戦国狙撃人 伍
クロスボウ。弩。
またの名を、弩と云い、中国から当時の日本へ輸入された武器である。『日本書紀』には天武天皇元年(六七三)の項に記述があり、よってその頃に唐から伝わって来たと推測出来る。弩には二種類があり、携帯用で攻撃型の短弩と、大型の陣地に据えた防御型の長弩がある。両方共に当時日本で使用された物。今の屍人が使っているのは、攻撃型の短弩。手持ち部分が、T字形に装着された弓を翼。弦を弾く機の三要素にて構成。本体は最大、八〇センチ。本体と翼の比率は最大、壱:二,五。機の長さは最大、十五センチ。重量、三から拾キロ。射撃法は弦を引き機の金具に引っ掛け、溝に矢を据えて弦につがえ、引き金を引き狙い撃つ。有効射程距離は最大、三五〇メートルと距離が長く、精度も高く、威力は弓以上。静止した的には命中率は高いが、動く標的には定まりにくい。次の矢の充填までには、早くとも十秒かかる。稲葉警部補の狙いは、その十秒間。
稲葉警部補が、身を屈めて走りながら銀行から物陰を伝い、移動していた足元に、温水器の水道管が突き刺さった。その方向を目線で追ってみたら、赤煉瓦の建物の屋上から弓使いの屍人が薄笑いを浮かべていたのだ。どうやら、ワザと外したらしい。そして元病院へと移動中に、水道管の矢が飛んで来たので、とっさに小銃で弾く。クロスボウ使いの屍人は、猛禽類の顔立ちした浅黒い二枚目の男。警部補は建物内部に潜入するなり、銃を構えて受けから様子を窺ってゆき各診察室へ。次に二階へと壁に背を預けながら階段を上っていたら、頭上から水道管矢が放たれてきたので、反射的に避けて八九式で反撃するも、外した。二階に到着し、出入口から背を預けて中をうかがい見ると、残骸だらけの柱以外は崩壊。猛禽類の二枚目はどうやら、どれかの柱の陰に身を潜めているようだ。稲葉警部補は、至って冷静沈着だった。ただ単に狙撃犯を己自身の手で始末すれば良いのである。そして警部補が二階内部に潜入して柱の陰に隠れて中をうかがった途端に、水道管矢が飛んで来た。避けると同時に隣りの柱へ移動して身を隠す。次へ移動。また次へ移動し、また次へ。そして、猛禽類
の男前を発見。奴は充填の最中だった。警部補の気配に感づいてクロスボウを構えたものの、八九式小銃が速く、刹那に眉間を貫かれて床に伏せた。
残るは、一体のみ。