寝室
二人には新しい寝室が用意されていた。ユーノが今まで滞在していた離れではなく、王宮の中にあるクローネの部屋の隣を改装したそうだった。王宮の中らしく、白い大理石の柱をしていたが壁は赤ではなく優しいミントグリーンだった。
部屋の中心には天蓋の付いた大きなベッドがしつらえてある。
寝室を挟んだ逆隣の部屋でユーノがドレスを脱ぎ、ゆったりとしたワンピースに着替えて寝室に入るとクローネはソファに座って本を読んでいた。
「そこに立っていないで、どうぞ座って?」
クローネも柔らかいシャツのくつろいだ格好だった。ソファに足を伸ばしておなかの上に本を広げている。ユーノは少し迷ってクローネの座る正面にあるソファの端にちょこんと座る。やっぱりまだ緊張している。それにまだ気まずいのだ。
…彼とキスをしてしまった。
恋愛経験の乏しいユーノはキスなんて家族としかしたことがなかった。たとえそれが頬だとしても、初めてのキスがこの人なのだと思っただけで顔が火照る。
緊張しているユーノにクローネは苦笑する。
「今日は疲れたでしょう?…わたしも人の多さに少しうんざりしてしまった。あなたは遠慮しないで先に休みなさい。」
労わるように声を掛けてくれるが、やっぱりキスしたことはなんとも思っていないのか。ぎこちないのは自分だけでなんだかこっけいに思える。
示された大きなベッドは一つしかなかった。
「でも…え、」
見る見るうちに顔が赤くなっていく。クローネは顔色が変わるユーノを驚きのまなざしで見つめてその顔をまた苦笑に変える。
「安心しなさい。…あなたが困ることはしないと言ったでしょう?わたしはこっちで眠るから気にしないでそこで眠るといい。」
そう言って今足を伸ばしているソファをぽんと叩く。
「そんな、そういうつもりで言ったんじゃないんです、わたし…」
ただあなたがファーストキスの相手で恥ずかしいのですとはさすがに言えなかった。ソファはゆったりめに作られてはいたが、これでは彼は寝返りも打てない。
「駄目です。殿下が、こっちで寝てください。わたしの家のベッドはこれぐらいの大きさなんです。逆に家にいるみたいで落ち着きそうです。」
「…一緒に寝るつもりはないみたいだね…。」
苦笑しながら王子が呟いた言葉はユーノには聞こえなかった。
「え、何か?」
クローネはにっこりと笑った。
「ご両親と住んでいたの?」
「いいえ、…家庭教師の仕事についてからは一人暮らしでした。とは言ってもすぐ近くにおじいちゃんのお店があったのでほとんどそっちに帰っていましたけど。」
突然始まった「クローネの家庭教師」の仕事にビックリしたが、気が紛れる気もするので話を続けることにする。
「おじいさんは何を?」
「本屋さんです。古書を扱ったりもしますけど、文房具とか新聞とかも売ってます。」
「へえ…。」
クローネの目が輝く。どうやら読書が好きのようだ。
「パパ…父は地元の新聞記者をしています。母が死んでからは家を売っておじいちゃんの本屋さんの2階に暮らしていました。」
「母上は…。」
「小さい頃だったのであまり記憶にはないんです。だからすごいおばあちゃんっ子だったんですよ。」
クローネは両手を組んでじっと考えていた。
「あなたの、父上とおじい様が来ているはずです。」
「え?」
「もちろん、あなたの大切な家族ですから。レイブンが迎えに上がりました。今日はこちらにお泊りになられているはず。」
クローネはソファから起き上がって、優しいまなざしでユーノを見る。
「明日、お二人に会って差し上げてください。」
クローネの笑顔は優しくてそして何故か寂しそうに見えて、ユーノの胸はきゅうと苦しくなった。
ベッドの所有権はソファと毎日交代にするということで折り合いが付き、今日はユーノがベッドを使うことになった。




