プロローグ
「馬鹿げた事とは何事だ!」
高い天井に吊り下げられた繊細なクリスタルのシャンデリアが男の一括でちりちりと震える。
森深い国土に設けられた白い居城の一間である。
落ち着いた赤い色の壁と白い大理石の柱が飾られる煌びやかな調度品を品良く纏め上げている。日ごろ小さな会食や会議などに使われる長い机と椅子が並ぶ部屋には3人の男が対峙していた。
大きな声を上げたのは長机の長辺にいる壮年の男。少し灰色がかった髭を蓄えたがっちりとした体躯。
声を上げられたのはその向かい側の長辺に姿勢良く立っている青年。声を荒げられているにもかかわらず、その表情は涼しげだ。
そして短辺に設けられたビロード張りの椅子に座って老年の男が目を閉じたまま二人の言い争いをじっと聞いていた。
「馬鹿げた事でしょう?彼に決めさせるなど。」
青年は涼しい顔のまま正面の男に言った。
「我等は長年、そうやってきたのだ。ワシも、父上も、この伝統に則って嫁取りをしてきたのだ!お前だけがそれをしない、と言うわけにはいかんのだぞ!」
「しかし、父上!」
青年は初めてその顔に表情を見せた。焦りの表情だ。
「国王陛下や、父上の妻…つまり、おばあさまや母上は、こちらに輿入れてから彼と会ったと…。彼に選ばれるように努力をしたのだと聞きました。」
「そうだ。ワシの妻は遠く西方からの輿入れだったのでな。」
「では、彼が選んだのではないのではないですか!」
青年は大きな一枚板で出来た長机をばん!と叩いた。正面の父親と睨み合う。
「…諦めるんだな。クローネ。」
豪奢な椅子に座った老人、国王がクローネと呼ばれた青年にポツリと呟いた。
「お前が、二十一になっても嫁を取らず、まったくその気も起こさなかったのがいかんのだ。」
「そんな…国王陛下…。」
あごの前で手を組んだまま国王は眉間にしわを寄せた。
「彼に、運命をゆだねるのだな。息子よ。」
クローネの父は苦渋の表情だった。
「出会う順番がどうあれ、彼の鼻は本物だ。…きっとお前にふさわしい花嫁を選んでくれるだろうよ。」