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回想

王子目線で少しおさらい

ヴォルフバルトにそびえる白い王城。広大な森と山脈を領地にする小さな国スタイシュタート。クローネは現国王ストラトスの孫として産まれた。


仲睦まじいクローネの両親である皇太子夫妻の努力も空しく後継者となる子供は彼一人のみ。幼少の頃より次々期国王としての教育をされてきた。そしてクローネは周りの期待に応えようと必死に勉学に励んだ。


そうやって政務や勉強に励む一方で、クローネはあまり社交的ではない性格になっていた。舞踏会にはほとんど出席せず、温室や書斎、ヴォルフバルトで植物の研究や狼の調査をしているほうが落ち着いた。が、美しい容姿をしていながらめったに社交界に登場しない王子だと謎めいた魅力を後押ししているとは本人は知らずにいた。




「…結婚?わたしが?」


突然結婚することを命じられたのはクローネが二十一の誕生日を迎えてしばらく経ってからだった。


「お前ももう成人して立派に政務をこなしている。そろそろ跡継ぎも考えんとならんからな。」


「ずいぶん急ではありませんか!」


「ばか者!遅いほうだぞ!何度も舞踏会を欠席して机にへばり付きおって。これでもお前が少しでも積極的に社交界へ顔を出すようにと苛立つ気持ちを押し殺して根回ししたわしの努力を無駄にして…。」


逞しい体躯の父フィーリップが机を叩くとそのまま真っ二つに割れるんじゃないかと思うほどびりびり震えが伝わった。


「とにかく、一刻も早くお前の嫁を探すぞ。」




そう宣言して父王が連れてきたのは城下の小さな町で家庭教師をしている一般市民の女性だった。


「ユーノ・ブラガ嬢。選定狼リンデが見つけてきた…正真正銘のヴォルフラウだ。」


「彼女が…?」


父王に示されて幽かに開いたドアから彼女を覗き見た。不安そうにソファに座る姿はどこか幼く見えて、しばらくその横顔を眺め続けた。




しかし、クローネはまだ妻を娶るつもりはなかった。祖父も父もまだ健在で王位継承者としての責任感があるとは言いづらく、国の主な産業である薬草学の研究に力を入れ、医学が盛んな国などに安定した輸出が出来るようになればさらにこの国が富むだろう。だから、まだ女にうつつを抜かしている暇はないのだ。


だから、仮の婚約式を済ませ、一年間だけ彼女と過ごすことを条件にした。一年この城で過ごせば一般庶民の彼女はきっと、華やかなだけではないこの世界にうんざりして出て行ってしまうだろうと見越してのことだった。


そんなクローネの思惑とは違い、ユーノは城に馴染もうと一生懸命に勉強しているようだった。


公務室に、クローネはレイブンとジョシュアを呼んだ。


「…彼女は?」


レイブンとジョシュアは顔を見合わせる

「…ユーノ様の事ですか?殿下。」

クローネは厳かにうなずいて見せるがジョシュアは呆れ顔を隠そうともしない。


ユーノが城にやってきて数週間、クローネは彼女と面会をしていない。そのくせ彼女の周りにいるメイドやレイブン達にその様子を毎日のように聞いてくるのだった。


「だから、自分で会いに行けって。なんで俺に行かせるんだよ。」


レイブンは彼女に社交の為のマナーやスタイシュタートの歴史などを教えている手前、彼女と過ごすことも多い。だがジョシュアはユーノが散歩に出るときなどのお供を務めてもらっている。ジョシュアが近衛兵長だという事を考えるとかなりクローネの権限を乱用している。


「あー、姫さんならエドと厩舎の掃除をしてたな。」


「掃除?」


「おお、暇だと片付けしちまうんだと。ついでに厩舎のじいさんが腰を痛めちまったんでしばらく掃除できてなかったから助かったって言ってたぜ。」


「そうか…。」

そうしてクローネが隣に目線を移すとレイブンが軽く嘆息した


「そうですね…今日は国の歴史と農業について学んでいただきました。叔父が農家をしているそうですので私達よりもよくご存知でいらっしゃいましたね。」


定期報告を受けて彼女の人となりが少しずつ分かってきた。彼女は大人しく真面目で華やかなものがあまり好きではなく、そして意外にも社交的だった。散歩に出た先で厨房や厩舎、兵舎の者と仲良くなったと聞いた。いつまでも限られた人間としか接しない自分とは大分違うと感じたが、それは決して嫌な感覚ではなくてどこか羨ましいと思う気持ちがあった。



彼女がもしも玉座の自分の隣に座ってくれたらきっと他人が苦手な自分の代わりに誰もの言葉に耳を傾ける后になるだろうか。


そこまで思いをめぐらせているとレイブンが珍しく言いにくそうに口を開いた



「それと、時々泣いておられるようですよ。」


「なに?」


「慣れない環境で、頼りになる者もおらず、不安な思いもされているのでしょう。」


扉の隙間から垣間見た彼女の横顔が涙に濡れるのを想像してクローネは青ざめる。


「自分が帰りたいだの駄々を捏ねると国王や殿下に迷惑がかかるからって。…なのに肝心の殿下はほったらかしで合いにも来てくれないとよ。」


「そこまでは言ってなかったでしょう?」

冷静にレイブンは突っ込んだ。




そうだ。彼女は庶民で国王や父王の強引なやり方と、自分の我儘でここにいてもらっているのだ。彼女のことを考えれば早急に家に帰してやるべきではないのか。



クローネは翌日、小高い丘へリンデを連れて散歩に出かけたユーノを訪ねた。


大きな目を見開いてこちらを見ている。初めて彼女を真正面から見て、いつもなら女性は特に警戒して緊張してしまうのにそれを感じないことを不思議に思った。それはクローネよりも彼女のほうがより一層緊張しているからかもしれないが。


まず、彼女とずっと面会してなかったことを謝った。それから、望むならすぐに家に帰れるようにするつもりだと言うはずだった。だが、彼女と話をしているうちにその言葉が喉から出てこなくなった。



もっと彼女と話をしてみたい。興味本意なのかもしれないが彼女のことを知りたいと思った。


そして気がつくと自分の家庭教師になって欲しいと馬鹿げたお願いをしてしまった。一年間実家に帰れない寂しさを我慢して自分の我儘に付き合って欲しいと。



仮にであれ、自分の妻となることを了承した彼女は唇を引き結んだ。



今にも泣き出しそうな彼女の顔を正視することが出来ず、クローネは俯いた。


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