼候補の何匹かの世話くらいですよ。」


小屋の中に時期候補と呼ばれる小さな子供の狼がいた。

「わあ、かわいい。」

よたよたと歩く灰色の狼に、少し年上の麻色をした狼がちょっかいを出していた。ユーノに気付くとぴょこぴょこと跳ねてやってくる。


「やっぱり、ユーノさんは本物です。」


「え?」

かわいい子供狼に囲まれていたユーノは首をかしげる。


「普通の女の人だったら敷地内に入っただけでめちゃくちゃ吼えかかられてますよ。」


「そうなの…?」

他の女の人が来たらどうなるのか…恐ろしくて想像したくない。



離れから厩舎を経由して王宮の本邸に入る。天井の高い廊下が続いて、祭事に使われる大きな教会を見、本邸に囲まれた温室に入る。


温室の中は色とりどりの花というよりは緑色をした葉や小さな花が多かった。


「この国の大きな産業の一つがハーブや薬草を使った薬品の研究と産出なんです。ここはその植物薬学の研究施設なんですよ。」

ミントやセージ、フェンネルなど、料理に使うハーブや、菌類を入れた瓶なんかも奥の小屋にしまわれていた。


「先生―。」

エドがプランターの前にしゃがんで一心に植物を凝視している男性に声を掛けた。


「?」

顔をあげた麦藁帽子の男性は瓶底のような眼鏡を掛けたとても細くて背の高い、かかしみたいな人だった。


「やあ、エド。またチビたちの虫下しがいるかい?この前あげたのは少しチェータを入れすぎた気がしてね、あんまり効果がなかったんじゃないかと思っていたんだよ。いや、ちゃんと排泄は確認したから結果は上々だったんだけどね。でももう少し効果があってもよかったと考えていたんだ。そうしたらいい方法を思いついてね。何だと思う?ソゾルを水に溶かしてみてはどうかなって思ったんだよ。すごいと思わないかい?ソゾルを水に溶かそうなんて思ったのは僕ぐらいじゃないかなってちょっと自信過剰かな?ところで隣にいるお嬢さんは誰だい?」


そこまで一気に喋られてユーノは唖然としていた。


「先生、もっとゆっくり喋りなよって言われてるだろ。」

かかしの先生は照れたように麦藁帽の下にある頭をかきむしった。


「いやー。思ったことはすぐに口にしないと時間がもったいない気がするんだよね。すぐにメモを取りなさいとか記憶しておけば良いじゃないかとか言われるんだけれど、まずメモを取り出してページを開いて万年筆をポッケから出してそこに書き込もうとすると忘れてしまうんだよね。あ、でも研究のことはちゃんと書き留めているよ、大事なことだからね。そういえばこの間陛下に頼まれてハーブを調合した時に」


「ああ、もういいよ!」

いつもはどちらかというとおっとりしたエドが大きな声で先生をしかりつける。きっと毎回この調子なのだろう。


「ユーノさん。この人は王宮で薬学と医学を研究しているケニス先生です。」

ケニス先生は麦藁帽子を取ってユーノに握手をする。


「始めまして。ユーノ・ブラガと申します。」


「あなたがかの『ヴォルフラウ』ですね。これは貴重な出会いをしてしまいました。特定の狼に好かれるなにかフェロモンのようなものを持ち合わせてるんでしょうか。それとも狼に見初められる清らかな精神のなせる業なのでしょうか?とても気になりますが、ところであなたはとても美しい瞳をしていらっしゃいますね。いやもちろん容姿もとてもかわいらしいですが。」


「あ、あの?」

矢継ぎ早に繰り出される言葉に戸惑ったままのユーノの手を握り締めたままケニス先生は止まらない。


「例えるならカモミールのような何処にでもある可憐な花ですがその実は強く、人々の癒しになりうる正にヴォルフラウにふさわしい女性だと感じるのですよ。ところで薬草学に興味はありますか?もしも薬草について学びたいことがあれば遠慮なくわたしに相談してくださいね。こう見えてわたしはハーブティーを淹れさせたら国一番ではないかと自負しているのですがね。実際は王子とかにしか飲んでいただいたことがないのでいろんな方を誘ってはいるのですがどうにも前評判が悪いらしく誰も遊びに来てくれないんですよ。あなたのような美しい方に遊びに来ていただけたらわたしの腕も振り甲斐があるんですがね。」


「ストップ!何ヴォルフラウを口説いてるんですか先生!」

今のは口説いていたのか。半分も聞き取れていなかったので曖昧に相槌を打つことしかできていなかったが。


「ヴォルフラウの勉強をするには薬学も必要なのかしら?」

エドはうーんと首をひねった。


「王子はいずれ引き継ぐ事があるかもしれないけど、どうなのかな?」


「歴代のヴォルフラウ達は伴侶の健康の為にハーブなどの調合を学んでいたと聞きますよ。」

ケニス先生が答える。


「では、またお伺いします。ご指導よろしくお願いしますね。先生。」

控えめに微笑むとケニス先生は頬を赤らめて小躍りしながらユーノを見送った。


ケニス先生、元気です(笑)

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