戦国狙撃人 参
「八九式小銃は、あるか」
稲葉警部補が署内の部下に尋ねた。
八九式五,五六ミリ小銃。全長、約九二〇ミリ。口径、五,五六ミリ。銃身長、四二〇ミリ。重量、三,五キロ。弾倉式。ガス圧利用により作動する。最大約一分間に八五〇発の弾丸を打ち出す。銃床は強化プラスチック製のストックを採用して軽量化、折り畳み式もあり。銃口には発射炎と反動を抑えるカバーが付く。弾倉は三〇発入りと二〇発入りとがあるが、稲葉警部補は今回は二〇発入りを使用する。そして、銃口を支える二脚という棒を念のため携帯。
照準を確かめて、稲葉警部補が防弾チョッキを身に着けた直後だった。香里刑事が再び警部補の元にきて報告をしてゆくも、その表情が少し焦り気味であった。
「警部補、すまない」
「どうした?」
「弓使いだが、弓胎弓と云われるヤツを使用していた。その有効射程距離がな、二百から二五〇メートルにもなる」
「……なるほどな。屋上に、なぜか弓持った奴がひとりだけ居たんで、妙だと思ったんだ」
「用心してほしいのはここからで、例の三体は矢が無くなったついでに、残骸から作り上げたようだ。細い温水用の水道管を、矢の代わりに使用しているぞ」
「ふん……。浦島太郎現象を味わっても、前向きな奴らだったという事か」
「稲葉……、ひとりで行くのか」
香里刑事の瞳は心配している他に、仄かな感情が湧いている様子だった。稲葉は女の顔を見ずに答えていく。
「ああ、心配することはないさ」
「気を付けてくれ」
「大丈夫だ。ありがとう」
そして男は香里刑事に背を向けたまま、警察署を出た。
稲葉警部補は銀行の物陰からうかがう。警部補の居る銀行から線路を挟んだ向こう側に、元病院があり生成色のタイルの外壁。窓枠の陰に動く人影を発見、T字のシルエットを確認。クロスボウガン使いだ。次に、公会堂を渡った所に赤煉瓦レストランの建物の屋上に、人影を発見。弓使いの屍人は、稲葉警部補に目を合わせた瞬間に気味悪い笑顔を見せた。そして最後は、警部補が様子をうかがっている銀行の建物内部に、種子島銃使いを確認。この屍人は、本当に烏帽子を被っていた。確かに狐の顔立ちだが、色白でかなりな色男。八九式小銃を使う稲葉警部補が、少しだけ思案した。
そしてとりあえず、手元の残骸を銀行内部に投げてみた。