夜の峠道に響く爆音の正体は
私のホラーモノの恒例として、余り怖くなっていない気がしますが。
どうかお目こぼしを
「久々に海水浴に行きたい」
「良いけど、近場だと」
「何処か良い所を知らないの」
「うーん、片道1時間以上のドライブが必須だが、あそこならば」
「それなら、其処にしましょう」
僕と彼女は、そんな会話を交わして、海水浴に赴くことにした。
さて、何でそんな会話を交わしたのか、というと。
僕も彼女も、現職の警察官だからだ。
更に言えば、彼女はミスコンに出れば、グランプリをまず獲得できる程の美貌とグラマラスな身体の持ち主で、何故に警察官になったのか、モデルとかになれば絶対に売れっ子になったのに、と多くの人が言う程の女性で、そんな彼女を多くの人目に自分は晒したくなかったからだ。
僕自身、この某県警察の将来の幹部候補生として採用された身で、彼女とそれなりに釣り合いのとれた関係と周囲から見られている身だが、彼女の容貌等まで考えると。
更に言えば、そんなことから、僕も彼女も県警内でそれなりに知られている身なので、そう目立たずに海水浴に行ける場所は、と僕なりに考えた末に、彼女に提案して、彼女も受け入れて。
お互いの休暇等の都合が合った8月上旬のある日、僕達はその場所へ海水浴に赴くことになった。
「意外と辺鄙なところなのね」
「まあね。いわゆる穴場だからね」
僕達は会話した末に、その場所、隣県の県境に近い海水浴場に到着していた。
いわゆる三方を山に囲まれたへき地、と言って良い所で、余り人が来ない海水浴場だ。
その一方、隣県との交通の関係から、峠道が続くものの、それなり以上に車が走りやすい道路が整備されており、ドライブを楽しんで、海水浴を楽しむのには絶好の場所と言える。
そして、彼女と共に海水浴を楽しもう、と海水浴場に併設された駐車場に愛車を止めたのだが。
愛車を止めた瞬間と言って良い頃に、彼女の言葉が、自分の鼓膜に響く事態がいきなり起きた。
「ねえ、さっき通った峠道だけど、夜にはしばしば幽霊バイクが走って、爆音を響かせているそうよ。動画まで挙げられている」
「そんな怪奇譚、昭和の話じゃあるまいに」
「でも、実際に動画が挙げられているわ」
彼女は僕にスマホでその動画を見せた。
「確かに、そう見えなくはないけど、ヤラセだろう」
僕は、彼女に見せられた動画について、一刀両断にした。
というか、そうしないと自分が通って来た、その峠道を通って帰れない気がした。
僕は、実はホラー系が完全にダメなのだ。
彼女が見せた動画には、それこそ如何にも、のバイクが映っており、爆音を響かせていた。
月光で浮かび上がらせるかのように、黒色のフルフェイスヘルメットを被った黒づくめの衣装を着て、黒色の大型バイクに跨った人物が映されている。
ありきたり、といえばありきたりなのだが、僕には却って怖く見えてならない。
「そうよね、その通りよね」
僕と同様に、ホラー系がダメな彼女は、そんなことを言って、お茶を濁した。
そして、海水浴場で二人で泳ごうとしたところ。
「あれ、佐藤さんじゃないですか」
「おっ、山田か」
想わぬ出会い、再会があった。
「彼女ですか、羨ましいですね」
「はは、そう率直に言われると、却って返答に困るな」
山田、僕の警察学校の同期生と言えば同期生になる。
だが、僕は大卒で幹部候補生として採用された身だが、山田は高卒の一般採用だ。
だから、立場が微妙に異なるのだが、警察学校内では妙にウマが合う関係で、親友と言って良かった。
ちなみに山田は警察官の制服を着ており、海水浴場というより駐車場トラブル防止、駐停車の取締りの為にパトロール中で、海水浴に来た僕達に逢った次第だった。
そんなことから。
「ここで逢うとは、思いも寄らなかったな」
「警察学校を卒業してから、10年近く経ちますからね。お互いの居場所も分からないですよね」
「はは、それを言われると図星だな。とはいえ、久々に逢えて嬉しいぞ」
そんな会話を、山田と交わして別れた後、僕と彼女は海水浴を楽しんだのだが。
「もう、疲れたから昼寝する、というのはいいけど、限度があるわよ」
「仰る通りです」
その数時間後に、僕は彼女の剣幕に縮こまりながら、深夜の峠道で車を運転していた。
昼過ぎまで海水浴を楽しんだ後、泳ぐのに疲れた僕は小一時間だけ眠った後、車を運転して帰るつもりだったのだが、結果的に3時間余りも眠ってしまったのだ。
更に言えば、彼女が懸命に起こそうとしても、ずっと無視して眠っていたとのことで。
それこそ夕食時を過ぎてから、ようやく目が覚めた僕は、彼女の怒りの声を浴び、更にはちょっとぜい沢な夕食を御馳走させられた上で、深夜の峠道を運転しつつ、帰宅する羽目になっていた。
「ねえ、本当に出ないわよね」
「いきなり何を」
彼女の言葉に、思わず運転中の僕は返答したが、彼女の言葉に気付いてしまった。
此処は、あの動画が撮影された場所だ。
更には、バイクの爆音が後ろから迫って来た。
「出た。まさか、本物!」
「そんな筈はない」
彼女の言葉に、僕は即答したが、後ろから黒づくめのバイクが迫ってきて、自分を追い抜いて行った。
まさか、本当に。
だが、彼女の鋭い目が、真実を見抜いた。
「騙りよ、偽物よ。影があるわ」
「えっ」
彼女の言葉に、僕は我に返った。
そう言われて気付いたが、今夜はほぼ満月で、月光に因る影がバイクから見えている。
「現職警官を騙すとは、良い度胸ね。何としても捕まえるわよ」
「いや、どういう理屈で。そもそも僕達は休暇中で」
「速度違反での現行犯逮捕よ」
「そんな無茶な」
「一般人でも現行犯逮捕は出来るのよ。休暇中の現職警官なら、当然に出来るわよ」
騙されたという怒りから逆ギレした彼女が喚き出した言葉とのやり取りに、僕は結果的に煽られてしまう事態が起きてしまった。
(尚、実際に瞬間的だが、僕が運転している車を追い抜くために、法定速度を30キロ以上は上回る速度を、そのバイクが出していたのは間違いなく。
反則金では済まない速度違反、道路交通法違反になる違法行為だったのは間違いなかった)
そして、彼女の言葉に煽られた僕は、黒づくめのバイクを追い掛けることになって、十分余り後に。
「いやあ、まさか追い掛けてくるとは想いませんでした」
「山田?」
僕と彼女は、バイクの運転をしていた人物に唖然としていた。
そう、結果的に十分余りに亘る追いかけっこの末に、バイクが転倒して。
バイクの運転手の身柄を、僕達は確保したのだが。
その運転手は、僕の同期生の山田だったのだ。
「何でこんなことをした」
「いや、署長命令で」
僕の問いかけに、山田は、かくかくしかじか、と少し長い説明をした。
その内容を要約すると、件の峠道だが、いわゆる走り屋が好んで走る路になっていたらしい。
昼間ならともかく、深夜の走り屋集団が引き起こす爆音は遠くまで響いて、近隣住民から多数の苦情が所轄の警察署に寄せられる事態が起きてしまった。
それで、どうやって対処するのか、署内で話し合われた末。
「幽霊バイクが出る、という噂を流そう、ということになったんです。それで、幽霊バイクを見かけたら、それなりのことが起こると。実際に取締りを強化したら、相乗効果があったようで」
「成程な、実際にどれだけの効果が」
「覆面の白バイを使った幽霊バイク(?)を走らせた囮捜査の結果、走り屋集団が壊滅状態に」
「そんな効果が」
「それで、もう止めよう、ということになったのですが。噂が広まり過ぎてしまい、完全には止めにくくなって、走り屋集団を復活させないためにも、時々、非番の警官が、幽霊バイク(?)を走らせているんです。実際に走り屋集団復活の兆候もなくて万々歳なので」
「そうなのか」
僕達は、山田の説明、真実に何だか脱力する想いをする羽目になった。
ともかく、そんな事情があっては、山田を警察署に突き出す訳にも行かない。
僕達は、内心で呆れる想いをしながら、帰宅することになった。
そして、休暇の翌日。
「海水浴は楽しかったか」
「「はい」」
僕は彼女と共に、上司になる課長の問いかけに即答していた。
「そうか、そうか。ところで、あそこに行ったということは、序でに、警察学校の同期生の山田の墓参りにも行ったのか」
「えっ」
「冷たい奴だな。昨今のことだから、職場での香典の取りまとめとかは、全くしなかったが。半年程前、山田は殉職しただろうが。課員全員への周知もしたぞ。まさか、香典もしていないし、墓参りもしていないのか。病気とかで亡くなったのならともかく、殉職した同期生に対して、冷たい奴だな」
課長は、何時か僕を叱責していた。
更に言えば、僕の傍の彼女の顔色は徐々に青ざめつつある。
「いわゆる新聞沙汰になって、地域ニュースではあるが、テレビでも取り上げられたぞ、若いからテレビも見て無いし、新聞も取っておらず、スマホしか見ていないから、気付かなかったのか?
峠道で深夜暴走を繰り返していた走り屋集団の取り締まりの際、走り屋にぶつけられて、現職警官が殉職、と新聞記事の見出しにもなったのだぞ。
まあ、その走り屋集団は、県警の面子に掛けて全員を捕まえたし、検察庁が全員を殺人罪等で刑事裁判に掛けていて、全員が長い刑務所生活になりそうだがな」
課長は、僕が詳しい事情を知らないのを察したようで、やや長い事情説明をしてくれた。
「聞くところによると、山田の妻が、夫が亡くなった場所の近くに墓を建てたいといって、墓を建てたらしい。殉職した場所が見えるところで、今年が初盆になるな。きっと初盆の日には、妻子、親兄弟が山田の墓参りをするのだろう。おい、聞いているのか」
課長の叱声が更に響くが。
僕は、課長の話を聞く内に、気分が悪くて仕方なくなり、気が遠くなっていた。
横目で彼女を見ると、彼女は真っ青な顔色になっていて、更には立っていられなくなったようで、床に座り込んで、両手で身体を支えている有様だ。
それなら、あの駐車場で峠道で逢ったのは、何物なのだ?
まさか。
僕は失神した。
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