街道の罠
スランプで間隔開きました。グロ注意
街道の滑らかな石畳は王都を出てから1時間ばかりで土の道になった。必然的に道の轍や石が馬車の速度を遅くさせる。
これがアスファルトなら車なみの速度が出てたところだが、滑らか石畳とはいえ俺の運転技術もあり自転車程度の速度しか出せなかったので大した距離は走ってなかった。
それが更に悪い道となって速度はジョギング程度になってしまう。街道沿いの住居は減り、人通りも少なくなった道は昼間とはいえうら寂しい空気が漂っていた。
予定を下回る走行距離に俺は少し焦っていたようで、無意識に速度を上げてその皺寄せが馬車の中の2人に降りかかっていたらしい。
操縦に必死な俺の背後にどんよりした気配が被さってきたと思うな否や両肩に手が置かれむんずと掴まれる。
なっ!?
俺は前を見ながらもチラッと後ろを振り返る。
目の前を礼子の青白い顔のどアップが浮上してきてたまげた俺は思わずヒッと仰け反った。
「れ、礼子、びっくりさせるんじゃ『じじょう…ぎぼちわる…………うぷっ』な…い?」
うぷっ?
「ぅわーーーっ!!!吐くなあぁぁぁぁあ!!」
「うぇろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろロロロロロロロロ…」
「ぎゃああああああああああああああああああああ…」
数分後、道の端の空き地に馬車を停め、すやすやとシンデレラのように寝入っていたメノリを起こし酔い止めの魔法を礼子に軽くかけてもらった。なぜ先に掛けとかなかった俺。後悔先に立たずとは良く言ったもんだ。
「にしてもメノリは流石に乗り慣れてるな」
俺は街道沿いの川で礼子のアレでデロデロになった上着を洗いながらメノリに話しかける。結構高かったアウトドアブランド品のジャケットなので鬱になる。
「うん。でもこの馬車乗り心地良いいよ。良すぎて寝ちゃった。」
(マジか、俺のケツは既に剥けそうだってのに…)
「…」
顔色が多少回復した礼子はそれを聞いて絶句してる。
(三半規管はんぱなく鍛えられているな)
メノリならきっとくるくるバットをやった後、平均台を軽々と渡り目を瞑って片足で延々立ってるに違いないとアホな事を考える。
礼子の体調も回復したようなので、今度は極力揺れないよう慎重に馬車を走らせる。
礼子はメノリの魔法でゴマフアザラシのようにグッスリ寝ている。
シンデレラのメノリと扱いが違うのは今までお互いの印象によるところが大きいのは致し方ない。
いわゆる色眼鏡である。
乗り心地の悪さで寝ようにも眠れないから本人から頼み込んできたそうだ。魔法って便利だとつくづく思ったが、メノリの体力を削ってると思うと複雑な気分だ。
濡れた上着を馬車の張りに引っ掛けて、そろそろと出発する。
と突然メノリが馬車の扉を開けて俺の隣にちょこんと座った。
「どうした?」
「…別に」
「…」
何とか様と言う若手女優のように素っ気ない返事を返してきた。
慣れない馬の制御で余裕の無い俺は前を向いたままなので彼女の表情はチラッと一瞬しか見えないが、何とか様のような不機嫌なわけではないようだ。
元々異性に積極的でない方の俺は何を言うでもなし、また彼女も何も言わなかったが、時々顔の右側がこそばゆい感じがしたのは彼女の視線だったのだろうか。
無精髭剃ってくるんだったなぁと少し後悔。
気になってちらっと時々メノリを見ると偶に銀色の目と視線が合う。
何これ。
何かのフラッグなのか?
対異性スキル初等クラスの俺には答えが解らない。
だが不思議と沈黙は心地がいい。
そう、まるで古い友人か肉親に感じるような空気だ。
異性で他人だと初めてと言っていい。
いやもしかしたら俺的には妹と認識してるのかもしれないが。
ただ彼女のドストライクな声が聞けないのは残念な気もした…。
いやこれじゃあ俺自体が残念な奴だな。
心地良い空気を優しく包むように穏やかなメノリの声が沈黙を破る。
「…ヨシユキの国ってどんなとこ?」
良い声だ(萌)
「そ、そうだなぁ…一見物が豊かで戦争の無い平和な国……かな」
色々複雑でそれだけじゃないが間違いは無いはずだ。
「平和な国か…いいな。行きたいな…」
俺は返事に窮した。
連れて行くのは容易いが、この世界の国ではないのだから果たして連れて行って良いものかどうか今の俺には判断できない。
「メノリはこの国が嫌いなのかい?」
少し目を見開いたメノリは俺をしばらく見た後、自分の膝に視線を落としそっと呟いた。
「…よくわからない」
まあ辛い思い出が多いのは確かだろうから好きと言えないのは仕方ないのかもしれない。
「…でもそんな事は関係ないの。ヨシユキと……ううん、ヨシユキの国が見たいだけ」
パッと顔を上げたメノリの眼が俺の考えを探るようにじぃ~っと見つめてる。
これはいわゆるアドベンチャーゲームで言うマルチエンディングの分岐点ではないのか?
ただ、ゲームのように台詞の選択肢はないので自分の言葉を考えなければいけない。
何という自由度の高いゲーム。そう考えるとリアルって難易度の超高いゲームである。ただし思い描くエンディングが有ればの話だが、あいにく俺は自分がどうしたいのかよくわからないのである意味簡単なのか?
俺は今までのメノリとの出来事を思い返しながらこの分岐点にぴったりの回答を導き出した。
「そうか。まあ俺の国にはメノリの大好きな甘いものが沢山あるからな。そうなったら太るぞ~ははははは」
どうだ!決まったな。これは良い選択肢。俺はドヤ顔でメノリのリアクションを待った。
「……ばか」
(あれ?)
いきなり寒気が降りてきて2人の周りの気温が一気に10度下がった気がした。
どうやらいつものように選択肢を間違えたらしい。
さすが恋愛アドベンチャーゲーム下手の俺の本領発揮である。
こうなると自分で自分を抹殺したくなる…マジで。
もし人生というゲームの分岐点用にセーブの魔法があるのなら、金貨全てを投げ打って手に入れたいとつくづく思う俺だった。
ピピピーーー
笛の音が響き渡る。
前方で人だかりが出来て道が塞がっているのに気が付いた俺は現実に引き戻された。
馬車をゆっくり減速させ人集りの手前で停車させる。
騎士数人が何やら通行人と話してる。検問してるようだ。一瞬尋ね人のポスターの事が脳裏に浮かびドキっとしたが、どう考えてもそんなはずはないと思い順番を待つことにした。
「メノリは後ろに居た方がいい。」
「うん」
素直に馬車の中に戻るのを確認して俺は検問の様子を観察した。
俺達の前の牛車の荷物が調べられているようだ。だが、その様子は何かあまり探す気のない動きに見える。
さっと前の牛車を行かせた騎士達は俺達の馬車を誘導した。
5人の男達は身なりは立派だがどことなしに騎士としては気品に欠ける顔をしている。
どこかで見たような…
「おい、荷物を調べさせてもらう。」
「何かあったんですか?」
「王宮からある秘宝が盗まれた。」
そんな大事を喋って良いものなのか疑問だが、俺は嫌な予感がして確認のため訪ねてみる。
「どんな秘宝で?」
「透明水晶大玉だ」
騎士はすんなり喋った。しかも口端を少し上げながら。
(おかしいぞ…何故ニヤリと笑う?まるで俺達が似たものを持ってると分かってる?)
「おい、荷物を調べさせてもらう。」
「何かあったんですか?」
「王宮からある秘宝が盗まれた。」
そんな大事を喋って良いものなのか疑問だが、俺は嫌な予感がして確認のため尋ねてみる。
「どんな秘宝で?」
「透明水晶大玉だ」
血の気がすーっと下がるのが分かる。
嫌な予感がますます増してくる。
騎士はすんなり喋った。しかも口端を少し上げながら。
(おかしいぞ…何故ニヤリと笑う?まるで俺達が似たものを持ってると分かってる?(しかも始めから会話が出来る。俺の言語が違うと分かってたのか?)
「その秘宝は何か特徴的な記しとかあるんですか?」
「いや、印はない。だが、あのような大玉はこの国に2個と無いのは皆が知る明白な事実だ。」
なるほど。一応理屈は通ってるが、どう考えてもタイミングが良すぎる。
俺の考えが正しければ、メノリの持っている大玉はいくら隠しても見つかるに違いない。ここは素直に説明して様子を見よう。
「実は私ども水晶を扱う商人でして、今たまたま大玉も持っております。ですがこれは私の国から持ち込んだ商品でして、決して王宮のものではありません」
「それはこちらで判断させていただく。では出してもらおうか」
さして驚くでもなく冷静なところが、益々疑念を深め俺の推測を確信へと変える。
そして俺は迷った。
ここで断るとこいつらの怪しい所を考え間違いなく暴力沙汰になる気がする。
しかも荷物にはこの世界には有り得ない日本から持ってきたアウトドア用品もある。
見付かれば更に面倒な事になりかねない。
かといって大人しく渡しても、今後の調査での有事の際、小さな水晶で魔法行使するメノリの体力的負担が心配だ。
結局良い案は浮かばず俺はメノリから水晶玉を受け取り渡す事にした。
「これが私が自国から持ってきた水晶玉です。ただ何度も言いますが、これは盗品でもなく間違いない正規に仕入れた品です」
「正規かどうかはこちらで調べる。これは預かっておこう。本来ならお前たちは拘束し王宮で取り調べすべきだが、お前の言い分も分からんではない。ここは何事もなかった事にして見逃してやるから行っていいぞ」
そうきたか。国宝レベルの秘宝盗品なら間違いなく拘束のはずだ。
見逃すって事はこいつらが王宮の騎士でない可能性大と言うことだ。
だが、確証がない俺は楯突く事はできず、無念ながらその指示に従うしかなかった。
(まんまとやられた…クソ野郎)
俺は芝居がかった胡散臭い笑みを浮かべてたおっさんの顔を思い出しながら悪態をつくしかなかった。
自分の未熟さに嫌気がさしながらも細々ひっそり続けます。