貧乏大脱出 1
どうも文章があっさり流れすぎる気がして少し描写を増やしました。
水晶洞窟に帰ってきた俺たちは、眠い眼を擦りながら崖を降りて車に辿り着いた。
俺は村での肉体労働が応えてかなりくたびれていて、運転の最中何度もヒヤッとしては目が覚めるの繰り返しだった。
居眠り監視役を期待した助手席の礼子嬢だが、始めの5分は何とか睡魔と闘いながら頭をカクンカクンしてたようだが、今や鼻をつまんでも起きないほどの熟睡状態である。(実際やったのだが、あまりに起きないのでずっとやってたら口からプシューと音がして今や口を開けて寝ている)
あんだけ人を変態扱いしといてこれだ。
口の中に何か入れてやろうかと悪戯心が芽生えたが、やはり女性にヘタレな俺は出来ないのであった…
運転手と同乗人は本来助け合うのがマナーだと常々思う俺にとって、彼女の今の痴態は残念の一言だ。
まあ、色々と残念な部分が多いのは解ってるが、また俺の中で彼女の残念な称号が増えたようだ。
俺が狼なら貞操の危機なんだろうが、その方面は全くなへたれである俺を知ってる彼女だからこそのこの無防備ぶりなんだろう。
ただ、口を開けて涎を垂らさんばかりのこの色気もない格好じゃ狼もスルーだろと少し生暖かい目で見る俺。
(まあ無防備な寝顔は悪くはないんだが…妙齢の女性のよだれはなぁ )
睡魔と唯一人で闘った末、ようやく言われた場所で停車し彼女を本気で揺すったり大声で叫んだりほっぺたをびろーんと延ばしたり(そこはかなり勇気を振り絞ったが)してやっとこっちの世界に戻ってきた彼女。
(いったいコイツの家に目覚まし時計は幾つあるんだろう?)
寝ぼけて半眼の眼で周りを見渡して、最後に俺をじぃ~と見た彼女はこう言いやがった。
「師匠。寝てる間に変なことしてないですよね?」
「はぁ?」
俺の素のリアクションに安心して満足したのか、サッサとドアを開けペコッとお辞儀してオートロック付きのマンション(くそ、金持ちじゃねーか)の奥に消えていった。
「何という自意識過剰…はぁ」
睡魔と彼女の会話でどっと疲れ出た俺は、ほうほうの体で自宅に辿り着いた。
もう新聞配達のバイクが走っている時間だった。
築50年は経ってるらしい古びた小さな平屋の我が家。何と慎ましい姿だろう。
(やべ、侘びさに涙が滲んできた)
はっきり言って今の俺は貧乏である。
大学講師としての給料は生活費以外全て趣味のアウトドアに費やしており、研究員と言ってもさして成果の出る研究をせず石を集めるだけの俺に協賛してくれる企業もない。
勿論アウトドアグッズやウェアには金を惜しみなく注ぐが、実用性のないチャラチャラしたおしゃれ着なんぞ買う事は無いし、衣服が破れりゃ直して着る。増してやデートする予算など残るはずもない。
まあその前に相手も居ないんだがハハハハ…涙。
ただ食事は好きなんで結構良いものを好む。キャンプをすると自炊もするし、ぱらぱらチャーハンは大の得意だ。
野草や果実やキノコの知識もあるので、サバイバルにも自信がある。
甘いものも大好きで別腹のタイプ。
良くお取り寄せをしてはブログで評価をしてるくらいだ。
(結構評判だ)
まあコレらも金がなくなる要因なんだが。
結論としては所謂行き当たりばったりの計画性の無さが全ての元凶だろう。
こんな独身者が年々増えてるらしいのは良くニュースで取り沙汰されてるのは知っていたが、俺はあいつらとは違うと頑なに現実から目を逸らす俺だった。
ギシギシと音を立てながら我が家の寛ぎのスペースの八畳の居間に入り、リサイクルショップで二束三文で買ってきた、良く言えばアンティークなテーブルの上にバッグパックの中身を出して整理する。
眠いがアレだけは速攻で確認しないと寝れない気がする。
まずメノリに渡せなかった菓子類が出てきて、それを見てるとちょっとセンチになった。
「まあ、またあの街に行ってもっと美味いヤツを渡してやろう。」
まるでそうすれば許してもらえるかのように独り言を敢えて呟く。
チョコを幸せそうに頬張るメノリを思い出して頬が緩む。
そして一番の関心事であった、金貨と銀貨の詰まった袋を出して一気にハイテンションになる俺。
袋をテーブルにぶちまける。
ちょっとばかし震える手で数えた結果
金貨が70枚
銀貨が60枚入っていた。
その金貨大きさは小さいものの、色や柔らかさを見てかなりの高純度だとは思ったが、予想以上で98%というほぼ純金に近かった。
一般的流通貨幣は、日々ストレスを受けるので、曲がったり削れないように銀や銅を10%くらい混ぜて硬度を上げるのが普通だが、この金貨は記念金貨みたいに純金に近い。
古代ではこの手の金貨はあったらしいが、やはりこれと同じように小さいものだったようだ。
小さく厚くして変形を防いでるんだろう。
しかし軟らかいので結構くたびれてるのもある。
重さは大体9グラムだった。
となると、金としての価値は大体250万になる。
「ヒューー…」
さらばボロ借家
さらば貧乏
ニヤニヤ
ニヤニヤ
ニヤニヤ
やべ、ニヤニヤが止まらない…ニヤニヤ
ぐふふ
すっかり金持ち気分になった俺の妄想タイムは5分あまり続いたようだ。
銀貨は一枚千円程度だから溶かしても大した金額にはならないので向こうの世界用に取っておく。
金貨はこのままじゃ歴史的世界史的に架空のコインだから溶かして処分する。
しかし純金の金貨が流通してるという事は、国が豊かで産出量が多いということか。
ますます異世界に興味津々。
今度は水晶以外にもたくさん持って行ってみよう。
大人になって初めての気持ちだ。すっかり童心に帰ったような、遠足前の小学生のようにワクワクしながら就寝した。
目が覚めたのは昼前だった。
軽くシャワーを浴び洗濯を済ませ、食事はささっと玉子かけご飯で済ませる。
普段はもっと手を掛けるんだが、今は食事より異世界である。
持ち帰った地図を広げてみると、あの街が載っている地図から計るに、一枚の地図の端から端までは50キロ位になるようだ。広域地図だが、かなりビッシリと書き込みがされているので不便はないだろう良い地図だ。
文字が書かれてるが全く読めない。
ふと翻訳魔法石を持ってきて握って地図を見てみる。
確か昨日あっちでは読めたような記憶があったので試してみたが、なにも変わらなかった。
よく考えてみる。
確かこの魔法石の翻訳機能については双方所持してないと一方通行だった。
と言うことは、地図に水晶を触れさせればいいのかもしれない。
つまり、転移の時と同様に俺が触れていれば良いわけだ。
早速試すと、案の定、全ての文字が読めるようになった。
フレンデ村もあの街がザンブトというのも分かった。
そしてその先30キロ行くとかなりザンブトの10倍くらい大きなキベという街があるようだ。
きっと色んな店があるに違いない。
ヤバイ
またドキドキしてきた。
この地図で一週間は胸躍る日々が送れるに違いない。
更に見てみると、何も描かれてない地域がある。
未開なのか何もないのかは不明だ。
この辺はザンブトの街に行き聞いてみるしかない。
メノリが居なくても相手に触れながら会話すれば翻訳される確信を得たのは心強い収穫だった。
取り敢えずあの街を中心とした数枚をバックパックに入れる。
その時ふと背中に視線を感じた。
悪寒に近い嫌な予感を感じた俺は、そこに居るかもしれない者に恐怖を感じながら、首をぎぎぎと鳴らせ窓へと視線をゆっくりと動かす。
と
割と高い位置の窓に頭半分を出し、じぃ~っと覗いてる二つの眼があった。
しばし見つめ合った
更に見つめ合った
そろそろテレパシーで念話出来るんじゃないかと思うくらい見つめ合った。
愛が芽生えそうになる気配に動揺した俺は、視線をそっと外して準備作業に戻った。
そう
俺は見なかったことにしたのだった。
礼子が不気味キャラになってきたのが… ヒロインの1人なのに哀れ。