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乙女ゲームの悪役令嬢に転生!破滅回避のため空気を目指したのに、勘違いでモブキャラ護衛の重すぎる愛に捕まりました  作者: 久遠翠


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第8話「悪役令嬢、忠誠の裏にある狂気を知る」

 桜井ひかりが学園から姿を消した。一条院家の当主の怒りを買ったのだから、当然の結末だろう。自主退学という形になっているが、事実上の追放だ。これで、私の破滅フラグの根源は、一つ消え去ったことになる。

 蓮も、あの一件以来、すっかりおとなしくなった。学園で顔を合わせても、気まずそうに目をそらすだけ。彼が私に婚約破棄を突きつける気力は、もはや残っていないように見えた。


『やった……! やったぞ! これで破滅フラグ完全回避も夢じゃない!』


 私は長かった戦いを終えたような、晴れやかな気分だった。これからは本当に、空気のように目立たず、卒業までの日々を穏やかに過ごすことができるだろう。

 そんな希望に満ちていたある日、私は些細な用事で、隼人の自室を訪れることになった。彼は公条院家の広大な敷地内にある、使用人用の寮で暮らしている。私が彼の部屋を訪ねるのは、もちろん初めてのことだった。

 ノックをしてドアを開ける。


「隼人、いる? この前のスーツの件で……」


 言いかけて、私は言葉を失った。

 彼の部屋は、使用人のものとは思えないほど広く、そして、異常だった。

 部屋の壁、その一面が、すべて私の写真で埋め尽くされていたのだ。

 幼い頃の写真、学園での制服姿、パーティーでのドレス姿に、中庭で本を読む隠し撮りのような写真まで。そこは、まるで私の個人博物館のようだった。


『な……に、これ……』


 全身の血の気が引いていくのがわかった。足がすくんで、動けない。

 部屋の奥から、シャワーを終えたらしい隼人が姿を現した。濡れた髪をタオルで拭きながら、私に気づいて目を見開く。


「お、お嬢様……!? なぜ、ここに……」


 彼の動揺した声が、やけに遠くに聞こえる。

 私は震える指で、壁の写真を指さした。


「これ……。何なの……?」


 隼人は一瞬、気まずそうに目を伏せたが、すぐにいつもの無表情に戻ると、静かに口を開いた。


「ご覧の通り、お嬢様の写真です」

「そういうことじゃなくて! どうしてこんなものを!」


 私の声が、上ずる。恐怖と混乱で、頭がどうにかなりそうだった。

 彼は、まっすぐに私を見つめて言った。


「お嬢様をお守りするためです」

「は……?」

「お嬢様の行動、表情、そのすべてを記録し、分析することで、あらゆる危険からお嬢様をお守りすることができるのです。ここにいる私は、お嬢様と共にいない時間も、常にお嬢様のことを考え、お守りしているのです」


 彼の言っていることは、常軌を逸していた。これは、忠誠心なんかじゃない。異常な執着だ。ストーカーそのものじゃないか。

 私が言葉を失っていると、彼はゆっくりと私に近づいてきた。


「お嬢様。私は、幼い頃、あなた様に救われたのです」

「……え?」

「私がこの家に拾われたばかりの頃、私は誰とも口をきかず、心を閉ざしていました。そんな私に、唯一話しかけてくださったのが、お嬢様でした。あなたは、庭に咲いていた一輪の白い薔薇を、私にくださった。『綺麗でしょう? あなたにあげるわ』と、そうおっしゃって」


 そんなこと、私にはまったく記憶にない。それは、転生前の公条院玲奈がしたことだ。


「あの瞬間から、私のすべては、あなた様のものになりました。この命も、この心も、すべて、あなた様のためだけにあります。あなた様を傷つける者は、私がすべて排除します。この前の桜井ひかりのように」


 彼の瞳が、ぞっとするほど暗い光をたたえていた。

 ああ、そうか。だから彼は、あんなにも冷静に、ひかりを社会的に抹殺できたのか。


「お嬢様、あなた様は、以前とは少し変わられました。ですが、今のあなた様は、あの頃のように、お優しい。私は……。今の、優しいあなた様を、誰にも渡したくない」


 彼は私の手を取り、その甲に、恭しく口づけをした。


「お嬢様。これからは私が生涯お守りします。誰にも指一本触れさせません」


 その声は、甘く、そしてどこまでも独占欲に満ちていた。

 私は恐怖を感じていた。彼の愛情は、あまりにも重く、歪んでいる。

 でも、同時に、その歪んだ愛情に、なぜか抗いがたい魅力を感じている自分もいた。

 彼が私だけを見ている。彼の世界の中心は、私なのだ。その事実に、心のどこかが、ぞくぞくと痺れるような喜びを感じていた。


『私、おかしいのかな……』


 転生して、悪役令嬢になって、破滅を回避することばかり考えてきた。でも、気がつけば、モブだったはずのこの護衛に、身も心も、がんじがらめにされようとしている。

 いや、もう、されているのかもしれない。

 彼の部屋に飾られた、無数の私の写真。それは、彼の狂気の証であり、同時に、彼が私だけを見て生きてきた、孤独な人生の証でもあった。

 私は、彼の手にそっと自分の手を重ねた。


「……わかったわ、隼人。これからも、私のそばにいて」


 私がそう言うと、彼の瞳が、歓喜に揺れた。

 そして彼は、これまで見たこともないような、深く、甘い笑みを浮かべたのだった。

 この日を境に、私たちの関係は、静かに、そして確実な狂気をはらんで、新たな段階へと進んでいくことになる。

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