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嘘はつかない

軽やかなノックの音に自室に控えていたクローネが返事をするとシェールとヘレナが連れだってやって来た。クローネは思わず腰を上げる。


「ユーノの様子は?」

「熱も下がっておりますし、お加減はずいぶんよくなっておりますわ。私たちもなかなかお世話に行くことが出来ないのですけれど。」

日々忙しいせいか、いつもきちんと髪を撫でつけているシェールでさえ疲れていて乱れた毛の落ちた額に手を当てる。


「そうか…。」

彼女が会いに来てくれたのかと思っていたので、がっくりと腰を下ろす。


「ユーノ様のことじゃないのよぅ殿下。お客様よ。」

いつもほがらかなヘレナも眉間に皺を寄せる。

「客?」


ここを避難場所にしたのか、シェールとヘレナは二人して重いため息をついて眉間を揉んでいる。

「今、面会はすべて断るように言っているはずだけど、何か急用か?レイブン?」

「レイブン様であれば許可など取らずにすぐに入って頂いているところです。」

よれたエプロンを直しながらシェールが言う。


男性の、しかも上司の前で身だしなみを整える二人。それをちっとも意に介さないクローネである。

「どれだけお断りしても、説得しても聞く気がないのよう。あの方。」

メイドの姿なんて透明で見えてないんだわ。とヘレナは頬を膨らませた。



「お兄様!」

執務室の隣にある応接間のソファに座ったまま、ヘンリエッタは微笑んだ。


クローネの寝室まで乗り込もうとしていたのをシェールとヘレナがなんとか宥めてこちらで待っていて頂いているのだと言っていた。

「ヘンリエッタ…。」

「お怪我なさったのですってね?慰問に行ったきりで戻って来られないから心配しておりましたのよ。でも、お元気そうでよろしかったですわ。」

「ああ、…どうもありがとう。」


ヘンリエッタは侍女に淹れさせた紅茶を飲んで「なにこれ。淹れなおして。」と突き返した。侍女は青い顔をして部屋を飛び出す。


クローネはそっとため息をつく。

「ヘンリエッタ。聞いたとは思うけれど、わたしは今面会を控えさせてもらっている。だからお茶を飲んだら用意した部屋に戻りなさい。」

「その事でお話がありますの。わたくし、お兄様の隣のお部屋がいいわ。前来た時もそうだったでしょう?」


一方的に話を進めるヘンリエッタに頭が痛くなる。シェールとヘレナの気持ちがよく分かった。幼い頃から我儘な子だったが、ここまで一方的に話すような娘だっただろうか。後ろに数人侍らせている侍女も教養がありそうな娘が揃っているが彼女の言動を咎める様子もなく、ただぼんやりと虚空を見つめている。


「侍従長にも言ったのですけど、無理だっておっしゃるの。だから、隣にいらっしゃる方にお部屋を代わって頂くようにお兄様から言って下さらない?」



クローネは隣の部屋に誰を入れるつもりもなかった。

今離れで眠っているひと以外は。

こんな時にだって彼女の姿が脳裏に浮かぶ



何故か二人の関係がぎくしゃくしてしまったのは、慰問に行ってから。きっとあの時ヘンリエッタの勢いに押されてしまったのだろう。

困らせないと誓うのに、いつも上手くいかない。不甲斐ない自分に苦笑する。



「隣の部屋は、改装していて客室には使っていないんだ。」


「まあ、そうだったの?知りませんでしたわ。どなたもそんな事おっしゃっておりませんでしたもの。」

もう、嘘は付きたくないと彼女に誓ったクローネはしばし目を閉じる


「隣の部屋は、わたしのヴォルフラウの部屋になっているのでね。」




「ヴォル…、なんですの?」

ヘンリエッタはその事を知らないようだった。


「スタイシュタートに属する者たちは必ず知っている事だと聞いているけど。…君のお父上はわざと教えなかったのかな。」

お茶を淹れなおした侍女が青い顔のまま戻って来る。クローネはヴォルフラウと選定狼についてかいつまんで説明をした。


「狼に…?」

ヘンリエッタは扇で口元を隠しているが、嫌悪感で瞳を歪ませている。淹れなおした紅茶はまた手を付けられずに冷めている。


「彼女の立場を慮って非公式ではあるけど婚約式も済ませている。…だから私の隣の部屋に君を入れるわけにはいかないよ。」


ヘンリエッタは暫く黙ったまま紅茶を凝視していたが、やがてすっくと立ちあがった。

「わかりましたわ。では、お部屋の事は諦めることにいたします。でも式典でのダンスはわたくしと踊って下さいませね?社交界デビューのダンスですもの。お兄様と踊るのを楽しみにしていましたのよ。」

「…ああ、分かったよ。」



ヘンリエッタは嵐のように去ったが、クローネは嫌な予感がして仕方がなかった。


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