出会い
雲の多い季節だが、雨の降る様子はなく、風も心地よいいい日和だと自転車を押しながらユーノは並木道をのんびりと歩いていた。
家庭教師をしている生徒の親御さんから美味しいパンを頂いてしまった。
持参していたソーセージをはさんで公園でランチにしようと計画する。
「そうだ、帰りにおじいちゃんにもおすそ分けしようっと。」
高校を卒業し通信教育で大学を出た後、こうして地元に残って仕事を続けている女はもはやユーノ一人になってしまった。
クラスメイトの女子はみんな都会に働きに出てしまったか、地元やその近辺の町や国に嫁いでしまった。
時々そんな友達から手紙が届く。大変なこともあるだろうけど、元気でやっています。そうした手紙の最後は決まってこんな文章で締めくくられる。
―あなたにも素敵な旦那様が見つかりますように―
願いにも似た文章だな。と常に思う。
夏になれば子供が遊びにぎやかな広場の草原だが、秋も深まると人はまばらだ。広場が見渡せるベンチに座ってソーセージとパンをくるんだ布を広げる。
「わ…いい匂い…。」
今日の生徒さんは貿易会社のお坊ちゃんだった。少し賢しげで冷めた子だったけど、話しをしているうちに外で遊んだことがないことが分かって、二人でテニスをした。
そうしている内に庭師の子やメイドの女の子も混ざって大騒ぎになった。母親に呆れて怒られたが、こんなに笑っている息子を見たのは久しぶりだと言われて、ちょっと誇らしくもあった。
いつもじゃなかなか食べられないふかふかのパンが、あの親子の照れた笑い顔に見えて、ユーノは一人で微笑んでいた。
「あら?」
気がつくとベンチの側にある並木に黒い犬が座っていた。
耳が少し小さくて、鼻筋の通ったハンサムな犬だった。首輪をしているが飼い主の姿が見えなかった。
ユーノの視線に気付いたのか、ゆっくりとした足取りでやってきて膝の辺りをくんくんとかぎ始めた。
「どうしたの?」
近づくとずいぶん大きな犬だったので驚いたが、すっと手を出すと手のひらに湿った鼻を押し当てた。
頭を撫でると黒い毛並みはつやつやでとても触り心地が良くて、ユーノはなんだか癒されてしまった。
「迷子なのかしら…。ねえ、ソーセージ食べる?」
声をかけると首を傾げて見せた。その仕草は最高に可愛らしかった
「伯父さん…ママのお兄さんの手作りなの。美味しいわよ。」
小さくソーセージとパンをちぎって手のひらに乗せるとぺろっと上手く舌を使って食べた。
しばらくそうして一人と一匹でランチを済ませていると、広場の向こう側から一人の少年が走ってきた。
足元がふらふらしていて、おそらくこっちに来たいのだろうが、右にいったり、左に逸れたりと草原をジグザグと走っている。
ユーノと犬がじっと見ているうちにようやくたどり着いた少年は汗だくで息も絶え絶えでしばらくそのままぜえはあと自分の息が整うのを待っていた。
「あの…すみません…。」
少年は走りすぎてよれよれだったが、仕立てのいいシャツを着ていた。黒いビロードのリボンタイがふわふわと揺れる。
「この子、あなたのワンちゃん?」
「あ、はい!そうです!」
そばかすの消えない頬を染めて、真っ青な目が大きく見開かれた。
「ごめんなさい、飼い主がいつ見つかるか分からなかったから、少しソーセージをあげちゃったの。叱らないであげてね。」
そう言って犬の頬を撫ぜると犬は気持ち良さそうに目を閉じた。
「…ヴォルフラウ…」
「え?」
少年が何かをぼんやりと呟いたが、よく聞こえなかった。
「あ、いいえ。何でもないです!あの、見つけてくださってありがとうございました!」
「ううん、いいのよ。私動物大好きだもの。一緒に遊べて楽しかったわ。」
首輪に紐を付けられるのを犬は少し嫌がったが、ユーノが頭を撫でると大人しく繋がれた。
「僕はエド。コイツはリンデ。あの、貴女のお名前は…?」
「うん?私?…ユーノ、ユーノ・ブラガよ?」
「そうですか…」
「?」
エドは視線をそわそわと辺りに惑わせてもにょもにょ言った。
「あの!また、遊んで貰ってもいいですか?その…コイツ…ともだちいなくって…。」
「もちろん。また遊びに来て。」
「ハイ!ありがとうございます!」
エドはとびきりの笑顔を残して、リンデになかば引きずられるようにして帰っていった。