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回顧

「家庭教師になってくれないか」などという我ながら呆れるお願いをユーノは真面目にこなそうとしていた。


クローネが朝の政務を終えて、休憩がてらに彼女の部屋へ訪問すると、彼女は机に書庫で借りてきた本を広げていた。


「やあ、」


彼女の背中に声をかけるとびくりと飛び上がるように驚いた様子でこちらを振り返る。今まで自分に係わってきた女性にはない新鮮な反応が面白く感じて、知らぬ間に口元が微笑みの形を取る。


「あ…で、殿下。」


驚きと、ほんのり赤くなった顔をごまかすように前髪をわざとらしく直す彼女に「何をしていたの?」と机上を見ると同時にそっと近寄った。ユーノは意識が机の上に移ったようでクローネが傍に寄ったことに気付かないまま広げた本を眺めた。


「学生の頃に読んでいた本とか、後は…家庭教師をするときに参考にした図鑑とか…、殿下の興味のあるものは何かしら。…と思って、集めていたらこんなになってしまいました。」


そこまで大きくない机の上には十冊以上の本が積まれていた。おそらく大学の時に学んだのであろう外国語の本や、子供向けの英雄の伝記絵本。昆虫や植物の図鑑もあった。


クローネは何気なく取った一冊の本をぱらりとめくると、中には美しく着飾った姫と王子がダンスを踊っている挿絵があった。どうやら少女向けの恋愛小説のようだった。


「あ、あのそれは…っ」


ぎょっとしたユーノがクローネの手から本を取り返そうとする。反射的にクローネは取り返されまいと身をよじった。


「なに?」

「あの、か、返してください…それは違うんです!」


思わず触れあってしまった腕と腕にユーノは真っ赤になり、急いでクローネと距離を取りながら訴えた。


「ダンスの練習をしているのですが、上手くいかなくって…、それで、その、何かの参考になればと…。」

「…。」


ユーノの声がどんどん小さくなっていった。俯いた彼女のつむじを見ながらクローネは我慢しきれずにくすくすと笑う。


「殿下の本はあちらです、返してくださいっ。」


油断していたので本を取り返されてしまったが、クローネは悪くない気分だった。


「殿下の興味のある本を教えてください。植物や外国語はもう勉強なさってるだろうから…、昆虫の本がいいかしらと思ったんですけど…。」


クローネから取り返した本を抱きしめたまま、距離を取られた。可愛らしい反応ではあるが、こうも離れられると少しばかり寂しい気持ちがする。


(いちばん興味があるのはその本なんだけどね。)と思いながら彼女と彼女に抱かれた本を見てクローネは苦笑した。


それから婚約の儀が行われるまでクローネは政務にかかりっきりになり、彼女の「授業」を受けることは叶わなかったが、彼女の教育係のレイブン曰く「なんとか様になりました」と報告を受けていた。


そして婚約の儀当日

久しぶりに会ったユーノは薄い絹のヴェールをかぶっていてその表情を見ることが出来なかった。クローネは彼女の顔が見えないことを不安に思う。


無理やりに、強引に決められた婚約。

別れの言葉も掛けられないままに家族と引き離された。

泣いておられましたよ。と言っていたレイブンの言葉を思い出す。


ヴェールを上げた時に彼女は泣いているのだろうか。

不安に思う心を隠してクローネはヴェールを上げる。


薄絹を取りはらった彼女は言葉を失うほどに綺麗だった。

彼女が抱えていたあの小説の姫君など色あせてしまうほどだとクローネは思った。


緊張の為か少し寄せられた眉も、こちらをじっと見上げる濃い茶色の丸い目も、悲しみの色は滲ませていなかった事に安堵した。


内密な婚約の儀であることを考慮して、誓いの口付けは額にするようにと言われていたのだが、ぼんやりとしていたクローネはユーノの桜桃のような唇に誘われるように顔を近づけ、はっと気がついてあわてて頬に唇を寄せた。大失態に後々レイブンにこっぴどく叱られるのを覚悟した。


その翌日、ユーノには来訪を黙っていた家族との面会を叶え、彼らが帰るまで泣きじゃくっていた。祖父と父にあやされる姿を見て、クローネは彼女をこんなに泣かせてまで国王の言いつけを守るべきだったのかと後悔した。

どうしたらいいのか皆目見当が付かない。彼女ひとりでさえ守れていないのに、この国を背負うことができるのだろうか。


「ああっ!」


泣きじゃくってそのまま倒れるように眠ってしまったユーノを寝室のソファに寝かせた後、部屋の外で心配そうに控えていた彼女の父ジミーが叫び、その大きな声に自分で驚いて両手で口を押さえていた。部屋を振り返るがユーノが起きた気配はなく、ほっと胸を撫で下ろす。


「す、すみません…。」

「どうしたんだね、ジミー。」


ジョナサンが小声で聞くとジミーはジャケットの内ポケットから指輪を出した。


「これを、ユーノに渡そうと思ってて…忘れちゃったよ。」

「ああ、ソフィアの指輪だね。」


彼女の亡くなった母の物らしい指輪をジミーはクローネに差し出す。


「殿下、うっかり者で申し訳ないです。できるならこれをユーノに渡してやってください。」


「直接渡してやりたいところですが。…帰りの馬車を用意していただいてるようなので。」


内密に行われた婚約式なので彼女の親族といえど一般市民が城に長居すれば誰に妙な噂を立てられるとも限らない。というのが建前。


「こちらこそ申し訳ない。急なことだったので満足に準備もしておらず、ご面倒をかけたでしょう。」


二人には準備不足の為に今回の婚約式は略式で正式に婚約を発表するのは年が明けてからだと伝えている。選定狼とヴォルフラウについては他言無用を前提に説明をしている。


これで、一年後に彼女が実家に戻ってきたとしても騒ぎにはならないだろうと思う。


婚約を破棄させる理由はまだ思いつかない。いずれは考えないといけない事とは分かっているのだが、まだそんな考えは出来そうにもなかった。


祖父と父に愛とともに送り出された彼女はホームシックからだろうか?それとも一年後にこの城を去ることを悲しく思って泣いていたのだろうか。分からない、けど、それを確かめるのは怖い。


彼女が愛されている証の指輪を渡さなくてはならない。

堂々巡りの思いを後回しにしてクローネはユーノが眠る寝室の扉をそっと開けた。


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